「ねえ、ハーレイ。ちょっと訊きたいんだけど…」
ブルーの問いに、ハーレイは「なんだ?」と笑みを返した。
今日は休日、ブルーの部屋で向かい合わせで、お茶の最中。
朝からブルーが磨き上げただろうテーブルで。
「昨日の古典の宿題のことか? それとも授業の質問か?」
「そうじゃなくって…。ハーレイ、物忘れは酷い方?」
「はあ?」
物忘れだと、と目を剥いたハーレイ。
まるで覚えていないけれども、今日は約束があっただろうか。
ブルーに土産を持って来るとか、何か話そうとしていただとか。
(…この前に来たのは、水曜日だし…)
仕事の帰りに立ち寄ったから、あまり記憶が定かではない。
ブルーと楽しく話したけれども、会話の中身がどうだったかは。
(……うーむ……)
思い出せん、とハーレイは腕組みをする。
手土産を持って来るとしたなら、前の生の思い出が絡む物。
しかも食べ物、二人で食べたら無くなってしまうものばかり。
(こいつ、記念に欲しがるからな…)
消える物しか土産に出来ん、と前から思って、実行していた。
けれど「食べ物」に纏わる記憶は無い。
この一週間ほどの間に、新しく「思い出した何か」は無かった。
(土産を持って来ようってことも、改めて話したいことも…)
俺の頭の中には無いが、と懸命に探ってみる脳味噌。
「物忘れ」などと言われたから。
かてて加えて、「酷い方?」とまで。
ブルーの顔付きと口ぶりからして、きっと自分は忘れたのだろう。
「次にな」と約束したことを。
あるいは、土産に持って来ようと告げた「何か」を。
頭の中身を掻き回してみても、一向に思い出せないこと。
ブルーには申し訳ないけれども、白旗を掲げるしかないだろう。
「…すまん、物忘れは酷いようだ。…俺としたことが」
「やっぱりね…」
そうじゃないかと思ってたけど、と小さなブルーは溜息をついた。
「ハーレイは、いつもそうなんだから」と残念そうに。
「いつもって…。そんなに何度も忘れているのか?」
「そう。…数え切れないほどだよね」
「…そうなのか…。そいつは俺が悪かった」
仕事が忙しいと忘れるのかもな、とハーレイは素直に謝った。
恋人のことは大切だけれど、教師の仕事も同じに大切。
忙しさに紛れて忘れたのなら、ブルーに頭を下げるしかない。
「物忘れが酷い方なのか」と問われるくらいに、忘れがちなら。
何度もペコペコ頭を下げて、それからブルーに尋ねてみた。
約束したことを忘れたのなら、是非とも果たしてやりたいから。
「忘れちまってて、悪かった。ところで俺は、何を忘れたんだ?」
「とても大切なことだってば。…キスのやり方」
「なんだって!?」
「忘れたんでしょ、本当は。…キスは駄目だって言っているけど」
やり方を忘れてしまったんなら仕方ないよね、とブルーは頷く。
「物忘れだって酷いらしいし、キスのやり方も忘れたんでしょ」と。
「馬鹿野郎!」
よくも俺をコケにしやがって、とハーレイは恋人の額を小突いた。
「謝った俺が馬鹿だったぞ」と、コツンと痛くないように。
キスを欲しがる生意気なチビが、この一発で懲りるようにと…。
物忘れ・了