(……んーと……?)
この辺にあった筈なのに、と小さなブルーが傾げた首。
ハーレイが寄ってくれなかった日に、夕食の後で。
宿題も予習も済ませたけれども、ハタと気になった消しゴムのこと。
今日も勉強机で使って、その後、ちゃんと片付けたかと。
(ペンや鉛筆は、ペン立てに入れて…)
消しゴムは引き出しに入れるのだけれど、それを仕舞った覚えが無い。
いつもだったら、消しゴムを使った時に出来てしまうクズをゴミ箱に捨てて…。
(消しゴム、引き出しに戻すんだけど…)
そうした覚えがまるで無いから、「消しゴムは?」と見に行った机。
両親と一緒の夕食を終えて、部屋に戻るなり、真っ直ぐに。
けれど、見当たらない消しゴム。
机の上には姿が無くて、「この辺だった」と最後に置いた場所も空っぽ。
消しゴムのクズを掃除した後の、綺麗な机があるだけで。
(…引き出しの中に片付けたのかな?)
ぼくが覚えていないだけで…、と開けた引き出し。
ノートや教科書などと一緒に、文具を入れるスペースもある引き出しだけれど…。
(入っていない…?)
普段は其処に片付けるのに、消しゴムの姿は何処にも無い。
ペン立てには入れない予備のペンやら、替え芯は入っているというのに。
(…此処に無いなら…)
捨てちゃったんだ、とゴミ箱の方に目を遣った。
きっと自分がボンヤリしていて、消しゴムを使った後のクズと一緒に。
「ゴミはゴミ箱に入れないと」と、払ったついでに、消しゴムまで。
消しゴムは小さくて軽いものだし、そうなることもあるだろう。
ゴミ箱に捨てようとしていた「自分」が、「これもゴミだ」と思ったら。
心が何処かに出掛けてお留守で、「消しゴムだ」と見抜けなかったなら。
やっちゃったかも、と自覚は充分にある。
宿題も予習も手抜きしなくても、心は他所に飛んでいただけに。
「今日はハーレイ、来てくれるかな?」というのが、最初の頃の自分の考え。
仕事が早く終わった時には、家を訪ねて来てくれるから。
(…ハーレイが来られる時間を過ぎてしまった後は…)
明らかにガッカリしていた自分。
「今日は来てくれなかったよ」と溜息をついて、恨めしげに見た時計の針。
夕食の支度に充分間に合う時間を過ぎたら、もうハーレイは来てはくれない。
「お母さんに迷惑かけるだろうが」と、余計に作る夕食の分を心配して。
両親が何度「どうぞ」と言っても、「いいえ」と遠慮し続けて。
今日もそういう時間が来たから、寂しい気分になってしまった。
それまでの期待はすっかり萎んで、「今日は、ハーレイが来てくれない日」と。
(…だけど予習はしなくっちゃ…)
ハーレイが来てくれないのならば、明日の分まで先取りして。
夕食までの間に進められるだけ、先に進めておきたいもの。
明日の分も、明後日の分も。
次にハーレイが来てくれた時に、「出来ていない」と焦らなくても済むように。
(だから頑張って、いろんな科目…)
教科書やノートを端から広げて、欲張った。
「これもやろう」と、「こっちの予習もしておこうかな」と。
その時に使っていた消しゴム。
間違えて書いてしまった文字やら、「この方がいいな」と書き直すために消した文字。
実に頼もしいパートナーだから、何度ゴシゴシ消しただろう。
「これは駄目だ」と思った箇所やら、書き直そうとしていた箇所を。
(消しゴムのクズも、増えて行くから…)
時々、ゴミ箱に入れていた。
「邪魔だものね」と手で払っては、「これはゴミだよ」と捨ててしまって。
予習の時間が終わった後には、より念入りにチェックした机。
「消しゴムのクズが、何処かに残っていないかな?」と。
これが最後の仕上げとばかりに、ティッシュペーパーで机を払いもして。
(…あの時に、消しゴムのクズと一緒に…)
捨てたかもね、と覗いたゴミ箱。
とても役立つ消しゴムなのに、その中に捨ててしまったろうか、と。
あれほどゴシゴシ文字を消しては、うんと役立ってくれたのに。
勉強の時間のパートナーとして、きちんと仕事をしてくれたのに。
(……捨てちゃったなんて……)
あんまりだよね、と心で謝りながら、手をゴミ箱に突っ込んだ。
中に消しゴムが入っているなら、救助しないと駄目だから。
(部屋のゴミ箱、お休みの日は、ぼくが空にするけど…)
掃除のついでに中身を捨てるけれども、普段は母がしてくれている。
学校に出掛けて留守の間に、他の部屋のを捨てるついでに。
ゴミを纏めて入れる袋を手に持ち、家中の部屋を回って行って。
(…ママは中身を捨てるだけだし…)
中に消しゴムが入っていたって、きっと気付きはしないだろう。
他の色々なゴミと一緒に、バサッと空にするだけで。
(捨てられちゃったら、消しゴムだって可哀相…)
ぼくのせいで寿命が縮んじゃうよ、とゴミ箱の中を探ってゆく。
あの消しゴムは、まだまだ使える大きさだから。
捨ててしまうには、まだ「若すぎる」消しゴムなのだから。
(…えーっと…?)
紙屑よりは重いんだから、と底の方から探るけれども、それらしいものに当たらない。
ゴミ箱を両手で抱えて振って、「重い物なら」下の方に落ちるようにしたって。
(…何処に行っちゃったの?)
運悪く紙屑に絡み付かれて、そのままになっているのだろうか。
その可能性も充分あるから、手で探ったのでは駄目かもしれない。
ゴミ箱の中身を、すっかり外に出さないと。
紙屑などを端から選り分け、紛れてしまった消しゴムを助け出さないと。
(何か、広げておけるもの…)
ゴミになってもいい何か…、と部屋を見回し、引っ張り出した包装紙。
何かの時には役立つだろうと、一枚だけ取ってあったから。
よくある平凡な包装紙。
捨ててしまっても惜しくはないし、その上にゴミ箱の中身を空けた。
「エイッ!」と抱えて、飛び散らないよう気を付けて。
(…紙屑、一杯…)
予習と復習、それに宿題の副産物。
その中に混ざってしまった消しゴム、それを捜すのが自分の仕事。
「何処へ行ったの?」と、手で紙屑を右へ、左へ、動かして。
「この中かも」と振ってみたりもして。
そうして作業を始めて間もなく、コロンと転がり出した消しゴム。
クシャリと丸めて突っ込んだ紙に、捕まってしまっていたらしくて。
「あった…!」
良かった、と拾い上げてやった消しゴム。
もしもゴミ箱の中身を空けずに、手だけで探っていたならば…。
(この中じゃないよ、って思ってしまって…)
他の場所を捜したかもしれない。
通学鞄の中とか、他の引き出しとかを。
「ウッカリ、そっちに入れているかも」と、そんな場所には「無い」消しゴムを。
あちこち覗いて、「此処にも無いよ」と考えたりして。
(…ゴミ箱、空けてみて良かった…)
後が大変なんだけれどね、と戻してゆくゴミ。
一つずつ手で拾い上げては、空っぽだったゴミ箱へ、ポイと。
(包装紙ごと、包んで捨ててしまったら…)
楽だけれども、それではかさばる。
包装紙は後で小さく畳んで、ゴミ箱に入れた方がいい。
消しゴムのクズを払った後で。
紙屑などは先に捨ててしまって、一番最後に捨てるのがいい。
(ひと手間、惜しんじゃ駄目なんだよね…)
捨てる時にも、消しゴム捜しにも…、と考える。
楽な方へと流れて行ったら、きっと見付からなかった消しゴム。
明日には母が捨ててしまって、それきりになって。
(ただの消しゴムなんだけど…)
消えちゃったら捜してあげなくちゃ、と「命を拾った」消しゴムを撫でる。
ゴミ箱を元に戻した後で。
包装紙も畳んで捨てたゴミ箱、それをチラリと横目で見て。
「命拾いして良かったね」と、「明日からも、ぼくを手伝ってね」と。
たかが消しゴムなのだけれども、消えてしまったら、やっぱり悲しい。
それも自分がウッカリしていて、ゴミ箱に捨ててしまったなんて。
(…そんな理由で消えちゃったら…)
消しゴムだって泣いちゃうよ、と考えた所で気が付いた。
ただの消しゴムでも悲しくなるのに、遠く遥かな時の彼方で「消えた」もの。
自分が「捨ててしまった」もの。
(…ウッカリ捨てたわけじゃないけど…)
そうしなくては、ミュウの未来が無かったけれども、捨て去ったものは「自分の命」。
捨てた自分の方はともかく、後に残されたハーレイの方は…。
(広いシャングリラに、独りぼっちで…)
一人きりになって、地球を目指した。
誰よりも大切だった恋人、「ソルジャー・ブルー」がもういない船で。
(…消しゴムでも、消えちゃったら必死に捜したのに…)
前のハーレイは、どんな思いでいたのだろう。
捜した所で、「ソルジャー・ブルー」は、けして見付かりはしないのに。
広い宇宙の何処を捜しても、もはや見付かる筈もないのに。
(…ぼくが消えちゃったら、ハーレイは…)
辛かったよね、と今更ながらに思わされたから、膨れっ面は我慢しようか。
ハーレイがキスをくれなくても。
「俺は子供にキスはしない」と、ケチなことばかり言われても。
たかが消しゴムでも、懸命に捜したのだから。
前のハーレイが「失くしたもの」は、何処を捜しても見付けられないものだったから…。
消えちゃったら・了
※ブルー君が失くしてしまった消しゴム。捨ててしまったゴミ箱の中から、無事に発見。
けれども、前のブルーが「捨てた」命は、それっきり。ハーレイ先生にも優しくしないとv