(……はて……?)
アレは何処だ、とハーレイが見回したキッチンの中。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、夕食の後で。
後片付けをしようと運んで来た食器は洗って、きちんと棚に片付けた。
水気が残ってしまわないよう、しっかりと拭いて。
「これが済んだらコーヒーなんだ」と、いつものコーヒータイムを思って。
片付けは全て終わったから、とコーヒーを淹れようとして気が付いた。
帰りに寄った食料品店、其処で選んで買ってきた品。
(ついでだから、と買ったんだが…)
まだ切らしてはいない、ほうじ茶を一つ。
ほうじ茶だけに重くもないし、「買っておくか」と突っ込んだ籠。
自前の買い物籠は無いから、食料品店に備え付けのもの。
入口で借りて、帰る時には返す「それ」。
(俺は確かに買ったわけでだ…)
手に取って眺めて、棚に返したわけではない。
「まだ要らないな」と、元の棚へと返してはいない。
籠の中には、確かに入れた。
他にも突っ込んであった品々、それとのバランスを考えながら。
(…レジはどうだったか、覚えちゃいないが…)
生憎と、其処まで記憶していない。
肉や魚を詰めたパックは、鮮やかに覚えているけれど。
様々な野菜が、清算用の籠に詰められたのも。
(…ほうじ茶、忘れちゃいないだろうな?)
忙しかった店員が「計算するのを忘れて」、レジに残ったままだったとか。
そうでなくても、自分が覚えていないのだったら、レジで精算した後に…。
(貰った袋に詰め直す時に…)
入れるのを忘れて、籠に残して来たのだろうか。
肉や魚や、野菜を詰めて満足して。
「これで全部だ」と袋を手にして、ほうじ茶は店に置き忘れて。
そうかもしれん、と顎に手を当てた。
帰宅して直ぐに入ったキッチン、肉や魚は冷蔵庫に。
長期間保存したい品々などは、冷凍庫にも。
野菜は野菜室に入れたし、常温で保存できる野菜は専用の箱に仕舞った記憶。
けれど全く覚えてはいない、ほうじ茶のこと。
(…買って来たなら、此処に入れる筈で…)
俺が覚えていなくてもな、と開けてみた棚。
封を切っていないコーヒー豆やら、紅茶の缶などを入れておく場所。
ところが、其処も「留守」だった。
買って帰った筈の「ほうじ茶」、それの袋は見当たらない。
(やっぱり店に忘れて来たか…?)
店員のミスか、はたまた自分がウッカリしたか。
どちらにしても消えた「ほうじ茶」、この家には無いに違いない。
(……やっちまったな……)
買い物に気を配っていたなら、こんなことにはならないだろうに。
レジで計算して貰う時も、品物から目を離さないで。
自分で袋に詰め直した後も、「忘れ物は無いか」チェックして。
それを忘れてしまったのなら、こんな日だってあるだろう。
レジ係の店員が「お客様!」と呼んでいる声にも、気が付かないで。
同じ場所で袋に詰め直していた誰かが、「忘れてますよ」と呼び止めたのも知らないで。
(…俺がウッカリしていたんだし…)
仕方ないな、と諦めるしかない「ほうじ茶」のこと。
何処に忘れて来たかはともかく、持って帰っては来なかっただけに。
(…まあ、切らしてるわけじゃないから…)
次からは気を付ければいいさ、と切り替えた思考。
ほうじ茶くらいでクヨクヨするなど、性に合わないものだから。
(こういう時こそ、気分転換…)
コーヒーなんだ、と淹れることにした。
書斎でゆっくり寛ぐための、夜の定番の飲み物を。
さて…、と用意を始めた所で、「ありゃ?」と上げてしまった声。
コーヒー豆の袋の隣に、鎮座していた「ほうじ茶」の袋。
まるで当たり前に、「此処が私の居場所です」という顔をして。
店で買った時の姿そのまま、未開封の袋が其処に座って。
(…おいおいおい…)
なんだって此処にあるんだか…、と自分でも解せない、ほうじ茶の居場所。
普段は其処に置きはしないし、いわばコーヒー専用の場所。
豆であろうが、インスタントの手軽な品であろうが。
(それにだな…)
封を切っていない「ほうじ茶」だったら、さっき覗いた棚が定位置。
買い物をして帰って来たなら、「これは此処だ」と仕舞うもの。
それがどうして此処にあるのか、自分でも目を丸くするしかない。
「いったい俺は何をしたんだ?」と、「これはコーヒーじゃないんだが」と。
何処かで起こった勘違い。
別の何かを考えながら作業したのか、あるいは身体がミスをしたのか。
「ほうじ茶」が「コーヒー豆」のつもりで、「此処だったな」とストンと置いて。
(…てっきり忘れて来ちまったんだとばかり…)
思っていたのに、実は家に「いた」ほうじ茶の袋。
姿を消していただけで。
「ほうじ茶」を捜すためには覗かない場所、そういう所で息を潜めて。
(消えちまったと思ったんだが…)
妙なトコから出て来るもんだ、と見付けた袋を手に取った。
「見付かったんなら、それでいいか」と。
自分がミスしたことはともかく、店に忘れてはいなかったから。
買った「ほうじ茶」が家にあるなら、それでいい。
ほうじ茶の値段は知れていたって、「置き忘れた」ならガッカリもする。
「なんてこった」と、ミスを呪って。
「しっかりしろよ」と自分に発破で、「二度とやるなよ?」と叱りもして。
けれど、ほうじ茶は見付かったのだし、後はコーヒー。
「置き場所を間違えた」ほうじ茶の方は、定位置の棚に片付けて。
それから淹れた熱いコーヒー。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、いつもの書斎に運んで行った。
机の前に座ってカップを傾け、ほうじ茶のことを考える。
「家の中でも消えちまうのか」と、自分でも少し可笑しいから。
あちこち捜してみたというのに、ヒョッコリ出て来た「ほうじ茶」の袋。
「私だったら、最初から此処にいましたよ」と、すました顔で。
(何処かに消えてしまったくせにな?)
ほうじ茶のくせに生意気なヤツだ、と零れる苦笑。
「この俺様を翻弄するとは」と、「忘れて来たかと思うじゃないか」と。
もっとも、ほうじ茶の袋自体は、自分の力で動いてゆきはしないけど。
「此処がいいな」と勝手に決めて、移動するわけがないのだけれど。
(しかしだな…)
消えちまったら焦るじゃないか、と棚に上げたくなる自分のミス。
コーヒーの置き場に「置いた」のは、自分だったのに。
置いた記憶が抜けているだけで、「飲む物は此処だ」と考えたりして。
(ほうじ茶だったから、まだ良かったが…)
もっと高価な品物だったら、家捜しをしていたのだろうか。
「何処へやった?」と走り回って、見付からなければ、店に連絡したりもして。
「こういう忘れ物がありませんか?」と、買った品物の名を伝えて。
(…消えちまったら、困るものだってあるからなあ…)
買ったばかりの品物にしても、諦め切れないものもある。
ほうじ茶くらいの値段だったら、「仕方ないな」と思えても。
(…気に入った、と選んだヤツなら、それほど高くなくっても…)
未練たらたらというヤツなんだ、と思った所で気が付いた。
ずっと昔に、自分は何を失くしたか。
目の前から何が消えて行ったか、それきり二度と戻らなかったか。
(……ほうじ茶どころの騒ぎじゃなくて……)
俺はあいつを失くしたんだ、と蘇る記憶。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人。
誰よりも大切だった恋人、その人が消えてしまったのだ、と。
メギドへと飛んで、それきり消えた愛おしい人。
その後、長く辛い日々を生きて、生まれ変わって、また巡り会えた。
今ではチビになったブルーに。
人間は誰もがミュウになった時代に、青く美しく蘇った地球で。
(もしも、あいつが消えちまったら…)
きっと懸命に捜すのだろう。
ブルーが何処かへ行ってしまって、行方不明になったなら。
消えてしまった場所が、遊園地の中であろうと。
デートに出掛けた先の何処かで、目を離した隙にいなくなったなら。
(今のあいつは、命の危険なんかは無くて…)
さっきの「ほうじ茶」の袋みたいに、「どうしたの?」と戻るに違いない。
「何をそんなに慌てているの」と、「あっちに綺麗な花があるよ」とでも言いながら。
そういうオチだと分かっていたって、きっと捜さずにはいられない。
血相を変えて、「ブルーは何処だ!?」と。
(何を慌てているんだろう、と大勢のヤツらが見てたって…)
走り回って捜すだろうな、とその光景が目に浮かぶよう。
大切なものが消えた時には、諦めることなど出来ないから。
「大丈夫なんだ」と分かっていたって、ブルーを捜して、きっと全力疾走だから…。
消えちまったら・了
※ハーレイ先生の前から消えた、ほうじ茶の袋。諦めかけたら、姿を現した「それ」。
ほうじ茶だったら諦められても、ブルー君が消えた時には大変。大騒ぎして捜しますよねv