(……んーと……)
昼間は暑かったんだけれどね、とブルーが眺めた窓の方。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
小春日和と呼ぶには、少し暑すぎた今日。
学校でも、そう思ったけれども、帰り道でもそう感じた。
バス停から家まで歩く途中に、「今日はちょっぴり暑いよね」と。
夏の暑さには及ばなくても、暑い気がする時はあるもの。
制服はとっくに半袖ではなくて、しかも上着まで着ているだけに。
(お日様の光も、眩しくて…)
今の季節にしては珍しく、日陰を選んで家まで歩いた。
道沿いの家の庭木が落とす木陰を、「次は、あの木」と辿りながら。
(家に帰って、冷たい飲み物…)
玄関を入るなり、母に向かって注文したほど。
「暑かったから、何か冷たいものをちょうだい」と、「ただいま」の後に。
制服を脱いで、おやつの時には、それを用意して貰えるように。
(…流石に、氷は入ってなくて…)
キンと冷えてはいなかったけれど、母が出してくれた冷たいジュース。
家で搾ったばかりのオレンジ、絶妙だった甘さと酸味のバランス。
身体の熱気が引いてゆくのが、直ぐに分かった。
「美味しいよね」と、一口飲む度、オレンジジュースが、こもった熱を奪ってくれて。
酸っぱさが元気を運んでくれて。
(うんと元気になれたから…)
これでハーレイが来てくれたなら、と欲張ったけれど。
仕事の帰りに寄ってくれたら最高なのに、と夢を見たけれど、駄目だった。
柔道部の部活が長引いたのか、何か会議でもあったのか。
門扉の脇のチャイムは鳴らずに、時が流れて行ってしまった。
もうハーレイは来ない時刻が訪れるまで。
壁の時計の短い針が、「もう遅すぎる」という数字の所を指し示すまで。
そんな具合に「今日」は終わって、後は寝るだけ。
お風呂にも入ってしまったわけだし、湯冷めして風邪を引かない内に。
けれども、昼間は暑かった。
夜は暑くはないだろうけれど、もしかしたら寒くもないのだろうか。
朝晩は冷える季節と言っても、夏の夜ほどに暑くなくても。
(…外の空気は、暖かいとか…?)
どうなんだろう、と眺める窓はカーテンの向こう。
日が暮れて、「もうハーレイは来ない」と分かった時刻に、閉めたカーテン。
開けていたって、来て欲しい人は、もう来ないから。
窓の向こうに手を振りたくても、姿が見えることはないから。
(…帰ってから、窓は開けたけれども…)
それは部屋の中が暑かったせい。
帰り道に「暑い」と感じた熱気が、部屋の中にも籠もっていて。
(ママが開けてはくれたんだろうけど…)
買い物に出かける時に閉めて行って、それきりになっていたのだろう。
「ブルーも、じきに帰って来るわ」と考えて。
だから、自分で開け放った窓。
「涼しくしなきゃ」と、まだ制服を脱がない内に。
それから着替えて、階段を下りて、ダイニングでおやつ。
冷たいオレンジジュースのお蔭で、すっきりと冷えたものだから…。
(もういいよね、って…)
部屋に戻るなり、閉めてしまった窓。
その後は、もう開けてはいない。
(…昼間の暑さって、残ってるかな…?)
日が沈んでから経った時間が長いし、冷えただろうか。
それとも暑さの名残を留めて、パジャマでも寒くないのだろうか。
(…どっちなんだろ…?)
気になるよね、と思い始めたら、ますます窓の向こうが気になる。
ガラスを一枚隔てた外は、パジャマ姿でも平気なくらいに暖かいのか。
あるいは「寒い!」と首を竦めて、窓をピシャリと閉めるくらいに寒いのか。
どっちなのかな、と掻き立てられる好奇心。
外は寒いか、暖かいのか。
(…寒かったら、風邪を引くかもだけど…)
ほんのちょっぴり開けるだけなら、風邪を引くことはないだろう。
いくら生まれつき弱い身体でも、そこまで弱く出来てはいない。
一瞬、冷気に触れた程度で、とんでもない風邪を引くほどには。
明日の朝には寝込んでしまって、学校を休むくらいには。
(…せいぜい、クシャミで…)
クシャンと一回、そんな程度で済むのだと思う。
雪の季節とは違うから。
「寒いのかな?」と開けた窓から、白くて冷たい欠片が入って来はしないから。
(冬だと、風邪を引いちゃうことも…)
ありそうだけれど、ただのクシャミで済む季節ならば、確かめてみたい。
昼間の暑さは何処へ行ったか、今も残っているものなのか。
すっかりと消えて涼しくなって、「寒い!」と思うほどなのか。
(…ちょっとだけ、開けるくらいなら…)
大丈夫だよ、とベッドの端から立ち上がった。
窓の側まで歩いて行って、カーテンをそっと引いてみる。
窓をちょっぴり開けてみるのに、必要だろうと思う分だけ。
(…外は真っ暗…)
庭園灯などの明かりはあっても、この時間には散歩の人だっていない。
家に帰ってゆく人の車、それも滅多に通りはしない。
それほど遅い時刻でなくても、家路を急ぐには遅すぎる時間。
何処の家でも、夕食はとうに済んだだろう。
(…ハーレイだって、他の先生と食事に行ったりしていないなら…)
家に帰って食事を済ませて、この時間には書斎だろうか。
いつも飲むと聞くコーヒーを淹れて、それをお供に本でも読んで。
(ハーレイの家は、此処から見えないけれど…)
それを見るんじゃないものね、と触れた窓枠。
「外の温度を確かめるだけ」と、「外は暑いか、寒いか、どっち?」と。
そうして細めに開けてみた窓。
途端に冷たい風が吹き込み、レースのカーテンがフワリと揺れた。
(寒い…!)
外はちっとも暑くないよ、と慌てて窓をピシャリと閉めた。
「昼間は、あんなに暑かったのに」と驚きながら。
冷たいジュースが欲しかったほどの、暑さは何処に行ったのだろうと。
(…これが当たり前なんだろうけど…)
今の季節なら、こうだよね、と分かってはいても、真ん丸な瞳。
「ビックリした…」と、カーテンを引いて。
閉めてしまった窓に背を向け、ベッドの方へと戻りながら。
(…直ぐに閉めたから、風邪を引いたりはしないだろうけど…)
それに部屋の中は暖かいし、とベッドの端に腰掛ける。
窓を開けようと出掛ける前に、自分が座っていた場所に。
(暖房は入れていないのに…)
中と外とで、全然違う、と見詰めるカーテン。
それの向こうの窓を開けたら、たちまち冷えてしまうだろう部屋。
開けっ放しにしておいたら。
直ぐに閉めずに、あのまま放っておいたなら。
(部屋中、寒くなっちゃって…)
風邪を引くよね、と竦める首。
きっと半時間もしない間に、クシャミを連発し始めて。
急いでベッドにもぐり込んでも、そのベッドまでが冷え切っていて。
(……窓って、大切……)
ガラスが一枚あるだけなのに、と考える。
今日、学校から帰った時には、「暑い」と感じてしまった部屋。
こもった熱気を外に出すために、窓を大きく開け放った。
それで涼しくなってくれたし、冷房までは入れずに済んだ。
その「同じ窓」が、今は冷気を遮断している。
「外は暑いのかな?」と、開けて確かめたくなるほどに。
まさか寒いとは思いもしないで、細めに開けてしまったほどに。
(…特別な窓じゃないんだけどな…)
何処の家にもある窓だよね、とカーテンを見ていて気が付いた。
その「窓」さえも無かった世界を「知っていた」ことに。
窓を細めに開けることさえ、叶わない世界を「見ていた」ことに。
(…シャングリラにあった窓とかは…)
どれも「外」には繋がってない、と思い出す。
青の間には窓は無かったけれども、居住区の部屋にはあった窓。
(個室の窓からは、公園が見えて…)
皆が眺めを楽しんだけれど、その公園は「船の中」のもの。
個室の窓を開けてみたって、入って来る空気は外の世界のものではない。
船の中だけを巡る空気で、何処にも繋がってはいない。
(…船の外が見える窓は、殆ど無くって…)
そういった窓の向こうに見えていたのは、真空の宇宙や、アルテメシアの雲海など。
そんな窓では、開けられはしない。
開けようものなら、真空の宇宙に吸い出されて死ぬか、激しい気流に連れてゆかれるか。
(…開けようと思う人なんか…)
誰もいないし、開けられるように出来てもいなかった。
万一、事故が起こったりしたら、船も無事では済まないだけに。
(隔壁の閉鎖が間に合わないと、開いちゃった窓から船が壊れてしまうことも…)
まるで無いとは言い切れないから、どの窓も全て、強化ガラスで出来ていた。
「開けられないような」窓は、一つ残らず。
船の仲間たちを守るためにと、ある程度までの衝撃にだって耐えられるように。
(…あれに比べたら、ぼくの部屋の窓…)
なんて頼りないことだろう。
強化ガラスは嵌まっていないし、割れる時には呆気なく割れる「ただの窓」。
けれど、なんとも頼もしい。
部屋の外と中をきちんと隔てて、空気を入れ替えることだって出来て。
(ただの窓だけど、ホントに凄い…)
特別だよ、と浮かんだ笑み。
強化ガラスが嵌まったような窓でなくても、頼もしい窓。
おまけに外の世界に繋がり、開けたり閉めたり、自分の好きに出来る窓。
(前のぼくには、夢みたいな窓…)
それが今では部屋にあるよ、と嬉しくなる。
青の間には窓が無かったけれども、今の自分は「特別な窓」を持っているから。
ただの窓でも、窓の向こうは宇宙などではないのだから…。
ただの窓だけど・了
※ブルー君が細めに開けてみた窓。もう夜なのに、外は暑いか、確かめようと。
驚くくらいに寒かった外。強化ガラスの窓でもないのに、部屋の窓は頼もしいのですv