(…ちゃんと、しっかり乾かしたから…)
寝癖はつかないと思うんだけど、と小さなブルーが触った髪。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ハーレイは、とても優しいけれども、問題が一つ。
(ぼくのこと、子供扱いで…)
どう頑張っても、貰えないのが唇へのキス。
「ぼくにキスして」と頼み込もうが、「キスしてもいいよ?」と誘惑しようが。
お決まりの台詞は、「俺は子供にキスはしない」で、もう本当に子供扱い。
それに怒って膨れた途端に、「おっ、フグか?」と言われる始末。
頬っぺたをプウッと膨らませた顔、それを海にいるフグに見立てて。
真ん丸く膨れ上がるフグの姿に、恋人の顔を重ねてしまって。
(おまけに、フグの次にはハコフグ…)
ハーレイの大きな両手でペシャンと、潰されてしまう「膨れた頬っぺた」。
そうなった時の顔を指しているのが、「ハコフグ」という渾名。
フグと同じで海に住んでいる、独特の姿をしたハコフグ。
そのハコフグに「そっくり」だからと、恋人のことをハコフグ呼ばわり。
(…ホントのホントに、酷いんだから…!)
あんまりだよね、と零れる溜息。
今日はハーレイは来なかったけれど、来てくれた時も、子供扱いは変わりはしない。
前の「自分」と同じ背丈に育つまでの間は、その扱いが続いてゆく。
「キスは駄目だ」と断られて。
眉間に皺まで深く刻んで、「俺は子供にキスはしない」と。
そういう「酷い恋人」だから、髪に寝癖がついていたなら…。
(大笑いして、とんでもない目に遭わせるんだよ!)
実際、やられたことがある。
…あれは、寝癖ではなかったけれど。
母がいない時に、自分で寝癖を直そうとしていて、失敗をした結果だけれど。
(…髪の毛、ペシャンコ…)
髪に寝癖がついた時には、母が蒸しタオルで直してくれる。
丁度いい具合の温度のタオルを、「このくらいかしら」と時間を考え、頭に乗せて。
それを頼もうと思った休日の朝に、母は出掛けてしまっていて…。
(行先は、ご近所だったけど…)
きっと知り合いの誰かに会って、話が弾んでいたのだろう。
いつまで待っても戻らない上、休日だから、その内にハーレイが訪ねて来る。
寝癖のついた髪を見たなら、笑われるのに決まっているから…。
(なんとかして直さなくっちゃ、って…)
見よう見真似で、キッチンで作った蒸しタオル。
それを自分の頭に乗っけて、頃合いを見て「外す」つもりでいたというのに、大失敗。
父が見ていた新聞の記事に、つい釣られて。
横から夢中で読んでいる内に、父が「時間が経ちすぎてないか?」と指差したタオル。
慌てて頭から外したけれども、とうに手遅れ。
(…寝癖がついてた髪の毛ごと…)
頭の天辺の髪の毛は全部、ペシャンコになってしまっていた。
「ソルジャー・ブルー風」の髪型、それの大部分が台無しになって。
平らになった頭の天辺、直そうとしても、もう直らなくて…。
(…ママが帰って来ない間に、ハーレイ、来ちゃって…)
大笑いされて、挙句にオールバックにされた。
「俺でも寝癖は直せるんだぞ」と、ハーレイが自分の指に絡ませたサイオンで。
「前のお前は、サイオンで寝癖を直していたもんだが」と、昔話を聞かせながら。
何度か指で梳かれた後には、「キャプテン・ハーレイ風」の髪型。
銀色の髪を、すっかりペタリと撫で付けられて。
まるでハーレイの髪型みたいに、それはとんでもないスタイルにされて。
(…また、あんな風にされるんだから…!)
髪に寝癖がついていたなら、と膨らませた頬。
「ハーレイは酷い」と、「ホントに、ぼくを子供扱いするんだから」と。
そうならないよう、寝癖には気を付けている。
少なくとも、髪が湿ったままでは、ベッドに入らないように。
(ほんのちょっぴりでも、湿っていたら…)
次の日の朝、目覚めた時には、髪に寝癖がついているもの。
湿り気を帯びている髪で寝たら、プレスするようなものだから。
(…前のぼくなら、湿り気だって…)
サイオンで瞬時に乾かしていた。
指で梳かなくても、「乾かしたい」と考えただけで、サッと乾いてくれた。
けれど今では、それは出来ない。
とことん不器用になったサイオン、それは言うことを聞いてくれない。
(…聞いてくれるどころか、ぼくの中でグッスリ眠ってて…)
目覚める気配さえも無いから、使いこなすなどは、夢のまた夢。
だから「自分で」気を付けて、予防するしかない。
銀色の髪に、変な寝癖がつかないようにしたければ。
またハーレイに笑われないよう、「きちんとした髪」でいたければ。
(一事が万事で、油断大敵…)
日頃から気を付けていないと、肝心の時に失敗をする。
学校がある日は、母が蒸しタオルで直してくれるし、大丈夫だけれど…。
(…お休みの日だと、またママが…)
朝から出掛けて留守だったりして、寝癖直しを頼めない日があるかもしれない。
悲劇を繰り返したくないと言うなら、普段の心掛けが大切。
(寝る前には、ちゃんと乾かして…)
それからベッドに入ること。
次の日が、休日でない時も。
明日と同じで、目覚まし時計の音で起きたら、学校に行く前の夜だって。
用心しなくちゃ、と撫でてみる髪。
まだ湿り気が残っていないか、指で梳いてみて。
変な寝癖がつかない程度に、クシャリとかき回してみたりもして。
(うん、大丈夫!)
これならいいや、と両手の指で確かめてみて、大満足。
明日の朝には、寝癖なんかは、ついていないに違いない。
夜の間に、ヘンテコなことをしなければ。
上掛けと枕の間でギュウギュウ、変な具合に自分でプレスしなければ。
(…一本や二本なら、はねちゃってても…)
きっと見た目に分かりはしない。
銀色の髪は光に透けて、一本だけなら見えにくいもの。
枕の上に落ちていたって、光を弾いてくれない限りは、存在に気付かない時もあるほど。
手に触れてやっと、「あれ?」と拾い上げる朝も、よくあるから。
(抜けちゃった髪の毛は、ゴミなんだけど…)
ベッドから下りても、気付かないままの日だってある。
着替えを済ませて、ベッドを整えようという時にようやく、拾ってゴミ箱に捨てる日も。
(…分かりにくいもんね?)
だけど、ゴミには違いないから…、と思った所で気が付いた。
遠く遥かな時の彼方で、その「ゴミ」を探していた前のハーレイ。
「前の自分」がいなくなった後に、ただ一人きりで、青の間に行って。
髪の毛の一筋だけでもいいからと、「形見の品」を探し求めて。
(…ハーレイは、それが欲しかったのに…)
前の自分が残した髪の毛、銀色の糸を探していたのに、一本も見付からなかったという。
何も知らない部屋付きの係が、すっかり掃除をしてしまって。
綺麗好きだった「ソルジャー・ブルー」が戻って来たなら、直ぐに休めるようにと。
(…前のぼくの髪の毛、掃除係さえ来なかったなら…)
きっと一本や二本くらいは、青の間に落ちていたのだろう。
メギドに飛ぶ前、掃除などはしていないから。
「これで最後だ」と見回しただけで、背中を向けて去った青の間。
もう戻っては来ないのだから、「掃除しよう」とは、考えさえもしていなくて。
けれど、前のハーレイは「拾い損ねた」。
あの部屋に落ちていただろう髪を、係が「ゴミだ」と掃除したから。
端から綺麗に拾い集めて、ゴミ箱に捨てて、そのゴミ箱さえ空にしたから。
(……ごめんね、ハーレイ……)
ホントにごめん、と時の彼方のハーレイに謝る。
今のハーレイにも謝ったけれど、思い出したからには、前のハーレイにも、改めて。
(…ぼくの髪の毛、ゴミになっちゃって…)
前のハーレイの手には、一筋も残りはしなかった。
ハーレイにとっては、前の自分の髪の毛は「ゴミではなかった」のに。
何にも代え難い「大切な形見」で、一本だけでも、大きな意味があったのに。
(…前のぼく、髪の毛、残してあげられなかったから…)
寝癖をオモチャにされてもいいかな、と考えもする。
前のハーレイが「手に入れ損ねた」銀色の髪を、指で好きなだけ触りたいなら。
サイオンを絡めた指で梳いては、オールバックにしたりもして。
(…笑われちゃうのは、癪なんだけど…)
子供扱いも嫌だけれども、たまには寝癖のついた頭で、顔を合わせるのもいいかもしれない。
今は「ゴミ箱に捨てる」髪の毛、本当に今では「ゴミ」でしかない、銀色の髪。
それが「ゴミではなかった」人を、今の自分は知っているから。
前のハーレイの深い悲しみ、それを少しでも癒せるのなら。
(ぼくの髪の毛、オモチャにしても…)
許そうかな、と今夜は思う。
抜けたらゴミでしかない銀色の髪を、前のハーレイは手に入れ損ねたままだったから…。
ぼくの髪の毛・了
※寝癖は嫌だ、と考えているブルー君。前にハーレイに「髪をオモチャにされた」せいで。
けれど、その髪を手に入れられなかったのが、前のハーレイ。たまには寝癖もいいかもですv