(……ふうむ……)
どうやら伸びて来ちまったな、とハーレイが手をやった髪。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎の机の前で。
(…切りに行くには、まだ早いんだが…)
近い内には行かないと、と髪を撫でてみて確かめた感触。
「そろそろだよな」と、頭の中で段取りしながら。
切りに行くなら、いつがいいかと考えもして。
(だが、その前にだ…)
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを一口。
せっかく淹れ立てを持って来た以上は、熱い間に味わいたい。
考え事を始めたならば、冷めてしまうのが常だから。
(この一杯が美味いんだ)
一日を締めくくるには、もってこいの味。
寝酒などより、コーヒーの方が、自分の好み。
飲んで眠れなくなることもないから、いつもの習慣。
ゆっくりとカップを傾けながら、さっきの続きに思考を向ける。
少しばかり伸びて来ている髪を、どうするか。
(…急ぎやしないが、心づもりはしておかんとな…)
でないと、あいつが膨れちまう、と思い浮かべるブルーの顔。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
恋人には違いないのだけれども、今のブルーは、十四歳にしかならない子供なだけに…。
(俺が行けない日ばかり続くと、膨れちまうんだ)
仕方がないとは分かっていても、不満が顔に出るブルー。
「ハーレイが来てくれなかったよ」と、プンスカと頬っぺたを膨らませて。
桜色をした愛らしい唇、それだって尖らせてしまって。
(そうなっちまうと、可哀相だし…)
髪を切りに行くなら、元から「用事のある日」がいい。
長引きそうな会議の日だとか、そういった時。
仕事帰りに、ブルーの家には出掛けられない、「遅くなる日」が。
幸いなことに、行きつけの理髪店の方は、遅い時間まで開いている。
店主が一人でやっている店で、予約が必要なほどでもない。
(先客がいても、少し待ったら…)
じきに自分の番が来るから、今の内から心づもりをしておいたなら…。
(この日に行こう、と思う日がだな…)
その内に出来ることだろう。
「此処だな」と予定を入れられる日。
どうせブルーの家には行けない、と理髪店へと向かう日が。
(はてさて、いつになるのやら…)
一週間先か、二週間先か。
急ぎはしないし、いつだっていい。
「キャプテン・ハーレイ風」のヘアスタイルは、そうそう崩れはしないから。
少しばかり長めになったとしたって、誰も気付きはしないもの。
きちんとオールバックに撫で付け、乱れないよう整えておけば。
襟足が普段より伸びていようが、見た目だけで直ぐに分かりはしない。
(しかし、俺には分かるんだよなあ…)
伸びてしまっていることが。
「こいつは駄目だ」と、鏡に向かって「伸びすぎた髪」を引っ張ったりも。
そうなる前に、行くべき所が理髪店。
其処の店主には、実は「秘密」があるのだけれど。
(…キャプテン・ハーレイの、熱烈なファンと来たもんだ…)
長年、知らなかったけれども、小さなブルーと再会した後、偶然、知った。
ある日、店主が髪を切りながら始めた、いわゆる世間話の中で。
「お仕事の方は順調ですか?」と訊くような具合に、きっと、何の気なしに。
(…俺が初めて、あの店に入った時にだな…)
一目で心が躍ったらしい、その店主。
「若きキャプテン・ハーレイ」が、自分の店に入って来たものだから。
顔立ちも体格も、そっくりそのまま、「若き日のキャプテン・ハーレイ」な男。
そういう客がやって来ただけに、とても感激したのだという。
「若き日の、キャプテン・ハーレイですよ?」と、話しながら瞳を輝かせたほどに。
初老の店主は、見かけよりも遥かに年を取っているけれど、其処がいい。
あそこの店の佇まいと同じに、落ち着いた雰囲気に惹かれている。
(この町に来て、初めて入ったんだが…)
此処にしてみるか、と試しに入って、それ以来、通い詰めている店。
ところが、実は店主の方でも、「キャプテン・ハーレイ」の来店を心待ちにしていた。
青年の姿をしていた頃には、「若きハーレイ」そのままの髪型を整え続けて。
それが似合わなくなって来たなら、「これは如何でしょう?」と今のを勧めて。
(明らかに店主の趣味なんだよなあ…)
これは、と少し伸びて来た髪に触れてみる。
店主が幾つか勧めた髪型、中でも一番推していたのが「キャプテン・ハーレイ風」のもの。
「きっとお似合いになりますよ」と、自信たっぷりに。
(俺も、そいつがいいと思って…)
このヘアスタイルに仕上げて貰って、今に至っているけれど…。
(まさか、店主の趣味だったとは…)
なんともはや、と零れる苦笑。
とても珍しい「キャプテン・ハーレイ」のファン、そんな店主と出会った自分。
記憶が戻るよりも前から。
小さなブルーを知らない内から、「此処にしよう」と店に入って。
(…前の俺の、熱烈なファンだというだけじゃなくて…)
いったい何処で気付いたものやら、「ブルーとの絆」まで見抜いた店主。
「とても似合いの二人に見えるんですがね」と、髪を切りながら言っていた。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、二人並ぶと「絵になる」のだと。
「けしからぬ仲だったとは思いませんが」とも、語ったけれど…。
(…いずれ、俺がブルーを連れて行ったら…)
あの店主ならば、遠い昔の写真を眺めて、「そうか」とピンと来るかもしれない。
今の時代も残る写真に、「同じ眼差し」や「表情」を見て。
「ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの恋」を、今の「客たち」から読み取って。
なんと言っても「同じ顔」だし、その上、カップルなのだから。
「結婚したんです」とブルーを連れて、あの店に入ってゆくのだから。
(…まあ、バレちまっても、かまわないがな)
あの店主ならば、誰にも喋りはしないだろうし…、と「その日」を思う。
店主の夢が実現する日が、「ブルーを連れてゆく日」だから。
(俺に恋人が出来た時には、ソルジャー・ブルー風にカットするのが…)
あの理髪店の店主の夢。
「キャプテン・ハーレイ」と「ソルジャー・ブルー」を、恋人同士として並べるのが。
けしからぬ仲の二人でなくても、並んでいれば絵になるだけに。
(ブルーを見たら、きっとビックリ仰天で…)
それから嬉々として、ブルーの銀色の髪をカットしてゆくのだろう。
元々「ソルジャー・ブルー風」の髪型だけれど、それを美しく保てるように。
銀色の髪の毛をチョキチョキと切って、「如何ですか?」とブルーに訊いたりもして。
(…でもって、綺麗に仕上がった後は…)
床に散らばった銀色の髪を、手早く掃除するのだろう。
理髪用のマントに落ちていた髪も、慣れた手つきでサッと払って。
(俺が先でも、あいつが先でも…)
混ざっちまうことは無いようだな、と思う髪の毛。
店主が一人でやっている店でも、やって来た客が二人連れでも。
(清潔が一番、って感じだからなあ…)
店の床の上で、銀色の髪と金色の髪が「混じり合う」ことは無いのだろう。
ブルーが先にカットを終えたら、床は綺麗に掃除されて。
(それから俺が切って貰う番で…)
ブルーは備え付けの本でも見ながら待っているのか、カットするのを眺めているか。
(どっちだろうな?)
あいつだったら…、と想像していて、ハタと気付いた。
いつかブルーが「切って貰う」髪、それは店主が掃除して捨てる。
床に落ちた分も、理髪マントにくっついた分も。
それで当然だと思ったけれど、「俺のと混ざりはしないんだな」と考えたけれど…。
(…前の俺は、あいつの髪の毛さえも…)
一筋も持ってはいなかったんだ、と遠く遥かな時の彼方を思い出す。
前のブルーがメギドに向かって飛び去った後は、何も残っていなかった。
部屋付きの係が、すっかり掃除をしてしまって。
綺麗好きだったブルーのためにと、「何も知らずに」青の間の掃除を終えてしまって。
(…髪の毛さえも残っちゃいないんだ、と…)
前の自分は、どれほど涙に暮れただろう。
けれど今度は、ブルーの髪は「目の前で」ゴミになるらしい。
カットされた後は、店主が綺麗に掃除をして。
(…あいつの髪の毛が、ゴミになるのを…)
当たり前のように「見ていられる」のが、今の俺か、と嬉しくなる。
今のブルーは、いなくなったりはしないから。
髪の毛がゴミになった後には、「すっきりしたな」と、二人で帰ってゆくのだから…。
あいつの髪の毛・了
※ハーレイ先生が「行くか」と思った理髪店。いつかはブルー君を連れてゆく店。
そこでは「ゴミになる」のが、ブルー君の髪の毛。前の生を思えば、夢みたいですよねv