(…今日も一日、終わったってな)
ブルーの家には寄れなかったが…、とハーレイが帰り着いた家。
学校を出た後、いつもの食料品店で買い物をして。
前の自分のマントと同じ色の愛車を、ガレージの中に滑り込ませて。
ピタリと決まった停車位置。
運転席のドアを開けたら、「我が家」の地面が待っている。
助手席に置いていた荷物を手に持ち、降り立った其処。
薄暗くなっては来ているけれども、まだ真っ暗というわけでもない。
(しかし、明かりは…)
もう点いてるな、と眺めた門灯。
鍵を開ける時に困らないよう、暗くなったら自動で点ってくれる「それ」。
庭園灯も、ぼんやりと灯り始めていた。
そちらは「外の明るさ」で光を調節するから、まだ煌々と照らしてはいない。
(とにかく、帰って来たってわけで…)
後はのんびりやらせて貰おう、とガレージを出て庭を横切る。
玄関に向けて、大股で。
夕闇の中に沈みゆく庭を、瞳の端で捉えながら。
(まだ、芝刈りをするってほどじゃあ…)
そこまで伸びていないよな、と芝生をチェックし、生垣も。
伸びすぎた枝があるようだったら、切ってやらないといけないから。
(家の裏手は、此処からは見えやしないんだが…)
表の方は大丈夫だな、と大きく頷く。
生垣の手入れは、家を持つなら大切なこと。
庭木だったら、好き放題に伸びていたっていいけれど…。
(これが生垣だと、如何にも手入れをしていない、っていう風に見えて…)
住んでる人間の資質ってヤツが問われるんだ、と思う生垣。
長い間、留守にしている家なら、伸び放題になるのだけれども、住んでいるなら…。
(きちんと刈り込んでやらないと…)
無精者だと思われるじゃないか、と考える。
手入れをする暇が無いのだったら、「誰かに頼む」手もあるのだから。
生垣も家も、住んでいるなら「手入れしてこそ」。
もっとも、「家」は、自分の手では、なかなか手入れが出来ないけれど。
(…窓ガラスを拭くとか、その程度なら…)
誰でも出来るが…、と辿り着いた玄関。
家の中の掃除も、もちろん自分で出来るけれども、「家」そのものは、そうはいかない。
屋根や壁などを直すとなったら、その道のプロに頼むしかない。
世間は広いし、「趣味で自分の家を建てる」者も、いないわけではないけれど。
ログハウスのような「簡単なもの」の方はともかく…。
(…本格的な家を建てちまうのが…)
いるんだよな、と例を知らないわけではない。
大工だったら分かるけれども、「全くの畑違い」な人間。
そのくせに、趣味が日曜大工で、最初は犬小屋あたりから始めて…。
(腕が上がったら、物置を建てて…)
物置が上手く出来上がったら、お次は「仕事場」の増築など。
大工道具をズラリと揃えて、「プロ並みの」作業が出来るようにと。
(そういう道具を揃えちまったら、今度は自分の腕を磨きに…)
プロの大工と一緒に仕事で、ぐんぐんと腕を上げてゆく。
仕事で給料を貰う代わりに、「プロならではの技」を学んで。
「家は、こういう風に建てる」と、現場の知識を実地で覚えて。
(でもって、人脈も出来るもんだから…)
何処で資材を揃えればいいか、どういった資材が何に向くのか、それも学べる。
腕に自信を覚える頃には、立派に「仕入れのルート」も掴む。
柱を買うなら、此処だとか。
屋根に葺くものは、此処に頼めば買えるとか。
(…もう、すっかりとプロ顔負けになってしまってて…)
後は自分で「建ててみる」だけ。
「建てたい家」の敷地を確保出来たら、早速に。
整地のための重機なんかは、プロの大工の「知り合い」に借りて。
家の図面も自分で描いて、完璧な「自分好みの家」の建築に取り掛かる。
完成する日を心待ちにしつつ、コツコツと仕事を進めていって。
(…ああいうのも、きっと楽しいんだろうな)
文字通りに「夢」が形になる「家」。
こういう部屋が欲しい、と思った通りの部屋を「作って」いって。
そっくり丸ごと、「自分の手で」家を築いていって。
(…俺には、とても真似できないが…)
せいぜい、窓拭きくらいなんだが…、と鍵を開けて足を踏み入れた家。
玄関の明かりも自動で点いているから、暗くはない。
入って扉をパタンと閉めたら、もう完全に「家の中」。
ガレージや庭も家の一部だけれども、寝泊まり出来る場所ではない。
こうして「家」に入って初めて、「帰った」と言えるのだと思う。
その気になったら、ガレージでだって、眠れるけれど。
庭にテントを張りさえしたなら、庭でも暮らせるのだけれど…。
(家ってヤツは、こう…)
ガレージやテントとは違うんだよな、と見回してみる。
屋根も壁も床も、しっかりと出来ているのが「家」。
キッチンもあれば、バスルームだって。
(…テントだと、簡易コンロを置くとか…)
仮設の竈でも作らない限り、煮炊きは出来ない。
ガレージにしても、其処は同じで、ついでに「無い」のがバスルーム。
「ゆったりと風呂に浸かりたい」と考えたって、それは「家」にしか無いものだから。
(…風呂だけ、他所に入りに行くのは…)
落ち着かんしな、と分かっている。
旅先で入る風呂ならともかく、「自分の家」にいるというのに、「他所で風呂」など。
(庭にテントを張っていたって、ガレージに寝袋を置いたって…)
風呂だけは「家」に入らないと「無くて」、それに入りに「家」に行ったら…。
(ついつい、ウッカリ…)
あれもこれもと、家の中でしてしまうのだろう。
「庭でテントだ」というつもりでいたって、気付けば書斎に座っているとか。
簡易コンロの代わりにキッチンに立って、コーヒーを淹れているだとか。
きっとそうなっちまうんだ、と考えながら脱いだ靴。
家の床を踏むと、「帰って来たな」という実感。
ブルーの家には寄れなかったけれども、「いい日」ではあった。
後はゆっくり、自分のペースで過ごすだけ。
夕食を作って、美味しく食べて、それから後片付けをして。
夜の習慣になっている一杯のコーヒー、それを愛用のマグカップに淹れて。
(そいつが、「家」の醍醐味ってヤツで…)
テントやガレージじゃ駄目なんだ、と家の奥へと歩いてゆく。
まずは買って来た食料品を、キッチンに置きに。
お次は仕事用の鞄を、ダイニングへと。
(家ってのは、本当にいいもんだよなあ…)
ホッとするんだ、と済ませた着替え。
スーツを脱いで、普段着に。
ネクタイなどを締めたままでは、料理も出来はしないから。
(これで良し、ってな)
さあ、やるぞ、と出掛けたキッチン。
自分で建てた家ではなくても、もう充分に気に入っている「家」。
帰り着いたら、「帰って来たぞ」と心の底から思える場所。
(これでこそ、家というもんで…)
帰った時に、「俺の家だ」と実感できる所がいい。
自分では窓を拭くのがせいぜい、屋根を葺くことは出来なくても。
「こういう部屋があればいいのに」と、増築する腕も持っていなくても。
(住めば都と言うからなあ…)
まさに都だ、と大満足の「家」だけれども、キッチンで、ふと思ったこと。
前の自分も立ったキッチン、それはシャングリラの厨房だった、と。
(…あそこで料理をしてたのに…)
気付けばキャプテンになっていた。
もう厨房には立つこともなくて、たまに料理をしていたのは…。
(…あいつのためのスープ作りで…)
野菜スープだ、と思い浮かべた恋人の顔。
今のブルーが寝込んだ時にも、作りに行ってやるスープ。
基本の調味料だけでコトコト煮込んで、野菜がトロトロになったスープを。
(…今じゃ、あいつは別の家にいて…)
スープを作ってやるにしたって、わざわざ出掛けるしかないんだった、と浮かべた苦笑。
「家に帰っても、あいつがいない」と、「まだ、当分は、そうなんだな」と。
(この家も、好きな家なんだが…)
欠点ってヤツが一つあるぞ、と始めた料理。
此処には「ブルー」が欠けているから。
帰った時に「お帰りなさい!」と、迎えてくれはしないから。
(…その日が来るまで、欠点が一つ…)
それでも好きな家ではある、と買ってきた野菜を刻み始める。
いつかブルーと結婚したなら、この家は、もっと良くなるだろうと。
「帰って来たぞ」とホッとする家、それが今より、ずっと素敵になるのだろうと…。
帰った時に・了
※家に帰って来たハーレイ先生。「やっぱり、我が家はいいもんだ」と満足ですけど…。
気付いた「其処に欠けているもの」。好きな家でも、ブルー君がいないと、欠点が一つv