(……うーむ……)
まだまだ余裕はあるんだがな、とハーレイが考えた仕事のこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食を終えたダイニングで。
もしもブルーの家に行けていたら、今頃はまだ帰宅していないことだろう。
ブルーの両親も交えた夕食、それを済ませて、食後のお茶を飲んでいる頃で。
(あいつの部屋で二人きりなのか、ダイニングなのかは分からんが…)
食後のお茶には間違いないぞ、と眺めた壁の時計の時刻。
ブルーの家に出掛けてゆくには「遅すぎた」だけで、学校を出たのは遅くない。
帰宅して直ぐに食事の支度で、食べ終えた時間が、ついさっき。
後片付けをして、仕事で使う資料を作るべきなのだけれど。
古典の授業で、生徒たちに配るためのプリント、それが必要なのだけれども…。
(その気になったら、直ぐ作れるし…)
おまけに、それを使う授業は、まだ先のこと。
来週の後半といった所で、急ぎの仕事というわけではない。
ついでに何故だか、今日は「気乗りがしない」感じで、椅子から全く立つ気がしない。
普段だったら「さて、やるか」と、立ち上がるのに。
さっさと食器を洗い終わって、テーブルも拭いて、と身体が自然に動くのに。
(…いったい、どうしたわけなんだかな?)
ブルーとゆっくり話せなかったせいでもあるまいに…、と思い浮かべる恋人の顔。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(学校では顔を見られたんだし、挨拶だって…)
ちゃんと交わして、「ハーレイ先生!」と弾ける笑顔も見た。
「ブルー不足」になってはいないし、それが原因ではないだろう。
仕事をする気がしないのは。
椅子から立って、後片付けを始める気にもなれないのは。
(学校でも、特にこれということは…)
無かったんだがな、と指を折ってゆく。
「柔道部の方は順調だった」と、「仕事でも何も無かったぞ?」と。
強いて言うなら「会議で遅くなった」ことだとはいえ、予め予想していたこと。
今日の会議は長引くことも、ブルーの家には寄れない時間になることも。
どうにも解せん、と思う「やる気」が出ないこと。
仕事は「溜め込まない」のが信条、早め早めに進める主義。
けれども、自分も「人間」だから…。
(…たまには、こういう気分になる日も…)
あるんだよな、と思う「サボリ根性」が頭をもたげる日。
「まだまだ余裕は充分にあるし、急がなくても」と聞こえる「心の声」。
急いで仕事をこなさなくても、ゆっくり、のんびり進めればいいと。
サボッた所で、何も問題ないだけに。
明日も明後日も時間はあるし、期限までには、たっぷり余裕があるだけに。
(…どうするかな…)
仕事があるのは本当だから、「エイッ!」と気合で立ち上がるべきか。
まずはキッチンで食器を洗って、きちんと拭いて棚へと戻す。
それから「いつものコーヒー」を淹れて、仕事を片付けに書斎へ向かう。
棚にギッシリ詰まった本から、「これだ」と資料を引っ張り出しに。
プリント作りに役に立つ本、それを端から選び出しに。
(中身は頭に入っているしな?)
こうだったな、と確認のために「調べる」だけで、本を脇に置いて作るプリント。
広げたページを覗き込んでは、ミスが一つも無いようにと。
(取り掛かっちまえば、アッと言う間に終わるんだが…)
長くなっても、一時間もかからないだろう。
ほんの一時間で終わる仕事なら、今から始めれば「簡単に」作業は全て完了。
プリントを印刷している間に、「一仕事終わった」と飲めるコーヒー。
(…二杯目を飲んでも、俺の場合は…)
眠りに就くのに障りはしないし、いつもだったら、そのコース。
後片付けを急いで済ませて、書斎に出掛けて「資料を作る」。
「仕事の後のコーヒーは美味い」と、二杯目のコーヒーを楽しみにして。
「早いトコ、仕上げちまうとするかな」と、椅子から立って。
そうは思っても、出ないのが「やる気」。
今日は何処かに行ってしまって、すっかり行方不明になって。
家出したらしい、自分の「やる気」。
原因の方はサッパリ不明で、けれど捜しても見付からない。
何処へ行ったか、それとも心の深い所でグッスリ眠ってしまっているのか。
(…いなくなっちまったというのがなあ…)
こんな時には、捜すだけ無駄というヤツで…、と自分でもよく分かっている。
家出したのか、眠っているのか、とにかく「見当たらない」やる気。
それを懸命に捜してみたって、徒労に終わるということを。
いなくなった「やる気」は、向こうの方から帰って来るまで、戻っては来ない。
どんなに自分に喝を入れても、「やってやるぞ」と思っても。
「頑張らなきゃな」と踏ん張ってみても、「やる気」がいないと始まらない。
無理やり仕事を始めてみたって、効率が悪いに決まっている。
あちら、こちらと気が散って。
「資料用に」と出して来た本、それをウッカリ読み耽ったりも。
そうする間に、刻一刻と経ってゆく時間。
ハッと気付けば、「とんでもない量の」時間を無駄にしているもの。
肝心の「やる気」が家出したまま、気乗りしないのに、取り掛かったら。
「やるぞ」とファイトが湧いて来ないのに、「仕方なく」仕事をすることにしたら。
(…そうなるのが見えているからなあ…)
今日は駄目だな、と目を遣る壁のカレンダー。
資料のためのプリント作りは、明日だって出来る。
明後日もあるし、それが駄目でも、まだまだ余裕がある日数。
(…週末はブルーの家に行くんだが…)
その土日だって、出掛ける前と、帰宅した後は「仕事が出来る」。
ブルーと二人でゆっくり過ごして、リフレッシュして。
「今日はブルーと過ごせたんだ」と、心の底から満足して。
同じ「仕事をする」のだったら、そういう日の方が向いている。
明らかに「やる気」が高まった時は、作業効率が上がるから。
今日のように「やる気」が留守の時より、「家出してしまった」らしい時より。
そういうもんだ、と分かっているから、心を決めた。
「今日はサボるぞ」と、自分自身に宣言して。
早めに仕事を片付ける主義は、今日の所は返上しよう、と。
(サボりたい時は、サボッちまうのが一番なんだ)
その方が時間も無駄にならん、と今日までの経験を思い返して、大きく頷く。
「今日の所はサボッちまおう」と、椅子に座ったまま、伸びをして。
後片付けをするよりも先に、コーヒーを淹れてくるのもいい。
ダイニングでのんびり「食後のコーヒー」、そんな日だって多いから。
今日のように「仕事」が待っていないなら。
(…ふむ…)
コーヒーを淹れに行って来るかな、と思ったら、素直に動いた身体。
さっきは「立つ気もしなかった」のに。
仕事をするか、と考えてみても、椅子から立てなかったのに。
(……現金なモンだな、俺ってヤツは)
サボると決めたら、急に元気になるらしい、と浮かべた苦笑。
別の意味での「やる気」が出て来たようだから。
仕事ではなくて、「今日はサボって、のんびりしよう」という「やる気」だけれど。
ダイニングでコーヒーを飲むのだったら、テーブルは綺麗に片付けたい。
「食べ終わった後の汚れた食器」を置いておくより、すっかり下げて。
キッチンで洗って、棚に仕舞って、それから淹れる熱いコーヒー。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、ダイニングの椅子にゆったり座って…。
(ちょいと新聞でも読んで…)
目に付いた記事を端から読むのも、なかなか楽しい時間ではある。
授業の合間に挟む雑談、そのためのネタを拾えたりもして。
(今日はサボってしまうんだしな?)
楽しくやらなきゃ損じゃないか、と自分自身に言い聞かせる。
「仕事のことは忘れちまえ」と、「やる気が戻って来るまでな」と。
家出した「やる気」は戻らないから、別の「やる気」でコーヒータイム。
書斎に行かずに、ダイニングのテーブルを片付けて。
「此処でコーヒーも、いいもんなんだ」と、笑みを浮かべて。
サボりたい時にはサボるのが一番、それも自分の信条だけれど。
作業効率を上げるためには、サボリも必要なのだけれども…。
(…おいおいおい…)
今ならではだぞ、と気付いた贅沢。
前の自分に、サボリは許されなかったから。
ミュウの箱舟を纏めるキャプテン、そのキャプテンがサボっていたなら「おしまい」だから。
(シャングリラが沈んじまうじゃないか…!)
やる気が出るまで待っていたなら、そうなったろう。
無理にでも「やる気」を出して頑張り、足を踏ん張らない限りは。
(…サボりたい時は、サボっていいのも…)
今だからだな、と傾けるコーヒーを「美味い」と思う。
こうして「やる気」が出ない時でも、今はサボってかまわないから。
仕事の代わりにコーヒータイムも、許されるのが今の人生だから…。
サボりたい時は・了
※仕事があるのに、何故だか「やる気」が出ないハーレイ先生。行方不明になった「やる気」。
そういう時にはサボリが一番、と思えるのが「今」。前のハーレイには出来ない贅沢v
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