(今日は、会いには行けなかったが…)
明日には行ってやれるといいな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
まだ十四歳にしかならない、小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今日のように「行ってやれなかった日」は、ブルーは酷く寂しがる。
「ハーレイが来てくれなかったよ」と、鳴らなかったチャイムのことを思って。
学校で顔を合わせていたって、其処では、あくまで教師と生徒。
挨拶や立ち話などは出来ても、それだけのこと。
恋人同士の会話は無理で、「元気そうだな」とか、どの生徒にも掛ける言葉だけ。
(俺があいつの守り役でも…)
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりだと、皆が知っているわけではない。
単に「聖痕」を持っているブルーの守り役、再発を防ぐための人間。
ブルーの身体に現れたのは、「ソルジャー・ブルーが受けた傷」だから。
それを防ぐには、「キャプテン・ハーレイ」そっくりの「自分」が側にいるのが一番だから。
(キャプテン・ハーレイがいるってことは、其処はメギドじゃないってことで…)
ブルーも安心するだろうから、聖痕が再発することはない。
そういう読みで就いた「守り役」、本物のキャプテン・ハーレイなのに。
ブルーの方だって、正真正銘、ソルジャー・ブルーだったのに。
(しかし、そいつは秘密だからな)
他の人間がいるような場所で、ブルーを「ソルジャー・ブルー」としては扱えない。
恋人同士の会話でなくても、前の生の思い出話でも。
学校という場に相応しい話、そんなものしか交わせはしない。
だからブルーは寂しがる。
「今日はハーレイ、来なかったよ」と。
きっと何度も、窓の向こうを眺めただろう。
門扉の脇のチャイムが鳴るのを、首を長くして待ちもしただろう。
「もうハーレイは来ない時間」だと、悟るまで。
ブルーの部屋の壁の時計が、そういう時刻を指し示すまで。
今日は会いには行けなかったし、ブルーは今頃、溜息をついているかもしれない。
会えずに終わった「ハーレイ」の顔を思い浮かべて、ガッカリもして。
(…あいつ、まだまだチビだから…)
俺よりも遥かに残念なのに違いない、と考えもする。
大人の自分は、長く生きた分、「我慢すること」に慣れているもの。
柔道と水泳の道で鍛えた子供時代も、何度も叩き込まれた「我慢」。
辛抱だとか、根性だとか、そういった言葉で示された。
「なんでも我慢だ」と、先輩や、その道の師匠から。
それに比べれば、ブルーは「我慢」に慣れてはいない。
今度も弱く生まれて来たから、両親に甘やかされて育って。
我慢する代わりに我儘放題、そんな「小さな王子様」で。
(…酷い我儘は言わないんだがな?)
あれが欲しいとか、これが欲しいとか、足をバタつかせて強請りはしない。
本当に小さかった頃には、外出先で踏ん張ったこともあるらしいけれど。
(オモチャを買って欲しいんじゃなくて…)
小さなブルーの場合は、食べ物。
「食べ切れないわよ」と母に止められても、大きな綿菓子を欲しがるだとか。
父が「無理だぞ」と言って聞かせても、沢山入ったフライドポテトを強請るとか。
(そうやって買って貰ったヤツを、食い切れなくて…)
父や母が代わりに食べていたことも多かったと聞く。
ブルーの我儘は「そんな程度」で、世間のヤンチャな子に比べれば可愛いらしいもの。
「あれを買って」と、オモチャ屋の前で騒ぐわけではなかったから。
手足をバタバタさせて叫んで、「欲しい」と泣きはしない子供で。
(それでも、やっぱり子供は子供で…)
十四歳になった今でも、ブルーの「我慢」は足りてはいない。
何かと言ったらキスを強請るし、叱った所で懲りないから。
(キスは駄目だと、何度言っても無駄なんだ…)
我儘な上に我慢も足りん、と苦笑する。
まるで修行がなっていないと、あれでは「我儘な王子様だ」と。
我慢することが苦手なブルーは、今夜もきっと寂しいのだろう。
「ハーレイに会えなかったよ」などと、心の中で繰り返して。
(…俺でも、残念なんだから…)
会いたかったと思うんだから、と「思う」自分も、修行が足りない。
ブルーの家に寄れずに帰って来たこと、それを「残念に思う」のだから。
「今日は、そういう日だったんだ」と忘れる代わりに、こうして書斎で思い出すなら。
コーヒーのカップを傾けながら、ブルーのことを思うなら。
(…俺でも、修行不足ってことか…)
もっと鍛錬しないとな、と苦笑いする。
ちょっとやそっとでは動じない心、それを手に入れなければ、と。
「ブルーに会えずに終わる日」の方が、「会える日」よりも多いもの。
毎日のように行けない以上は、「こんなものさ」と、サラリと流してしまいたい。
家に帰って鍵を開けたら、それっきりだという風に。
気ままな一人暮らしを楽しんだ頃に、サッと頭が切り替わるように。
(そうは思っても、これがなかなか…)
上手くいかん、と心を離れてくれない恋人。
小さなブルーと再会してから、心はブルーに「奪われた」まま。
忙しい時には「忘れていたぞ」と、慌てることもあるけれど。
片時さえも忘れないとは、言えない部分もあるのだけれど。
(あいつに出会っちまった時から、こんな具合で…)
何もかもがブルー中心だよな、と自分でも可笑しくなるくらい。
十四歳にしかならないブルーに、「全てを持っていかれる」なんて。
来る日も来る日も、ブルーのことを思い続けているなんて。
(あいつと一緒に、生まれ変わって来たモンだから…)
これからもずっと一緒だしな、とブルーとの絆に頷くけれども、そのブルー。
前の生から愛していたから、青い地球の上にも二人で来た。
当たり前のように「ブルー」と出会って、また恋に落ちて、これからも一緒。
生まれ変わりとは、そういうものだと、自分でも思っているけれど。
前のブルーと前の自分の「絆」だと信じているけれど…。
(…絆じゃなくって、偶然ってことも…)
まるで無いとは言い切れないぞ、と不意に浮かんで来た考え。
ブルーとの絆は「本物」だけれど。
聖痕が証明しているけれども、生まれ変わりには「偶然」だってあるかもしれない。
こうしてブルーと「生まれる」代わりに、他の誰かと生まれて来るとか。
青い地球には違いなくても、街でバッタリ出会った相手が「別人」だとか。
(…向こうから、誰か歩いて来るな、と…)
思いながら足を進めて行ったら、突然に戻って来る記憶。
歩いて来た「誰か」とすれ違う瞬間、聖痕などは抜きにして…。
(あいつなんだ、と…)
お互い、振り向くかもしれない。
「お前なのか?」と声を掛けられて、こちらの方でも「お前なのか?」と。
人違いなどは「よくある」ことだし、とにかく「声を掛けてみよう」と考えて。
(…そうして、間違いないと分かって…)
意気投合して昔話で、「立ち話というのも、なんだから」と近くの店に入るだろうか。
前の生での思い出話に興じるために。
其処でお互い、名刺を出したり、「今じゃ、こういう仕事なんだ」と話したり。
(…ゼルに会うのか、ヒルマンなのか…)
どちらもアルタミラ以来の古い友達、飲み友達でもあったゼルとヒルマン。
ゼルの方なら喧嘩もしたし、ヒルマンとも徹夜で飲み明かしもした。
(あいつらと再会する人生も…)
生まれ変わりが「偶然」だったら、可能性としては充分、あり得る。
小さなブルーと出会う代わりに、再会した相手は「古い友達」。
ゼルにしたって、ヒルマンにしたって、きっと楽しい人生になる。
何かの折には飲みに誘って、誘われもして。
お互いの家が離れていたって、招いたり、招かれたりもして。
(あいつの代わりに、ゼルやヒルマンか…)
それも悪くはないんだがな、と思うけれども、どうだろう。
ブルーはいなくて、ゼルやヒルマンだけだったなら。
どんなに昔話をしようと、「ブルー」が何処にもいなかったなら。
それは悲しい、と直ぐに気付いた。
話の中には「ブルー」がいるのに、本物の「ブルー」がいなければ。
何処を探しても、「ブルー」が見付からなかったら。
(そんな人生は、我慢出来んぞ…!)
あいつの代わりに、他の誰かがいるなんて…、と「今の人生」に感謝する。
いくら我慢に慣れてはいても、「ブルー以外の誰か」と出会って、過ごす人生は嫌だから。
ブルーのいない人生なんかは、きっとつまらない人生だから…。
あいつの代わりに・了
※ハーレイ先生が「ふと、考えた」こと。生まれ変わって出会う相手が他の誰かなら、と。
ゼルやヒルマンでも楽しいでしょうけど、ブルー君がいない人生なんかは、嫌ですよねv