(……うーむ……)
明日は会議か、とハーレイがフウとついた溜息。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は会議は無かったけれども、寄り損ねてしまったブルーの家。
柔道部の部活が、いつもより少し長引いたせいで。
熱意溢れる部員の一人に、頼まれた稽古。
「クラブの時間は終わりですけど、個人的にお願い出来ますか?」と。
この所、目覚ましく伸びている「彼」。
此処で稽古をつけておいたら、更に上へと行くことだろう。
だから「いいぞ」と頷いた途端、我も我もと出て来た柔道部員たち。
「よろしかったら、お願いします!」と、頭を下げて。
そう頼まれたら、断れない。
「一人だけだ」などと言えはしないし、何人もの稽古を見ることになった。
最初に名乗りを上げた一人だけなら、さほど時間はかからなかったと思うのに…。
(あれだけの数が来ちまうと…)
大いに狂った、放課後の予定。
今日はブルーの家に行けると考えたのに。
部活の後には柔道着を脱いで、シャワーも浴びて、スーツに着替えて。
(少しばかり遅くなったって…)
充分、行けると読んでいた時間。
「今日は終わりだ」と稽古をつける部員に宣言、走って体育館を出て。
急いでシャワーで、急いで着替えで、それから愛車に乗り込んで。
(そいつが、すっかり狂っちまって…)
ブルーの家には行けなかった上に、明日の放課後は会議がある。
内容からして、もう間違いなく長引くのが。
終わった頃には、ブルーの家に行ける時刻は過ぎているのが。
(ブルーもガッカリするんだろうが…)
俺の方だって同じなんだ、と心で溜息。
いくらチビでも、ブルーは恋人。
会えない日よりは、会える日の方がずっといいのに決まっているから。
今日も駄目なら、明日も会えずに終わってしまう小さな恋人。
学校では顔を合わせられても、ブルーの家には行けないままで。
教師と生徒の間柄でしか、挨拶も言葉も交わせないままで。
(…どうして会議になっちまうんだか…)
せめて明後日なら良かったのに、と考えてしまう会議の予定。
明後日でも良さそうな内容なのに、と。
(しかし、こいつも俺の仕事で…)
教師の仕事をやっている以上、学校の会議には「出席する」もの。
自分とは無関係な内容だったら、そもそも招集されたりはしない。
呼ばれたからには「行く」のが仕事で、それをサボって逃げるのは…。
(…俺の性には合わないってな)
根が真面目だから、サボることなど考えられない。
同僚の中には「逃げてゆく」者もいるけれど。
どうしても行きたいコンサートだとか、そういったものと重なった時。
「その日は都合がつかなくて…」と断りの言葉と、それに謝罪と。
教師仲間でも分かっているから、無理に引っ張り出したりはしない。
なんと言っても「明日は我が身」で、次の会議では「自分が言う」かもしれないだけに。
コンサートでなくても、遠い星から旧友が訪ねて来るだとか。
その日を逃せば、次に会えるのは何年先だか分からないとか、そういった「事情」。
(お互い、分かっているもんだから…)
都合がつかない理由の中身が何であろうと、許してしまう。
「仕方ないですね」と、「次の会議は出て下さいよ」と。
(…俺だって、遠くの星から誰か来るなら…)
きっとサボる、と思うけれども、その手のサボリは未経験。
なにしろ根っから真面目な性分、友人たちも承知している。
「あいつを誘うなら、休日でないと」と、「教師」の仕事に就いた時から。
平日に会おうと言うのだったら、遅い時間にしてくれる。
先に始めていたとしたって、「お前はゆっくり来ればいいから」と。
お蔭でサボリの経験は無しで、会議を欠席したことは無い。
ゆえにブルーに会いに行きたくても、明日もやっぱり「出てしまう」だけ。
そんな自分の性分だけれど、今は些か恨めしい。
今日もブルーの家に行けなくて、明日も「行けない」のが確実だから。
どう考えても明日の会議は、早く終わってはくれないから。
(あいつも俺も、お互い会えないままでだな…)
残念な気分になるというのが、既に分かっているのが辛い。
こうなるのならば、今日の放課後、柔道部員に稽古をつけずに帰ったなら、と思っても…。
(それも出来ないのが、俺ってわけで…)
頑張る生徒を「放っておいて帰る」ことなど、とても出来ない。
会議をサボらないのと同じで、これも教師としての信条。
たかがクラブの顧問なのだし、放っておく同僚も多いのだけれど。
「顧問だけれども、素人だから」と、さっさと白旗を掲げて逃げて。
「今日の活動時間は此処まで」と、時間通りに切ってしまって。
運動部でなくても、その手の顧問は少なくない。
芸術などとは無縁だったのに、美術部の顧問をしている者やら、色々と。
(俺の場合は、柔道も水泳もプロ級だしなあ…)
新任教師で入った時から、もう早速に任された。
「ハーレイ先生なら、安心だ」と、学校中から期待されて。
担任さえも持たない内から、ただの新米教師の頃から。
(俺に指導を任せておいたら、大会に出るのも夢じゃない、と来たもんだ)
そして実際、其処まで「引っ張って行った」お蔭で、「その後」も決まった。
何処の学校に赴任しようと、着任前からポストを空けて「待たれている」。
柔道部か、水泳部の「どちらか」に。
場合によっては、「手が空いた時にはお願いします」と、もう一方のコーチ役まで。
顧問をしているのは柔道部なのに、水泳部で教える日があるだとか。
水泳部で「泳ぎ」を教えているのに、柔道部の方にも行くだとか。
(教師をしていて、プロ級の腕も持ってるってのは…)
珍しいケースだと承知している。
だから何処でも引っ張りだこだし、着任早々、柔道部か水泳部の顧問。
前の年の顧問が在籍中でも、「お願いします」と交代になって。
(会議に、クラブ活動に…)
実に多忙だ、と思う教師の仕事。
恋人に会うのも「ままならない」ほど、都合がつかない時だってある。
今日はクラブが長引いて駄目で、明日には会議。
(…俺の性分なんだとはいえ…)
ブルーにゆっくり会いたいもんだ、と思った所で気が付いた。
前の自分は、どうだったろうと。
遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」だった頃には。
(…あの頃の俺も、今と同じでクソ真面目でだ…)
キャプテンの仕事が多忙な時には、青の間にさえ行けなかったほど。
それこそ夜勤の時間になっても、仕事が終わらなかったなら。
「これさえ済めば」と踏んでいたって、急な仕事が入りもして。
白いシャングリラを纏めるキャプテン、言わば年中無休の仕事。
ミュウの仲間を乗せた箱舟、それを纏めてゆくのだから。
(ブルーを遅くまで待たせているのが、分かっていても…)
次から次へと仕事が入れば、青の間になど行っていられない。
ブリッジで指示を出し続けるだけが仕事ではなくて、他にも色々。
(そいつを端からこなしてたわけで、それでもなんとかなったのは…)
厨房時代に戻りたい、などと思わなかったのは、ブルーのため。
「ハーレイになら、命を預けられるよ」と、前のブルーが言ったから。
ソルジャーだった「前のブルー」を支えるためにと、引き受けた仕事だったから。
(…それに比べりゃ、今の仕事は…)
前よりも遥かに軽い責任、その上、「ブルーのために」働くわけでもない。
将来的には、いつかブルーを「養う」ことになるけれど。
ブルーを伴侶に迎えた時には、自分の稼ぎで食べさせてやって。
(…前と違って、あいつの命は俺に懸かってないんだが…)
俺が仕事をサボった所で、ブルーは困りはしないんだがな、と捻った首。
どちらかと言えば「喜ぶ」だろうかと、「サボって」会いに行ったなら、と。
そう考えてみると、お互い、変わったのだろう。
仕事をサボって会いに行っても、ブルーに「喜ばれる」のなら。
自分の方でも、ブルーに会えて「嬉しい」のなら。
(…前の俺だと、考えられんな…)
今の俺の仕事は、前よりも遥かに「軽い」ものか、と思うけれども、仕事は仕事。
明日はサボらずに、きちんと会議に出なければ。
いくら責任の軽いものでも、仕事には違いないのだから。
ブルーに会えなくて寂しかろうが、いずれブルーを養うのが「今の仕事」だから…。
今の俺の仕事・了
※ブルー君の家に寄り損ねた上、明日も寄れないハーレイ先生。会議のせいで。
これも教師の仕事だから、と思ってはいても残念な気分。けれど仕事も大切ですよねv
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