(…明日は、あいつに会えるんだ…)
それも午前中から出掛けて行って、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
金曜日の夜に、いつもの書斎でコーヒー片手に。
明日は土曜日、何の用事も入ってはいない「自由な日」。
そういう時には、午前中からブルーの家へと出掛けてゆく。
平日だと放課後にしか行けないけれども、休日は別。
朝食が済んだら、時間調整。
休日でも早くに目が覚めるだけに、朝食を食べるのは平日と変わらない時間。
食べ終えて直ぐに出掛けて行ったら、いくらなんでも早すぎる。
ブルーは「それでいいよ」と何度も言うのだけれど。
朝早くに来ても「ぼくはちっとも困らないから」と、無邪気な顔で。
ブルーの両親も同じ意見で、「よろしかったら、朝食もご一緒に」とまで誘われる。
週末くらいは、朝食の席に「お客様」を迎えるのも楽しいから、と。
(…そうは言われても…)
やはり気が引けてしまうもの。
朝食の時間にもならない内から、他所の家を訪ねてゆくというのは。
その家の「朝一番の食事」に、他人が同席するというのは。
(前の夜から泊まってたんなら、別だがなあ…)
そうでもないのに「一緒に朝食」は、厚かましすぎるように思えて、固辞してばかり。
何度、ブルーに誘われても。
ブルーの父や母に「どうぞ」と言われても。
(ほどほどの時間に訪ねて行くのが、常識ってモンで…)
目安として決めてある時間。
「このくらいに家に着ければいいか」と、心の中で。
そう決めた時間に到着するよう、休日の朝にする「あれこれ」。
ジョギングに出掛けてゆく時もあれば、庭の手入れをすることも。
雨の日だったら、新聞を隅から隅まで読んで、まだ時間があれば本も読んだり。
明日は、どういうパターンだろうか。
走りに行くのか、庭の手入れか、はたまた車でも洗い始めるのか。
ともあれ、明日はブルーと二人で過ごせる日。
午前中のお茶から一緒で、昼食もブルーの部屋で二人で。
それが済んだら午後のお茶の時間、後は夕食の時間まで二人。
夕食だけは、ブルーの両親も同じテーブルで。
そういう習慣になっているけれど、夕食の後に飲むお茶は…。
(明日は、どっちになるんだろうな?)
ブルーの両親も交えてダイニングで飲むか、あるいはブルーの部屋で二人か。
こればっかりは、明日にならないと分からない。
夕食のメニューが何になるかで決まるから。
(…食後の飲み物に、コーヒーがピッタリだった時には…)
香り高いコーヒーが出て来て、それを飲む場所はダイニング。
つまりは夕食のテーブルでそのまま、ブルーの部屋には「戻らない」。
小さなブルーは、コーヒーがとても苦手だから。
前のブルーも苦手だったけれど、今でも同じに「コーヒーが全く飲めない」ブルー。
けれど、ハーレイはコーヒー党だし、ブルーの両親も知っている「それ」。
お蔭で食後がコーヒーの時は、夕食のテーブルから移動はしない。
コーヒーが苦手なブルーの部屋に移ったならば、飲み物は別の物になる。
ブルーでも飲める紅茶や緑茶に化けてしまって、コーヒーが似合いの食事が台無し。
(それじゃ駄目だ、とコーヒーはダイニングで出るわけで…)
夕食の後の時間も、ブルーの両親と一緒に過ごすことになる。
ブルーは不満そうだけれども、流石に顔に出したりはしない。
「今日は、ハーレイと二人きりじゃないの?」という、心の底からの落胆ぶりは。
(…あいつの両親は、何も知らないわけなんだし…)
ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイの恋のこと。
今のブルーも恋を引き継ぎ、「今のハーレイ」に恋をしていること。
どちらも全く知らないだけに、「二人きりにしてやらねば」とは考えない。
もっとも、ブルーは十四歳にしかならない子供。
「恋人と二人きり」にするなど、両親にはとても出来ないだろう。
何かと心配が多すぎて。
「自分たちの大事な一人息子」が、恋人と部屋で二人きりなんて。
そういった事情の方はともかく、明日は「二人で過ごせる日」。
夕食の時間を迎えるまでは、本当にブルーと二人きり。
たまに、ブルーの母がやっては来るけれど。
昼食を届けに部屋に来るとか、その皿を下げに来るだとか。
「お茶のおかわりは如何ですか?」と、失礼が無いか見に来る時も。
けれども、そういう時間以外は、ブルーと二人で夕食まで過ごす。
天気が良ければ、午後のお茶は庭で楽しんだりもして。
庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
(今じゃ、すっかり、あいつのお気に入りで…)
ブルーが好きな「初デートの場所」。
元々は、ブルーを喜ばせようと、キャンプ用のテーブルと椅子を持って来たのが始まり。
いつの間にやら、ブルーの父が買った白いテーブルと椅子に変わった。
そうしてブルーと二人で出掛けて、午後のお茶をのんびり飲んでいる場所。
(明日も、いい天気なら庭かもなあ…)
今の季節にしては日差しが強い日だったら、そのまま木の下。
とても穏やかな日だった時には、芝生の上へとテーブルと椅子を運び出して。
それとも、ブルーの部屋で一日過ごすのだろうか。
午前中から訪ねて行ったら、そのまま夕食の時間になるまで。
窓辺に置かれたテーブルと椅子で、一日中、話しているのだろうか。
(はてさて、どっちになるのやら…)
でもって、明日の話題は何だ、と考えてみる。
ブルーのことだし、きっと言い出すのが「ぼくにキスして」。
そうでなければ「キスしてもいいよ?」で、狙っているのは唇へのキス。
(そいつは、断固、お断りだし…)
毎度、お決まりの攻防戦。
「キスは駄目だと言ったがな?」と、「俺は子供にキスはしない」と睨み付けて。
ブルーの方では、「ハーレイのケチ!」と膨れっ面で。
膨れた頬っぺたを両手でペシャンと潰してやるのも、よくあること。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と笑いながら。
ブルーはプンスカ怒るけれども、何回となく、からかってやった「ハコフグの顔」。
あれも話題と言うのだろうか、と捻った首。
もっと意義のあることを「話題」と言わないか、と思いもして。
(…前の俺たちの頃の話だったら、立派な話題になるんだが…)
白いシャングリラで生きていた頃や、改造前の船でのこと。
とても平和な今の時代とは、まるで違っていた暮らし。
ミュウというだけで人類に追われて、踏みしめる地面も無かった日々。
シャングリラという名の箱舟だけが、世界の全てで。
(あの時代には、まるで無かった文化なんかも色々あって…)
それだけでも話題は山ほどだが…、と自覚していても、急には何も浮かばない。
明日には、何を話そうかと。
ブルーの家を訪ねて行ったら、何の話から始めようかと。
(……うーむ……)
思い付かんな、と唸った「話題」。
閃く時には、面白いように閃くのに。
「そうだ、コレだ!」と、手土産までも買って出掛ける時があるのに。
白いシャングリラで生きた頃には、「何処にも無かった」食べ物だとか。
あるいは「シャングリラでも食べた」思い出の品で、懐かしい記憶を連れて来るとか。
けれども、今夜は「思い付かない」。
明日はブルーを訪ねてゆくのに、「覚えてるか?」と差し出す何か。
「覚えてるか?」と訊くのでなければ、「こんなの、昔は無かったよな」とか。
そういう「何か」を持って行ったら、二人で話に花が咲くのに。
何も土産を持って行かなくても、「思い出話」が一つあったら、ブルーも懐かしがるのに。
なのに、一つも出て来ない。
「明日は、こいつを話題にしよう」と思う「何か」が。
小さなブルーと、夕食の前まで「その話題だけで」過ごせるものが。
(…こう、改めて考えちまうと…)
出ないモンだな、と零れる溜息。
「明日の話題が何も無いぞ」と、「せっかく一日、一緒なのに」と。
そうは思っても、ものは考えよう。
きっとブルーに会った途端に、「話題が無かった」ことなど忘れてしまうから。
用意していた話題があっても、消し飛ぶことも多いのだから。
ブルーの笑顔を見ただけで。
「今日は、一緒」と、喜ぶ顔を目にしただけで。
後は話は途切れもしなくて、きっと夕食前になったら、互いに残念なのだろう。
「まだまだ話し足りないのに」と、「もう夕食の時間だなんて」と、顔を見合わせて。
話題が無くても、それは幾らでも湧いてくる上、尽きることなど無いだけに。
(うん、きっと明日もそういう一日だよな)
ついでに、あいつがキスを強請って…、と湛える笑み。
そうでなければ、恋は続きはしない。
話題が無くても「話が尽きない」仲でなければ、きっと壊れてしまうだろうから…。
話題が無くても・了
※明日はブルー君の家に行く日、と楽しみにしているハーレイ先生。金曜日の夜に。
ところが思い付かない話題。でも、話題が無くても話が尽きない仲が恋人同士ですよねv