(……ハーレイが、教師じゃなかったら……)
どうなってたのかな、と小さなブルーが、ふと考えたこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
その人は今は教師をしていて、「今の自分」が通う学校の古典の教師。
(ぼくがハーレイに出会った時から、先生で…)
今も変わらず「先生」だけれど、そのハーレイ。
もしも教師でなかったとしたら、どんな出会いになったのだろう。
ハーレイとも何度も話したけれども、「もしも」の世界。
「ハーレイが教師じゃなかったら」と、今日は一人で考えてみる。
どんな出会いになっていたのか、ハーレイは何をしていたのかと。
(…ハーレイは、先生なんだけど…)
今の学校には、ブルーよりも「遅れて」やって来た。
忘れもしない五月の三日に、新しい「古典の先生」として。
(今の学校だと、ぼくの方がハーレイよりも先輩…)
人生も、学校生活も「後輩」のチビの自分だけれども、「今の学校」に限って言えば先輩。
ハーレイの方が年上でも。
八月二十八日で三十八歳になって、二十四歳も上の大人でも。
(ハーレイは、今の学校に来るのは初めてなんだから…)
それまでに表を車で通るようなことはあっても、足を踏み入れてはいない筈。
ハーレイが育ったのは隣町だし、「この町の学校」は無関係。
試合で遠征したとしたって、他所の学校に行くとなったら、同じ隣町か…。
(うんと離れた遠い学校とかだよね?)
今の自分が通う学校、其処が柔道や水泳で「とても名高い」強豪校なら別だけど。
様々な場所から遠征試合にやって来る生徒、それが多いなら、ハーレイも来る。
(でも、そういうのは知らないし…)
ハーレイからも聞いていないし、学生時代に来てなどはいない。
この町で教師になって初めて、学校の門をくぐっただろう。
転任が決まって、着任して来た「その日」に、きっと。
普通は入学式よりも前に、着任して来るのが教師たち。
新入生がやって来た時、「教師がいない」と話にならないものだから。
直ぐに担任は持たないにしても、授業は早速、担当する。
入学式が済んで、クラス分けやら、一連の行事が終わったら。
「今日から授業」ということになれば、教師の出番。
その学校では先輩格の教師も、ハーレイみたいに「今年からです」という教師たちも。
(だけど、ハーレイは遅かったから…)
入学式が済んだ時にも、今の学校には「いなかった」。
教師としての籍があったか、まだ無かったかは知らないけれど。
(学校便りの五月号に、ハーレイの写真が載っているんだから…)
籍が移ったのも、五月に入ってからかもしれない。
あるいは籍だけ先に移して、前の学校に留まっていたか。
(前の学校で、急な欠員が出て…)
穴を埋められる教師が来るまで、ハーレイは「今の学校」には来ないまま。
前の学校で古典を教え続けて、今の学校では他の教師が「ハーレイの代わり」をしていた。
生徒の方では、事情を知らなかっただけ。
最初の授業に来た先生が「先生なのだ」と、頭から思い込んでいて。
ハーレイの代わりをしていた先生からも、説明は何も無かっただけに。
(…本当の先生は、後から来ます、って話したら…)
きっと授業を真面目に聞かずに、怠ける生徒も出てくるだろう。
「今は代わりの先生だから、後でいいや」と考えて。
新しい先生がやって来るまで、中途半端にしておく勉強。
それではマズイし、生徒のためにもならないこと。
(…だから、代わりの先生です、ってコトは内緒で…)
如何にも本物の先生のように振舞っていたのが、古典の先生。
ハーレイがやって来るまでは。
「古典の先生、変わるらしいぜ」と、情報通のクラスメイトが聞いて来るまでは。
(宿題、沢山出さない先生だといいな、って…)
皆が夢見た「新しい先生」、それがハーレイという人だった。
きっとハーレイも引継ぎのために、五月三日よりも前に来ていただろう。
着任した「その日」に、いきなり授業は始められない。
(詳しいことは聞いてないけど、前の日くらいには来てたよね…?)
けれど「前の日」にハーレイが来たって、もっと早くに来ていたって…。
(入学式の方が先なんだよ)
其処だけは間違いないことだから、「今の学校」については「自分」が先輩。
ハーレイよりも先に門をくぐって、学校の中に馴染んでいた。
校舎も、それにグラウンドも。
体育館やら、ランチに出掛ける食堂なども。
(ぼくの方が、うんと先輩で…)
少なくとも三週間ほどは先輩、ハーレイよりも「詳しかった」学校。
教師としての仕事はともかく、「学校」という場所に関しては。
植わっている木や、学校の中の景色なんかは「ハーレイよりも、よく知っていた」。
今では、負けているけれど。
学校の何処に何があるのか、ハーレイの方が遥かに詳しいのだけれど。
(…自転車で走っていたりもするしね…)
離れた校舎へ急ぐ時には、自転車で颯爽と走るハーレイ。
それを目にして、遠く遥かな時の彼方で見た光景を思い出したほど。
「前のハーレイも乗っていたよ」と、白いシャングリラにあった自転車を。
巨大な白い鯨へと改造された後の船、其処で初期に何度も起こったトラブル。
船の中を結んで走る乗り物、コミューターが止まってしまった時には、自転車の出番。
修理のために急いでゆくゼル、それに現場へ向かうキャプテン。
二人が自転車で走っていた。
備品倉庫の奥にあった自転車を二台、引っ張り出して。
「足で走るより、この方が早い」と、ペダルを踏んで船の通路を。
(…シャングリラほどじゃないけれど…)
今のハーレイは、今の学校にも充分、詳しいことだろう。
ただの生徒の自分よりかは、ずっと遥かに。
生徒は行かない場所についても、何処に行ったら何があるかを。
(…ぼくより後輩なんだけれどね…)
今じゃ立派に「今の学校の人」なんだから、とハーレイを思う。
そのハーレイは教師だけれども、違っていたなら、どんな出会いになったのかと。
(…プロのスポーツ選手って話もあったから…)
そちらの道に進んでいたなら、ハーレイは講演に来たのだろうか。
スポーツをしない生徒にしたって、「人生の先輩」の話を聞く意義はある。
プロのスポーツ選手になるには、早くから決めねばならない目標。
それに努力も欠かせないから、どんな人生にも応用できる「彼らの生き方」。
(この日は講演がありますから、って…)
お知らせのプリントを貰っただろうか、何日も前に。
ハーレイの名前や写真が刷られた、「講演会のお知らせ」なるもの。
(…スポーツ好きな生徒だったら、もうそれだけで大騒ぎで…)
なんとかサインが貰えないかと算段したり、握手の機会を狙ったり。
「憧れのハーレイ選手」なのだし、記念撮影だってしてみたいだろう。
先生が「駄目です」と睨んでいたって、「お願いします!」と頭を下げて。
けれども、同じプリントを見ても、「誰なの?」と首を傾げそうな自分。
新聞を読んでも、スポーツ面など殆ど見ない。
それでは「ハーレイ」を知るわけがないし、猫に小判と言ってもいい。
「キャプテン・ハーレイに似ているよね」と思うだけだし、まるで無い値打ち。
学校の方では、とても頑張って話をつけて来たのだろうに。
毎日が多忙なプロの選手を呼んで来るために。
「子供たちのために講演をお願いします」と、ハーレイに頼み込んだりもして。
(…そうやって呼んで来るんだから…)
ハーレイは「今のハーレイ」と同じに、学校については「後輩」になる。
「この学校には初めて来るな」と門をくぐって、教室に来るのか、演壇に立つか。
其処で「再会する」わけなのだし、きっと聖痕が現れる。
「ハーレイなんだ」と思い出すけれど、その「ハーレイ」はどうなるのだろう。
同じに記憶が戻っても。
「あれはブルーだ」と思い出しても、慌てて駆け寄って来てくれても。
(……ハーレイは、プロのスポーツ選手で……)
講演のためにと招かれた立場で、教師ではない。
いくら記憶が戻って来たって、「私が付き添います」とは言えない。
救急車が呼ばれて、救急隊員が駆け込んで来ても。
血まみれになった「恋人」が、担架に乗せられても。
(…ハーレイは残って、講演を続けるのが仕事…)
そして付き添いに来てくれるのは、担任の先生か、はたまた別の先生か。
ハーレイは「学校」で講演を続けて、それが済んだら…。
(トレーニングがありますから、って帰っちゃうとか…)
本人がそう言い出さなくても、先生たちが気を回しそうではある。
「お忙しいでしょうから、早くお帰り下さい」と、迎えの車を呼んだりもして。
ハーレイが「さっき運ばれて行った生徒は、大丈夫ですか?」と何度も尋ねていても。
(……うーん……)
出会いからして駄目みたい、と大きな溜息が零れてしまう。
「ハーレイが教師じゃなかったら、色々、狂っちゃうよ」と。
だから、教師でいいのだと思う。
出会いも、これから生きてゆく道も、「教師と生徒」の間柄で。
今は「ハーレイ先生」だけれど、いつか「ハーレイ」と呼べる時が来るから。
敬語で話さなければいけない立場も、卒業したら終わるのだから…。
教師じゃなかったら・了
※もしもハーレイが教師じゃなかったら、と考えたブルー君ですけれど…。
プロのスポーツ選手だった時は、出会いからして違って来そう。教師が一番みたいですねv
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