(…俺が教師でなかったら…)
どうなったんだろうな、とハーレイが、ふと考えたこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを傾けて。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
そのブルーとは、五月の三日に「ブルーのクラスで」再会した。
転任して来た今の学校、其処での初めての授業の日に。
(…俺の前には、別の教師が担当してて…)
言わば場繋ぎ、「新しい担当教員」が赴任して来るまでの期間を乗り切るために。
四月から赴任して来る筈だった教師、その着任が遅れたせいで。
(前の学校で、急な欠員が出たもんだから…)
穴埋めのために残ってくれ、と来た要請。
転任してゆく先の学校、其処では教師が足りているけれど、離任する方では足りていない。
「暫く頼む」と請われて残った。
前の学校で教えてくれる、「古典の教師」が見付かるまで。
四月の末まで残って教えて、引継ぎをしてから移った学校。
(今の学校でも、引継ぎで…)
代わりに授業を担当していた教員たち。
彼らから「此処まで教えました」と伝えて貰って、幾つものクラスを引き継いだ。
その中の一つがブルーのクラスで、授業のための名簿を貰っても…。
(…何の感慨も無かったよなあ…)
名簿に「ブルー」の名を見付けても。
「ソルジャー・ブルーと同じ名前か」と思った程度で、顔さえ想像してみなかった。
其処に書かれていたブルーの成績、そちらの方も覚えていない。
「学年で一番、優秀な生徒」と「ブルーの名前」は、結び付いてもいなかった筈。
「優秀な生徒がいる」ことさえも、特に意識はしなかったろう。
単に授業をするだけだったら、ブルーの成績は必要ない。
何度もクラスで教える間に、自然と覚えてゆくことだから。
どの生徒が特に優れているのか、その逆の生徒は誰だろうか、と。
だから全く気にしないままで「入った」教室。
足を踏み入れたら、「ソルジャー・ブルーに、そっくりな生徒」と目が合って…。
(…あいつの右目から、血が流れ出して…)
何事なのかと思った途端に、血まみれになっていたブルー。
前の生の最後に撃たれた傷痕、その全てから血が溢れ出して。
身体には「本物の傷」は無いのに、まるで大怪我をしたかのように。
(聖痕だなんて、思わないしな?)
てっきり事故だとばかり思って、もう大慌てで駆け寄った。
「大丈夫か!?」とブルーを抱え起こして、そして記憶が戻ったけれど。
ブルーが誰かを、「本当の自分」は誰だったのかを、教室で思い出したのだけれど…。
(…俺が教師でなかった場合は、どうだったんだろうな?)
何処で出会って、どういう出会いになったのか。
ブルーとも何度か話したけれども、「もしも」の世界。
「教師ではないハーレイ」になっていたなら、きっと出会いも違っただろう、と。
(……学校という線は消えるんだ……)
教師でないなら、ブルーと「学校」で出会いはしない。
少なくとも「授業に出掛けた」教室、其処でブルーと出くわすことは。
(それ以外の形で、学校で会うことになったら…)
柔道や水泳、そちらの道でプロになっていたなら、あるいは出会っていたのだろうか。
プロの選手に講演を頼む、学校も少なくないだけに。
(特にスポーツが好きな生徒でなくても…)
目標を立てて「進んだ道」は、大いに将来の参考になる。
いつ頃から「それ」を志したか、夢を叶えるのに、どれほどの努力を積んだのか。
そういった話は、別の道にも充分、通用するものだから。
研究者の道に進みたい者でも、料理人を目指す者であっても。
(…なりたいものは特に無い、ってヤツらでも…)
いつかは「なりたいもの」が出来るし、その時に役に立ってくるのが「聞いた講演」。
スポーツ選手が語っていたって、他の分野にも応用出来て。
「こうすればいいのか」と目標を立てて、努力して。
そうした講演に出掛けた学校、其処でブルーと出会っていた可能性。
教室に入るか、演壇に立つ形になるのか、どちらにしても…。
(…やっぱり、ブルーが血まみれになって…)
大騒ぎになったことだろう。
駆け寄るのは「教師の仕事」だけれども、きっと「自分」も駆け出した筈。
ブルーが「ブルー」だとは気付かないままで、「事故ですか!?」などと叫びながら。
(そういう場合は、何処で記憶が戻るんだ?)
倒れたブルーを抱え起こすのが、「自分」ではなくて他の誰かだったら。
ブルーの担任の教師だったり、講演の場に居合わせた教師だったりと。
(……ブルーは、ブルーなんだから……)
聖痕が身体に現れたのなら、それは「記憶が戻る」時。
ブルーに「ソルジャー・ブルー」の記憶が戻って来るなら、「ハーレイ」のも戻る。
遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」だった頃の記憶。
白いシャングリラの舵を握って、前のブルーと暮らした頃の。
(…俺の記憶が戻って来たって、ブルーは学校の先生たちが…)
運んで行ってしまうのかもな、という気がする。
「今の自分」は教師だったから、ブルーのクラスの生徒に助けを呼びに行かせた。
保健委員の生徒だったろうか、「他の先生に、救急車を呼んで貰ってくれ!」と指示して。
気を失ったブルーを抱えている間に、遠くから聞こえて来たサイレン。
直ぐに「救急車が来た」と分かったし、とても頼もしく思えたもの。
救急隊員たちが駆け込んで来てくれた時は、「これで大丈夫だ」と安心もした。
ブルーの傷は酷いけれども、病院に行けば手当てが出来る。
命を落としはしないだろうし、「もう安心だ」と。
そして一緒に乗り込んで行った救急車。
「大出血を起こした生徒」を「最初から見ていた」大人は、自分一人だけ。
生徒では話になりはしないし、こうした時には教師が行くべき。
赴任して来たばかりの教師であっても、生徒よりかは頼りになる。
「当然のように」ブルーに付き添い、救急隊員たちと一緒に駆けた。
救急車が待っている所まで。
担架に乗せられたブルーが運び込まれて、「先生も!」と中に呼び込まれるまで。
(教師だったから、俺が付き添いで乗ってったんだが…)
そうでなかったら、あの役目は別の誰かだろうな、と簡単に分かる。
講演にやって来た「プロのスポーツ選手」は、行かずに「其処に残る」もの。
ブルーが搬送されて行っても、他の生徒は「そのまま残っている」のだから。
彼らの目的は「講演を聞くこと」、騒ぎが落ち着いたら「そちらに戻る」。
担任の教師が、ブルーと一緒に救急車で行ってしまっても。
「ブルーのヤツ、いったいどうなったんだよ!?」と上を下への大騒ぎでも。
講演に来た「プロの選手」だったら、「落ち着きなさい」と諭すべきなのだろう。
「君たちのクラスメイトなら、きっと大丈夫だから」と騒ぎを鎮めて。
ぐるりと見渡し、「さっきは何処まで話してたかな?」と彼らの心を掴み直して。
(……ブルーと一緒に行けはしなくて……)
留守番なのか、と気付かされた「プロのスポーツ選手」の役割。
どんなにブルーの身が心配でも、どうなったのかと気がかりでも。
救急車に一緒に乗って行きたくても、その資格は「持っていない」らしい。
(…後から話を聞きたくてもだ…)
いったい何処まで聞けるものやら、心許ない。
「あの生徒だったら大丈夫ですよ」で済んでしまって、学校でお茶でもご馳走になって…。
(今日は、ありがとうございました、と…)
送り出されて「おしまい」だろうか。
せっかくブルーに会えたというのに、その後も「一人で講演の続き」。
講演が終われば学校を離れて、さっき再会を遂げたばかりの「ブルー」のことは…。
(…病院へ見舞いに行くにしたって、大げさなことになっちまって…)
下手をしたなら、「何も其処までなさらなくても」と、止められてしまうのだろうか。
ブルーの家を訪ねて行こうとしたって、「お気になさらず」と気を回されて。
(プロのスポーツ選手ってヤツは、忙しいから…)
そんなことまでさせられない、と止められそうな感じもする。
「今すぐ、ブルーに会いたいのに」と思っても。
講演を終えた足でそのまま、病院を、家を訪ねたくても。
(そいつは困るし…)
やっぱり俺は教師でなくちゃな、と改めて思う「ブルーとの出会い」。
もしも教師でなかったら「狂う」様々なこと。
きっと、「教師と生徒」が一番ピッタリだったのだろう。
ブルーと無事に再会を遂げて、その後も付き合い続けるには。
今は「教師と生徒」だけれども、いつか一緒に生きてゆくにも、あの出会いが、きっと…。
教師でなかったら・了
※ハーレイ先生が教師でなかった場合は、ブルー君との再会からして違って来そう。
救急車にも一緒に乗ってゆけないどころか、お見舞いまで遅くなりそうな感じ。教師が一番v