(…記憶喪失っていうのが…)
あるんだよね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイのことを「覚えている」から、今の自分には二人分の記憶。
遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた自分と、今の自分と。
(今のぼくだと、チビで弱虫…)
おまけにサイオンは、とても不器用。
今の時代まで語り継がれる、大英雄の「ソルジャー・ブルー」は凄かったのに。
生身で宇宙を駆けてゆけたし、巨大な惑星破壊兵器のメギドでさえも沈めたのに。
ところがどっこい、今の自分は、思念波さえもロクに紡げないレベル。
前の自分と全く同じに、タイプ・ブルーに生まれて来ても。
アルビノだった姿形まで、そっくりそのまま受け継いでいても。
(…だけど、前のぼくの記憶が戻って来るまでは…)
まるで無かった「ソルジャー・ブルーだ」という自覚。
他人の空似で似ているだけの、大英雄のソルジャー・ブルー。
出会った人たちが「小さなソルジャー・ブルー」だと言ってくれても、可愛がられても。
「やっぱり似てる?」と思っただけで、鏡を覗いては「似てるよね…」と眺めた程度。
同じアルビノだし、髪型までも「ソルジャー・ブルー風」だから、と。
そっくりに見えるのも当然だろうと、疑いもせずに。
(…生まれ変わりだなんて、思わないものね?)
友達にそう言われた時にも、「違うよ」と直ぐに答えたくらい。
ソルジャー・ブルーの記憶など無いし、サイオンだって不器用だから。
(こんなのが、ソルジャー・ブルーなわけがなくって…)
本当に見た目だけだよね、と何度思ったか分からない。
もっとも、「ソルジャー・ブルーのようになりたい」と考えたことは無かったけれど。
チビで弱虫、身体も虚弱に生まれた自分には、とても真似られそうにない。
伝説の人とも言えるくらいに、偉大な英雄がソルジャー・ブルー。
それと同じに立派な生き方、そんな「凄いこと」は出来はしない、と。
雲の上の人だった「ソルジャー・ブルー」。
顔立ちと姿が似ているだけで、赤の他人だと思っていた人。
けれど、「その人」が今では「自分」。
もっとも、記憶が戻って来たって、ソルジャー・ブルーになったって…。
(ぼくの中身は、チビで弱虫…)
其処の所は変わらないままで、サイオンが不器用な所まで同じ。
変わった所があるとしたなら、恋をしたこと。
より正確に言うなら「思い出した」こと。
前の自分が、ソルジャー・ブルーが愛した人を。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた恋人を。
(…今じゃ、ハーレイが大好きだけど…)
今日のように「家に来てくれなかった日」を残念に思うけれども、記憶が戻って来るよりも前。
何も覚えていなかった頃は、「誰も来ない」のが当たり前。
友達を家に招いたのなら、別だけど。
「遊びに来てよ」と約束をして、待っていたなら「誰か来る」けれど…。
(…そうでなければ、ぼくを訪ねて来る人なんて…)
誰もいないし、門扉の脇にあるチャイムが鳴っても、ただの来客。
父や母を訪ねて来た「お客さん」か、近所の誰かが用事があって鳴らしたか。
どちらにしたって、自分とは関係ないだけに…。
(窓から覗いてみたりもしないし、気にもしないし…)
チャイムが鳴った、と思うだけ。
お客さんなら、何か「お土産」があるだろうか、と考える程度。
近所の人がやって来たなら、お裾分けのお菓子を貰うこともあるから、そういったことも。
(ぼくも貰えるケーキとか…)
珍しいお菓子や、何処かの名物の美味しいお菓子。
そういう期待を抱くくらいで、それ以上のことは夢見なかった。
けれど今では、チャイムが鳴るのを待つ毎日。
ハーレイが「それ」を鳴らすのを。
仕事の帰りに寄ってくれるのを、休日に訪ねて来てくれるのを。
すっかり変わってしまった「今」。
前の自分と今の自分と、二人分の記憶を持っているせいで。
「ソルジャー・ブルー」だったことは大して意味が無いけれど、その恋人には意味がある。
今の自分も、ハーレイのことが大好きだから。
ハーレイに恋して、いつでも一緒にいたいのだから。
(…そのハーレイを忘れてたなんて…)
思い出しさえしなかったなんて、本当に信じられないこと。
「ハーレイが来てくれなかった」だけでガッカリ、そんな自分が普通なだけに。
来てくれた日には、とても嬉しくてたまらないだけに。
(俺は子供にキスはしない、って…)
キスをくれないケチな恋人、なんとも意地悪で酷いハーレイ。
けれども会えれば胸が弾むし、会えなかったらシュンと気持ちが萎んでしまう。
「今日はハーレイ、来なかったよ」と、部屋で一人で項垂れたりも。
その大切な恋人のことを「忘れていた」自分。
赤ん坊だった頃はともかく、物心ついてからだって。
十四歳になって、ハーレイと再会した日まで。
学校の教室で現れた聖痕、それが記憶を取り戻させてくれるまで。
(それまでのぼくは、記憶喪失みたいなもので…)
ハーレイのことをすっかり忘れて、別人として生きていた。
見た目は「小さなソルジャー・ブルー」でも、誰が見たって「そう見えても」。
ソルジャー・ブルーの記憶が無いなら、似ているだけの「他人」に過ぎない。
とはいえ中身は「本物」なのだし、あれだって記憶喪失だろう。
何かのはずみに記憶を失くしてしまう病気が記憶喪失。
自分が誰かも分からなければ、家族の顔も忘れてしまう。
(まるで違う人になっちゃって…)
何一つとして思い出せないまま、別人として生きた人さえもいたのだと聞く。
今の時代は医学が進んで、記憶喪失も直ぐに治るけれども、ずっと昔の地球の上では。
失くした記憶が「自然に」戻って来ない限りは、別人のまま。
時には新しい家族まで出来て、人によっては違う国の言葉を覚えもして。
(今のぼくだって、それみたい…)
ハーレイのことを思い出す前は、一種の記憶喪失状態。
自分が誰かも知らない上に、恋人さえも忘れてしまってそれっきり。
町でハーレイとすれ違っていても、きっと気付きもしなかったろう。
ジョギング中のハーレイを何処かで目にしていたって、恋人だとは思いもしない。
「知らない誰か」が頑張ってるな、と応援に手を振るくらいのことで。
胸がドキンと弾むことも無くて、「呼び止めなくちゃ」とも考えないで。
(……なんだか悲しい……)
そういうことがあったのかも、と想像するだけで胸が痛くなる。
前の生でも、今の生でも、ハーレイが誰よりも大切なのに。
ハーレイさえいれば、それで充分だと思いもするのに、その人を「忘れていた」なんて。
キャプテン・ハーレイの写真を見たって、ただの「知らないおじさん」だった。
歴史の授業で習った時にも、教科書や本で目にした時も。
今なら忘れはしないのに。
記憶喪失にでもならない限りは、けしてハーレイを忘れないのに。
(…記憶喪失になる人は…)
何処かで頭を酷く打ったとか、激しいショックを受けた人。
すっかり記憶を失くすくらいの事故などに遭った人だけれども…。
(…今のぼくなら、そういう事故も…)
遭わないとは言い切れないのだった、と気が付いた。
ソルジャー・ブルーだった頃なら、軽々と避けられた様々な危機。
最強のサイオンを誇っていたから、頭を打つような事故には遭わない。
「そうなる」前にシールドを張るし、落ちたのだったら「落下を止める」。
サイオンを自由自在に使って、自分の身体を守り抜いて。
それに比べて、今の自分はどうだろう。
学校の階段や家の階段、それを踏み外すようなことがあったら…。
(アッと思ったら、もうバランスを崩してて…)
コロンコロンと落ちてゆくだけ、サイオンで止めることは出来ずに。
頭を打つと分かっていたって、危険を充分に知っていたって、コロンコロンと。
そうやって落ちて頭を打ったら、またハーレイを忘れるだろうか。
助け起こしに来てくれたのに、キョトンと見上げてしまうのだろうか。
「誰なの?」と、自分が恋した人を。
前の生から愛し続けた愛おしい人を、「まるで知らない人」を見る目で。
(おじさん、誰、って言っちゃうとか…?)
それだけで済めばまだマシな方で、怯えてしまうのかもしれない。
ハーレイが眉間に皺を寄せていたら、「大丈夫か!?」と慌てる顔が怖そうだったら。
(大丈夫だから、手を離して、って…)
手を振り払ってしまったりしたら、ハーレイはどれほどショックだろう。
それに治療して「記憶が戻った」自分も、とても悲しいだろうと思う。
「またハーレイを忘れた」なんて。
忘れたばかりか、ハーレイに向かって「離して」なんて。
(…忘れちゃったら、そうなっちゃうから…)
気を付けなくちゃ、と自分自身に言い聞かせる。
記憶喪失になっていたのは、「記憶が戻るまで」の間だけで充分。
直ぐに治っても二度目は駄目だと、「忘れちゃったら、悲しいから」と…。
忘れちゃったら・了
※記憶が戻るまでの自分は記憶喪失みたいなものかも、と考えたのがブルー君。
今だと本物の記憶喪失も「起こしそう」だけに…。ハーレイを忘れたらショックですよねv
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