(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
学校では挨拶出来たのだけれど、たったそれだけ。
立ち話さえもせずに終わって、今日という日も、もうすぐおしまい。
「ハーレイ先生!」と呼び掛けただけで、終わる一日。
恋人同士なのに、「ハーレイ」と呼ぶことは出来ないままで。
(…前のぼくだと、そんな日、一度も無かったのにね…)
ハーレイは「ハーレイ」だったんだよ、と思い浮かべた恋人の顔。
遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」の名で呼ばれたハーレイ。
皆が「キャプテン」と呼んでいたって、前の自分は「ハーレイ」と呼べた。
恋人同士なことは秘密でも、前のハーレイは「ソルジャー・ブルー」の右腕。
(キャプテン、って呼ぶ時の方が珍しくって…)
余程でなければ、「ハーレイ」とだけ呼んでいた。
ハーレイの方でも、普段は「ソルジャー」が基本とはいえ、「ブルー」とも呼んだ。
アルタミラの地獄で初めて出会った時から、お互い、一番の友達同士。
(…俺の一番古い友達だ、って…)
前のハーレイは、船の仲間たちに、そう言って紹介してくれた。
ハーレイの知り合いが増えてゆく度、前の自分を連れて行ってくれて。
「俺の一番古い友達だから、よろしくな」と。
(…お蔭で、ぼくを怖がる人がいなくなって…)
最強のタイプ・ブルーといえども、あの船で平和に暮らしてゆけた。
皆から、恐れられたりせずに。
強いサイオンを持ったチビでも、「ハーレイの一番古い友達なら」と。
そうして友達同士だったから、ソルジャーになっても「ブルー」と呼ばれたことも。
誰も咎めはしていなかったし、エラも文句は言わなかった。
ハーレイが「ブルー」と呼んでいたって、「ソルジャー」と呼ばずに「ブルー」だって。
そう考えると、前のハーレイと、前の自分は「いい関係」だったと言えるだろう。
ソルジャーとキャプテンの間柄でも、お互い、普通に呼び合えて。
キャプテンを「ハーレイ」と呼んでも良くて、ソルジャーが「ブルー」でも良くて。
それに比べて、今の自分はどうだろう。
学校に行けば「ハーレイ先生」、「ハーレイ」と呼べるのは「家で」だけ。
ハーレイの方は、いつも「ブルー」と、前と同じに呼ぶのだけれど。
(…ハーレイは、前と変わらないよね…)
言葉遣いは違うんだけど、と「前のハーレイ」の口調を思う。
「ブルー」と名前を呼んだ時でも、言葉は敬語だったハーレイ。
どんな時でも、何処であっても、けして敬語を崩さなかった。
前の自分が「ソルジャー・ブルー」になった時から、船の仲間たちの手本として。
船を纏めるキャプテンなのだし、誰よりも「きちんと」していなければ、と。
(…ソルジャーと話す時には、必ず敬語で、って…)
そう決めて徹底させていたエラ。
礼儀作法に厳しかったから、前のハーレイも、それに従った。
ゼルやヒルマンや、ブラウは守らなかったのに。
以前からの口調を変えはしないで、普通に話していたというのに。
(ハーレイとエラだけが、いつも敬語で…)
船での作法を守り続けて、ハーレイは「ブルー」と呼んでも敬語。
恋人同士になった二人でも、やはり敬語のままだった。
二人きりで過ごしていた時でさえも。
(…普通の言葉遣いにしちゃうと、失敗した時に大変だから、って…)
ハーレイは頑として敬語を崩さず、その辺りは「今の自分」と似ている。
学校で「ハーレイ先生」と話す時には、いつも敬語を使うから。
「ハーレイ先生!」と呼んだ途端に、頭の中身が切り替わる。
今は敬語で話す時だと、キッチリと。
ついでに話題も、それに合わせてすっかり変わる。
学校でハーレイに甘えはしないし、恋人らしい話もしない。
あくまで「教え子」、そういう立場の「ブルー」になって。
(案外、簡単に切り替わるけど…)
前のハーレイは、そうしなかった。
チビの自分でも「切り替えられる」のに、切り替えはしないで敬語のまま。
自信が無かったとも思えないから、キャプテンらしく律儀に「決まり」を守ったのだろう。
万一を恐れて、「船の仲間の手本」の立場を、けして裏切ったりしないようにと。
(…うんと真面目で、前のぼくを大事にしてくれて…)
今のハーレイよりも優しかったかも、と思う「キャプテン・ハーレイ」。
どんな時でも「前の自分」の味方だったし、誰よりも側にいてくれた。
けれども、今のハーレイの場合は、「今の自分」がチビの子供なせいで…。
(…キスは駄目だ、って叱ってばかりで…)
おまけに苛めるんだから、と膨らませた頬。
思い出したら腹が立ったから、唇だって尖らせて。
不満を頬っぺた一杯に詰めて、「ハーレイのケチ!」と、此処にはいない人に向かって。
(この顔をしたら、ぼくの頬っぺた…)
両手でペシャンと潰すのがハーレイ、それは楽しそうに、面白そうに。
「おっ、フグか?」と手を伸ばして来て、潰した後には「ハコフグだな」と。
何処の世界に、恋人の顔を「フグ」呼ばわりする酷い人間がいるだろう。
フグで済ませずに、「ハコフグ」にまでしてしまうだろう。
(…前のハーレイなら、絶対、しないよ…)
ホントにしない、と思ったはずみに、ポンと頭に浮かんだこと。
「取り替えちゃったら、どうなるのかな?」と。
前のハーレイと今のハーレイ、そっくりな二人を取り替えたならば、と。
(…前のハーレイが、来てくれたなら…)
きっと優しくしてくれるだろう。
今みたいな「チビ」の「ブルー」にだって。
キスは駄目かもしれないけれど。
(…前に、そういう夢を見たしね?)
あの夢の中では、「ソルジャー・ブルー」と「チビの自分」が入れ替わったけれど。
白いシャングリラに行ってしまう夢で、とても困った夢だったけれど。
前に見てしまった「入れ替わった」夢。
サイオンが全く使えないのに、青の間へ行ってしまった夢。
(あの夢のハーレイ、優しかったし…)
もしもハーレイを「前のハーレイ」と取り替えたならば、色々とお得になるのだろうか。
夢の世界の「前のハーレイ」も、キスは許してくれなかったけれど。
(…未来の私も、キスは駄目だと言うのでしょう、って…)
お見通しだったから、キスの件は期待していない。
けれども、他の様々なことは、「前のハーレイ」だと変わって来そう。
(ぼくがプウッと膨れてたって…)
頬っぺたを潰しにかかる代わりに、「どうなさいました?」と心配するかもしれない。
「私が何か致しましたか?」と、慌てて謝ったりもして。
(…キスを断ったからじゃない、って膨れてやったら…)
キスは贈ってくれないにしても、機嫌を取ろうとしそうなハーレイ。
「私のケーキでよろしかったら、どうぞお召し上がりになって下さい」と言うだとか。
お皿が空になった後なら、「では、どうすれば機嫌を直して頂けますか?」と尋ねるだとか。
(そんな風にして貰えたら…)
同じにキスは貰えなくても、きっと幸せな気分だろう。
「フグだな」と頬っぺたを潰されるよりは、ハコフグにされてしまうよりかは。
ハーレイの言葉は、敬語でも。
チビの自分に向かって喋るのも、敬語のままで変わらなくても。
(取り替えた方が、お得かも…)
今の意地悪なハーレイよりは、と思ってしまう。
取り替える方法は分からないけれど、「今のハーレイ」ならシャングリラでも…。
(…立派にやって行けそうだもんね?)
キャプテンの制服を着て、ブリッジに立って。
皆を指揮して、前のハーレイがやったように「地球へ」。
きっと立派に進んでゆけるし、こちらの世界には「前のハーレイ」。
何かとお得で優しい人が来てくれて、学校に行ったら「古典の先生」。
それも何とかなりそうだよね、と「前のハーレイ」のことを思ったけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
前のハーレイは「此処で」幸せでも、「今のハーレイ」はどうなるのだろう。
遠く遥かな時の彼方にも、「前のブルー」がいるのだけれど…。
(…そのぼくは、メギドで死んじゃって…)
ハーレイは独りぼっちで残って、シャングリラを地球まで運んでゆく。
何の望みも、生きる夢さえも失くしてしまって、ただ一人きりで。
船には仲間たちがいたって、恋人の「ブルー」を失って。
(…それは、ハーレイが可哀相すぎるかも…)
いくら酷くてケチのハーレイでも、「もう一度」辛い目に遭わせるのはどうか。
ハーレイが「そうなる」と分かっているのに、前のハーレイと取り替えられるのか。
(……出来ないよね?)
フグ呼ばわりする酷い恋人でも、酷い目に遭わせたくはない。
だから我慢、と「前のハーレイ」は諦めた。
そっちの方が、優しくて何かとお得そうでも。
幸せな毎日を過ごせそうでも、「今のハーレイ」にも、幸せに過ごして貰いたいから…。
取り替えたならば・了
※前のハーレイは優しかったのに、と思ったブルー君。取り替えたならば、お得かも、と。
けれど、取り替えたら、辛い目に遭うのが今のハーレイ。可哀相すぎるよ、と此処は我慢v