(……ふうむ……)
あいつは今もやっぱりチビで、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
まだ十四歳だから当然だけれど、ブルーの身体は「子供」のもの。
遠く遥かな時の彼方で、アルタミラの地獄で出会った頃と変わらないチビ。
ただし、あの時の「チビのブルー」は、今よりも年上だったのだけれど。
本当の年は、前の自分よりも遥かに上で。
(それでも、見た目も中身もだな…)
子供だったっけな、と今も鮮やかに思い出せる。
アルタミラで檻に閉じ込められたブルーは、心も身体も、成長を止めてしまっていた。
ブルー自身は、全く意識さえしていないままに。
(成長したって、いいことは何も無いんじゃなあ…)
夢も未来も失くしてしまって、それきり「止めてしまった」成長。
育っても「未来」は無さそうだから。
希望や夢など持っていても無駄で、「死を待つだけ」の人生だから。
(そのせいで、出会ってもチビだと思い込んでいて…)
チビ扱いして、どのくらい経った頃に知ったのだったか。
前のブルーが「生まれた年」の年号を。
辛うじてブルーが「覚えていた」それを。
(前の俺も、あいつも、誕生日なんぞは忘れちまってたが…)
生まれた年だけは記憶にあった。
実験の度に、研究者たちが「読み上げる」データ。
其処に「含まれていた」せいで。
(何年モノの被験者なんだか、そいつを確認していたんだな…)
発覚したばかりの若いミュウなのか、数々の実験を生き抜いて来た古株なのか。
お蔭で「ブルーも」忘れなかった、生まれ年。
見た目も中身もチビだったけれど、本当の年は「そうではなかった」。
今のブルーとは、其処が大きく違っている点。
同じチビでも、かなり違うな、と思わざるを得ない、二人の「ブルー」。
まるで異なる二人の境遇、けれども見た目は「そっくり」なだけに…。
(…取り替えちまったら、どうなるんだ?)
ふと考えてしまった、「もしも」。
二人のブルーを取り替えたなら、と。
(…今のあいつが、アルタミラ送りになっちまったら…)
まず間違いなく、泣きの涙の毎日だろう。
前のブルーの記憶があっても、どうすることも出来ない運命。
いつか「メギドが持ち出されるまで」、アルタミラからは逃れられない。
前のブルーが自由自在に使いこなした、最強のサイオン。
人体実験を繰り返される度に、それを使って「生き延びていた」筈だけれども…。
(逃げ出そうっていう意志も無ければ、思い付きさえしなくてだな…)
ただ檻の中に蹲っていたのが、前のブルー。
本気で「逃げよう」と考えたならば、それは叶っていたろうに。
あの狭苦しい檻を壊すどころか、研究所そのものが微塵に砕けてしまったろうに。
(なのに、あいつは檻で暮らして…)
終わりの時がやって来るまで、何一つしようとしなかった。
星ごと滅ぼされることが決まって、シェルターに押し込められるまで。
人類は残らず逃げ出した星を、メギドの劫火が襲うまで。
(…前のあいつでも、その始末だから…)
平和な今の時代に育った「ブルー」は、きっと泣きじゃくるだけ。
ある日、突然、「前のブルー」と取り替えられてしまったら。
アルタミラの檻で目が覚めるとか、気付いたら「其処にいた」とかならば。
(目に見えるようだな…)
どうなるのか、と零れる苦笑。
アルタミラに行ってしまったのなら、「生き残れるよう」サイオンも使える筈なのに…。
(そいつを使って逃げ出す代わりに、泣いてばかりだな)
いつになったら「皆と」逃げ出せるか、その日ばかりを考えて。
「あと少しかも」とか、「あと何年?」とか、泣き暮らしながら、「その日」を待って。
きっとそうだな、と思う「ブルー」の末路。
今のブルーが、アルタミラに行ってしまった時。
何かのはずみで「取り替えた」なら。
前のブルーと、今のブルーが取り替えられてしまったら。
(あいつは泣きの涙で暮らして、こっちの方には前のあいつが…)
やって来るのか、と「前のブルー」を思い描いてみる。
取り替えたのなら、そちらのブルーはどうなるだろう、と。
アルタミラで悲惨な日々を送り続けていた「ブルー」ならば、此処ではどう暮らすのか。
(…まずは、平和な時代にビックリ仰天だな)
もう「檻」は無くて、人体実験などは「全く無い」今。
その上、きちんと「帰る家」があって、「本物の両親」までがいる世界。
驚いた後は、順調に育ち始めるだろうか。
未来も希望も、「当たり前にある」のが「今」だけに。
(…育たないままで生きる理由は、此処じゃ何処にも無いわけなんだし…)
まるで「育たない」今のブルーと違って、すくすくと背が伸びるだろうか。
育ち盛りの少年らしく、昨日よりも今日、今日よりも明日といった具合に。
(…そうかもしれんな…)
幸せそうに笑顔ではしゃいで、学校に行って。
家に帰ったら、母の手作りの美味しいケーキに、舌鼓を打って。
「あのブルー」だとは思えないほど、明るい表情を見せるのだろう。
毎日がとても幸せな上に、未来も希望も山ほどだから。
こんなに幸せに生きていいのか、と感激の涙も流すかもしれない。
「何処かに消えた」アルタミラの地獄を、ふと思い出したような時には。
(……しかしだな……)
此処に「今のハーレイ」が生きている以上、いつかブルーは「知る」だろう。
「前のブルー」は、誰だったかを。
歴史の授業で知ることになるか、あるいは「今のハーレイ」に聞くか。
「アルタミラの檻で生きたブルー」は、大英雄の「ソルジャー・ブルー」なのだと。
ミュウの時代の礎になって、暗い宇宙に散った人だと。
(…それを、あいつが知っちまったら…)
どうなるのかは、考えるまでもないこと。
たとえ「アルタミラの檻しか知らない」ブルーだとしても、望むことは、ただ一つだけ。
平和な今の暮らしを捨てて、元の世界に戻ろうとするに違いない。
戻った後には、どうなるのかが分かっていても。
シャングリラで長く宇宙を旅して、焦がれた地球にも行けずに死んでゆく命でも。
(なんたって、中身があいつなんだ…)
前のブルーはチビだったけれど、仲間たちのために生きていた。
食料が尽きて飢え死にの危機だと知った途端に、船を飛び出して行ったくらいに。
生身で宇宙空間を駆けて、輸送船から食料を奪って戻ったほどに。
…誰も教えはしなかったのに。
そうして欲しいと、望むことさえしなかったのに。
(…それでも、あいつは、自分の意志で…)
食料を奪いにゆくのだと決めて、ただ一人きりで船を後にした。
皆を飢え死にさせないために。
今のブルーと変わらないほどの、心も身体も成長を止めたチビだったのに。
(そんなあいつだから、自分が誰かを知ったなら…)
どんな人生が待っていようと、「あの生」に戻ってゆくのだろう。
此処で幸せに生きる代わりに、「ソルジャー・ブルー」になる運命に。
最後はメギドで終わる命に、きっと躊躇うことさえもせずに。
(…とんでもなく強いチビだな、おい?)
今のブルーとは違いすぎるぞ、と思わされる。
アルタミラの檻に行ってしまったら、泣き暮らすだけの「ブルー」とは。
平和な時代に生まれ育った、甘えん坊のチビのブルーとは。
(…そういうブルーに出会っちまったら…)
俺が困ってしまうのでは、と気付かされた。
「前のブルー」が「戻ってゆく」のを、果たして自分は見送れるのか。
悲しい最期が待つと分かっている場所へ。
ソルジャー・ブルーとしての生き方、それがブルーを待っている場所へ。
(……うーむ……)
きっと見送れずに止めちまうんだ、と出て来た答え。
「今のブルー」がアルタミラにいると分かっていたって、「前のブルー」を見送れはしない。
取り替えて元に戻すことが「正しい」と、理屈の上では理解していても。
「前のブルー」を、「あの人生」に向かって送り出すなどは。
(…前の俺なら、きっと出来たんだろうがな…)
平和ボケした今の俺には、出来やしない、と思う「見送る」こと。
そんな自分に似合いのブルーは、「今のブルー」の方なのだろう。
アルタミラの檻に行ってしまったら、泣き暮らすだけの「チビのブルー」。
甘えん坊でチビのブルーが、きっと自分には似合っている。
強かった「前のブルー」よりも、ずっと。
平和な時代に生きてゆくなら、あの「強さ」はもう、要らないだけに…。
取り替えたなら・了
※今のブルー君と、前のブルーを取り替えた場合。想像してみたハーレイ先生ですけど…。
アルタミラの檻に戻って行きそうなのが、前のブルー。それを見送るのはキツそうですねv
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