(……悪戯かあ……)
ブルーの頭に、何の前触れもなく浮かんだ言葉。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
今日は来てくれなかったハーレイ、その人を想っていた筈なのに。
(なんで悪戯…?)
ハーレイはとっくの昔に大人で、おまけに学校の教師でもある。
悪戯なんかはしないだろうし、するわけもないと思うけれども…。
(…昔は、悪ガキ…)
古典の授業の真っ最中に、武勇伝を聞かされたことが何回も。
この家でだって、何度も聞いた。
子供時代のハーレイが何をやったか、どんな悪戯をしたのかを。
そのせいだろうか、ふと「悪戯」だと思ったのは。
悪戯という言葉が頭に浮かんだのは。
(…ぼくは悪戯、しないんだけど…)
意識して「やった」ことは一度も無い。
結果的には「悪戯をした」ようなことになっても、最初から「やろう」と思ってはいない。
母が育てていた花壇の花を、ウッカリ傷めてしまった時もそうだった。
美しく花開く前の蕾を見ていて、手伝いたくなってしまっただけ。
(花びら、何枚も重なってるから…)
それを咲かせるのは大変だろう、と子供心に考えた。
自分が一枚めくってやったら、その分、花は楽になる筈。
二枚めくったら二枚分だけ、三枚だったら三枚分も。
(そう思ったから、お手伝い…)
花びらを破ってしまわないよう、気を付けて、そっとめくってやった。
一番外側の「大きく育った」花びらから順に、一枚、二枚、と緩めてやって。
「明日の朝には、きっと綺麗に咲いているよ」と、御機嫌で。
けれども、次の日、蕾は萎れてしまっていたから…。
(もっとしっかり手伝わないと、って…)
新しい蕾を順にめくって手伝った。花びらが傷むとは、知りもしないで。
そうやって幾つ、花壇の蕾を駄目にしたろう。
ある時、母が庭に出て来て、「ブルーだったの?」と目を丸くした。
花びらが傷んで花が咲かないのは、病気なのだと思っていた母。
園芸店に出掛けて相談したり、薬をやったりと気を配って。
それでも花は咲いてくれないから、「育て方が悪いのかもしれない」とまで考えて。
(…でも、犯人はチビだった、ぼくで…)
母が「蕾に悪戯しちゃ駄目よ」と叱るものだから、「悪戯じゃないよ」と言い張った。
自分では「本当に」そのつもり。
花びらを早めに開いてやったら、手伝えると信じていただけに。
理由をきちんと説明したら、「あらあらあら…」と母は叱るのをやめた。
「ブルーは、お手伝いしたかったのね」と分かってくれて。
花を傷めるつもりなどは無くて、悪戯したわけでもなかったのだ、と。
(…ぼくが、柔らかすぎる花びらを、無理にめくっちゃって…)
花びらの付け根が壊れてしまって、花は咲くことが出来なくなった。
頑張って咲こうと力を入れても、そのための仕組みが壊れて動かなくなって。
まさかそうなるとは思わなかったし、蕾を応援していたのに…。
(酷い悪戯になっちゃった…)
母が楽しみにしていた花が、幾つも幾つも駄目になって。
「病気かもしれない」と心配もさせて、「育て方が悪いのかも」と不安にもさせて。
(…そういう悪戯だったら、あるけど…)
ハーレイの「武勇伝」に匹敵しそうな悪戯は「無い」。
他の友達がやっているような、悪戯だって。
(ぼくは走って逃げられないから…)
下の学校に通っていた頃から、悪戯の誘いは来なかった。
皆が楽しそうに「悪戯の計画」を練っていたって、「一緒に、練る」だけ。
それを実行しに行く時には、いつもその場にいなかった。
「ブルーは、やめといた方がいいと思うぜ」と、皆が止めるから。
きっと一番に取っ捕まるから、来ない方がいい、と。
走って逃げてゆけはしなくて、逃げた友達の分まで「一人で叱られちまうぞ」と。
最初から無かった、「逃げられる」自信。
今も生まれつき弱い身体は、走れるように出来てはいない。
体育の授業についてゆくのが精一杯で、見学する日も多い方。
(悪戯していて、「こら!」って叱られちゃった時には…)
急いで逃げ出すものだけれども、準備体操も無しに走り出したら、直ぐに息が切れる。
そうでなくても「走り慣れていない」だけに、足がもつれて転ぶかもしれない。
他の友達は一目散に逃げてゆくのに、一人だけ「捕まっていそう」なのが自分。
(きっと、そうなっちゃうもんね…)
自分でも充分、分かっているから、悪戯は「いつでも」留守番だった。
計画を練る時は、参謀よろしく「こうした方がいいかもね?」と知恵を出しても。
友達から意見を求められては、何かとアドバイスをしていても。
(…ぼくの計画、上手くいった、って…)
報告を貰うことはあっても、一度も「現場」にいたことは無い。
だから「叱られた」ことも無ければ、取っ捕まった経験だって「無し」。
悪戯をしても「叱られる」だけで済むのは、「今」だと思うのに。
子供だからこそ、悪戯したって「許される」時期の筈なのに。
(……うーん……)
だけど無いよ、と悪戯の記憶を探ってみる。
自分でやってしまった悪戯、それは「結果がそうなった」だけ。
友達と悪戯の計画を練っても、「やっていない」なら、ただの「計画」。
上手くゆこうが、失敗しようが、自分とは「何の関係も無い」。
なにしろサイオンが不器用すぎて、皆が悪戯に出掛けて行っても…。
(…何をやってるのか、ちっとも分からないで待ってるだけで…)
皆が笑顔で帰って来たなら、作戦成功。
そうではないなら、作戦失敗。
(…見付かって、叱られて来ちゃったとか…)
逃げおおせたものの、学校に苦情が行きそうだとか。
そういった時に、学校で友達が呼び出されたって、関係なかった「参謀」の自分。
現場には姿が無かった上に、「どう失敗をやらかしたのか」も知らないだけに。
(…ホントに悪戯、縁が無いよね…)
するんなら今の内なのに、と溜息が出そう。
いつか大きく育った時には、もう悪戯をしてもいい時代はとうに過ぎている。
ハーレイと「結婚」を考えるような、十八歳になった頃には。
今の学校を卒業してしまった後となったら。
(…上の学校でも、悪戯する人はいるだろうけど…)
大人たちは、きっと「今ほど」大目に見てはくれない。
十八歳を越えた子供なんかは、同じ子供でも「悪ガキ」扱いされるよりかは…。
(…酷い悪戯をするんだから、って…)
こっぴどく叱られて、ただでは済まないことだろう。
今の年なら「ごめんなさい」で終わることでも、もっと誠意を求められるとか。
悪戯をした相手の所に出掛けて、お詫びの気持ちをこめて「掃除を一ヶ月」だとか。
(掃除じゃなくても、犬の散歩を毎朝お願いされるとか…)
ロクな結果になりやしない、とチビの自分でも想像がつく。
今なら「許して貰えること」が、育ったら「許して貰えなくなる」と。
「悪戯するんなら、今の内だよ」と、心の中で唆す声さえも。
けれど、出来そうもない悪戯。
友達と一緒にするのは無理だし、第一、悪戯するというのが…。
(…経験が無いから、出来ないってば…)
今日まで「いい子」で育って来たのが、悪ガキになれる筈もない。
悪戯の参謀をやっていたって、「計画」は他の友達のアイデア。
「こういう悪戯をしようと思う」と誰かが言い出し、話がぐんぐん進んで行って…。
(…さあ、やるぞ、って…)
皆が勇んで出掛ける時には、いつでも「留守番」していた自分。
これでは「悪戯」は机上の空論、本で読んだのと変わりはしない。
何の役にも立っていないし、経験だって積めてはいない。
今の内だ、と思うのに。
何か悪戯をするのだったら、子供の間が「いい時期」なのに。
けれど、一つも思い付かない悪戯なるもの。
誰に悪戯すればいいのか、誰なら叱られずに済むか。
(…パパやママなら、叱らないけど…)
急に「悪ガキ」になった「ブルー」に、両親は途惑うことだろう。
熱でもあるのかと心配するとか、「何かあったの?」と母が尋ねるだとか。
それでは悪戯をした甲斐がないし、他所でやったら「逃げ足が遅くて」捕まるし…。
(……何処か、やっても大丈夫なトコ……)
無いだろうか、と考えていたら、閃いた。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ハーレイだったら、元は悪ガキ…)
悪戯するんなら、ハーレイがいいよ、と浮かべた笑み。
どんな悪戯を繰り出そうとも、ハーレイなら許してくれるだろう。
取っ捕まえて叱りもしないで、「仕方ないな」と困り顔で。
(……よーし……)
同じ悪戯するんなら、と計画を立てて、「キスだよね?」と出した結論。
きっと叱られて終わるだろうけれど、ハーレイに「キスをする」のがいい。
上手くハーレイの隙を突けたら。
あの唇にキスが出来たら、「悪戯だってば!」と笑って逃げる。
悪戯するのなら今の内だし、キスも「悪戯」なら、ハーレイは唸るしかないだろうから…。
悪戯するんなら・了
※悪戯するなら今の内だ、と考えたのがブルー君。悪戯の経験は皆無と言っていいほどなのに。
キスも「悪戯」なら出来そうだ、と結論を出していますけど…。失敗して叱られそうv