(……悪戯なあ……)
ガキの頃には、よくやったよな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
どうしたはずみか、ふと浮かんだのが「悪戯」なる言葉。
子供時代は「悪ガキ」だったし、それに相応しく悪戯もした。
(もちろん、悪戯で通る程度のことなんだがな…)
叱られはしても、とんでもない迷惑をかけてはいない。
子供だったら「通る道」だから、世の大人たちも許してくれた。
「次からは気を付けるんだよ?」などと、叱って説教した後は。
「もう、しません!」と、こちらが頭を下げた後には。
(…また、やったりもしたんだが…)
それも「悪ガキ」な子供の特権、大人たちは「またか」と呆れただけ。
こうして自分が大人になったら、彼らの気持ちも良く分かる。
子供には、のびのび育っていって欲しいもの。
萎縮しないで、叱られたくらいで「めげないで」。
逞しく成長して欲しいから、悪戯されても「仕方ないな」と許してしまう。
成長の芽を摘まないように。
いつか「自分で」、きちんと反省するように。
(…そうやって、デカくなったのが俺で…)
この年では、もう悪戯はしない。
せいぜい、仲間内での「悪ふざけ」といった所だろうか。
かつての「悪ガキ」はすっかり大人で、今では子供を教える教師。
授業の合間の雑談の種に、悪戯について話しはしても…。
(お前たちは、真似をするんじゃないぞ、と…)
付け加えるのが決まり文句で、生徒たちの方も「はい!」と頷く。
もっとも、本当に「真似をしない」かどうかは、なんとも怪しい所だけれど。
(…ほんの数日も経たない内にだ…)
その悪戯をやった生徒もいるから、あまり信用はしていない。
やりたい生徒は「やる」だろうから、「言うだけ無駄だな」と思いもして。
そうなるのならば、悪戯の話は「しない」のが良さそうな感じだけれど。
(…そいつも、つまらん話でだ…)
子供の間は「大いに遊んで」、「大いに学んで」、悪戯だってした方がいい。
元気一杯に育つためには、時には「悪戯」だって必要。
(俺の年では、流石にしないが…)
そういえば、と思い出したのがブルーの顔。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーは、まだ充分に子供だけれど…。
(あいつが悪戯してる姿は…)
思い付かんな、と考えてみる。
今度も弱い身体のブルーは、およそ「悪ガキ」とは縁遠い子供。
友達と一緒に遊んではいても、悪戯などはしないことだろう。
(…悪戯したなら、一目散に逃げて行くのが悪ガキで…)
それを大人が追い掛けてくる。
「こら、待て!」だとか、「止まれ、悪ガキ!」だとか。
逃げ足が遅いと取っ捕まって、その場で説教。
上手く逃げ切ったつもりでいたって、所詮は子供のやることだけに…。
(向こうが追跡を諦めただけで、何処のガキかはバレちまってて…)
家に帰ったら、父や母が怖い顔をして、玄関先に立っていたりもした。
「今日は何処の辺りで遊んで来たのか」と、もう何もかもをお見通しで。
そうでなければ、次の日に、学校へ行った時。
担任の教師に食らった呼び出し。
「後で職員室に来なさい」といった具合で、やはり説教。
(…俺の逃げ足でも、悪戯の後は説教だったんだし…)
走って逃げることが出来ない、ブルーの場合は、きっと論外。
ブルーと一緒に遊ぶ時には、友人たちも控えるだろう悪戯。
(…足手まといと言うのもアレだが…)
逃げられないブルーを連れていたのでは、悪戯のリスクが高すぎる。
取っ捕まるのが確実なだけに、誰もが恐れて「悪戯は無し」。
やっちゃいないな、と確信できる「ブルーの悪戯」。
悪戯するなら、子供の間が一番なのに。
あれやこれやと悪戯をしては、元気に育ってゆくものなのに。
(…かと言ってだな…)
悪戯をしろ、とブルーを唆すわけにもゆかない。
自分は教師で、「悪戯は駄目だ」と諭す方の立場。
もしもブルーが悪戯したなら、怖い顔して説教する方。
(俺がブルーの担任だったら、そうなっちまうな…)
ブルーがやった悪戯のことで、学校に苦情が届いたら。
「お宅の学校の生徒に違いありません」と、通信が入ったりしたら。
(…あいつの場合は、友達と悪戯してたって…)
狙い撃ちだな、と思い浮かべたブルーの姿。
他に何人の仲間がいたって、苦情はブルーに集まるだろう。
五人や六人だったら当然、たとえ二十人もの仲間と一緒に悪戯だって。
(なんたって、見た目がソルジャー・ブルー…)
ちょっぴり小さすぎるんだがな、と「前のブルー」と頭の中で並べてみる。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーが生きていた姿。
今の時代は、知らない者など誰もいないのが、ソルジャー・ブルー。
ミュウの時代の礎になった偉大な英雄、それだけでも姿を覚えられるのに…。
(…珍しいアルビノと来たもんだ)
銀色の髪に赤い瞳で、抜けるように白い色素の無い肌。
「ソルジャー・ブルー」の写真を一目見たなら、忘れる者はいないだろう。
あまりに印象的な姿で、おまけに美しいのだから。
(今のあいつは、あれよりはずっとチビなんだが…)
それでも見た目は「小さなソルジャー・ブルー」でしかない。
中身が「本物のソルジャー・ブルー」の魂だとまでは、見抜けなくても。
生まれ変わりだとは気付かなくても、「ソルジャー・ブルーのようだ」と分かる。
だから大勢で悪戯したって、「学校に苦情を入れる」となったら、標的はブルー。
「こういう姿の子供がいました」と、ただ一人だけで目立ってしまって。
間違いないな、と思う「ブルー」のこと。
たとえ健康に生まれていたって、悪戯は難しかっただろうか。
何人で悪戯していたとしても、「叱られる」のは「ブルー」の係。
あの姿のせいで「覚えやすくて」、名指しで苦情が来そうなだけに。
「ブルー」という名を知らない人でも、「こういう姿形の子供」と覚えやすいだけに。
(……うーむ……)
逃げ足が速いガキでも無理か、と考えてしまう「ブルーの悪戯」。
走り去ってゆく後ろ姿しか見えていなくても、銀色の髪が特徴的すぎる。
(銀髪のガキは、そう珍しくもないんだが…)
ブルーの場合は、その髪型まで「ソルジャー・ブルー風」と来た。
幼い頃からずっと同じで、一度も変えてはいないと聞く。
大英雄の「ソルジャー・ブルー」と同じアルビノ、名前も「彼」から貰ったもの。
ブルーの両親は、ごくごく自然に、一人息子を「ソルジャー・ブルー風」の髪型にした。
それが一番似合うだろうし、第一、覚えて貰いやすい。
(…そいつが裏目に出ちまって…)
悪戯したなら、もう一発で覚えられちまうな、と苦笑する。
今のブルーが虚弱でなければ、悪戯の度に槍玉に上がったことだろう。
何人もの仲間と一緒に逃げても、「ブルー」一人だけが「覚えられて」。
「アルビノの子供だったんです」と、動かぬ証拠を突き付けられて。
(…それだと、いわゆる悪戯小僧の悪ガキには…)
なれないかもな、と思わないでもない。
友達と一緒に悪戯したって、「叱られる」回数が「一人だけ」飛び抜けていたならば。
他の子たちは「バレていない」のに、毎回のように「一人だけ」説教だったなら。
(またか、と懲りて嫌になっちまって…)
他の子たちに誘われたって、「ぼくは、やらない」と言い出すだろうか。
「どうせ、ぼくだけ叱られるんだよ」と、「いつもホントに、ぼくだけだってば!」と。
頬っぺたをプウッと膨らませて。
「みんなはサッサと逃げて行けるけど、ぼくは逃げても無駄なんだから!」などと。
それが本当のことだけに。…逃げ足が速くても、意味が無いだけに。
(…なんだか可哀相になって来たな…)
悪戯するなら、今の内だと思うのに。
それは子供の特権なのに、どう転がっても無理そうなブルー。
弱い身体なら「逃げ足が遅くて」足手まといで、出来ない悪戯。
健康な身体に生まれていたなら、今度は「見た目」が邪魔をする。
ブルーだけが「一人で」叱られるのでは、悪戯をする気も失せるだろうから…。
(…悪戯なんかは出来ない分だ、と思ってやるかな)
いつも叱っているブルーのこと。
「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ」だのと言われる度に。
あれを悪戯だと思ってやろうか、「また悪戯をしていやがるな」と子供を見る目で。
恋人だけれど「悪ガキ」なんだと、悪戯するなら「今の内だ」と。
いつかブルーが育った時には、キスは山ほど贈るのだから。
「駄目だ」とブルーを叱り付けるのは、ブルーが子供の内だけだから…。
悪戯するなら・了
※悪戯は子供の特権なのに、していそうにないのがブルー君。健康な身体でも、やっぱり無理。
その分、「ぼくにキスして」が悪戯なんだと考えようか、と思うハーレイ先生ですv