(忘れちゃってた…!)
とても大変、と小さなブルーは飛び上がった。
お風呂上がりにパジャマ姿で、チョコンと腰掛けていたベッドの端で。
(ホントのホントに、忘れてたってば…!)
大慌てで駆け寄った、通学鞄を置いてある場所。
カレンダーの方を睨んで、次は貼ってある時間割。
それからエイッと鞄を開けて、中のプリントを引っ張り出して…。
(…やっぱり、明日…)
明日の提出、と真っ青になる。
授業のノートや資料を纏めて、明日、提出という課題。
数日前に聞いた時には、まだまだ余裕がたっぷりとあった。
(一時間もあれば、出来ちゃうから…)
急がなくても大丈夫、と思った「それ」。
ハーレイが仕事帰りに寄ってくれても、残り日数は充分にある。
(毎日、ハーレイが来てくれたって…)
少しずつやれば提出期限には間に合う筈だし、他の宿題を優先しよう、と。
「明日提出」という宿題もあれば、予習が必要な科目もある。
まずはそっちを片付けてから、毎日、少しずつ纏めてゆこうという計画。
いつもだったら、それで「出来上がった」。
そういう形で仕上げた宿題、それにレポートは幾つもあった。
だからこれも、と考えたのに…。
(なんで忘れたわけ…!?)
今日と違って、「あの日」はハーレイが来たからだろうか?
仕事帰りに、門扉の脇のチャイムを鳴らして。
今日は来てくれなかったけれども、あの日は確かに来てくれた。
(…でも……)
言い訳になっていないから、と自分でも分かる。
ハーレイが来る度に「忘れていた」なら、常習犯になっているだろうから。
普段なら、けして、しない失敗。
明日が提出期限だったら、この時間には出来上がって…。
(ちゃんと鞄に入ってて…)
後は出すだけ、そうなっている。
それなのに、「出来ていない」今。
ノートや資料を纏めるのならば、「丸写し」というわけにはいかない。
学校に着いて、友達のを「見せて」と覗き込んでの書き写し。
それは御法度、先生が見たら直ぐにバレること。
(あれって、どっちが写したヤツかも…)
不思議なことに、先生たちは、お見通し。
まるで全く同じ「宿題」が二つあったら、どちらが「丸写し」したのかを。
(ぼくが友達のを丸写ししたら…)
即座にバレて、こっぴどく叱られてしまうのだろう。
「いつもは写させている方なのに、これは何だね?」などと、呼び出されて。
言い訳したって、少しも聞いて貰えはせずに。
(うんと具合が悪かったんです、って…)
口にしてみても、「丸写ししていい」ことにはならない。
日を改めて再提出すればいいだろう、と正論が返って来ておしまい。
(急がなくっちゃ…!)
明日、学校を休むつもりが無いのなら。
授業に出るなら、今から「纏め」。
(一時間もあれば出来る筈だし…)
それさえやったら、堂々と学校に出掛けてゆける。
「ハーレイ先生」がいる学校に。
前の生から愛したハーレイ、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
学校では「先生」と「生徒」だけれども、行ったなら、会える日だって多い。
挨拶だけしか出来ない時でも、会えないよりかは、ずっといい。
だから学校は「休みたくない」し、行きたいのならば、まずは宿題。
一時間ほど頑張ったならば、立派に出来るだろうから。
風邪を引いてはたまらないから、羽織った上着。
それに膝掛け、万全の装備で勉強机の前に座った。
(えーっと…)
ノートを広げて、資料集の方も開いて置く。
後は確認用の教科書、そちらも見ながら纏めなくては。
ペン立てから出したペンを握って、もう早速に書き始めた文字。
右から左へ書き写すだけでは、いい点数は貰えないから…。
(ぼくの言葉で、きちんと纏めて…)
自分らしく仕上げるべき内容。
授業をしっかり聞いていたなら、「自分の言葉で」書ける筈。
黒板の文字を「丸ごと写して」おくのではなくて、噛み砕いて。
資料集の中身にしても同じで、理解出来ていれば「自分の知識」になっている。
そのまま「真面目に」写さなくても、もっと簡単に纏め上げて。
二行もあった文章の中から、ほんの数文字を選んで書き出し、「こう」と結論。
(…こっちの資料で、こうなっていて…)
ノートがこうで、教科書がこう、と目で追ってゆく。
どう纏めるのが一番いいかと、分かりやすくて簡潔かと。
(丸写ししちゃったら、早いんだけど…)
書き写す時間だけで済むのだけれども、評価は悪くなるだろう。
そんな「纏め」を出したことも無いし、呼び出しとまではいかないとしても…。
(返って来た時に、先生の字で…)
大きく「?」と書かれているかもしれない。
「ブルー君らしくありませんね」と、感想までが書き込まれて。
学年で一番の優等生が、いったい何をしているのかと。
(…サボッてました、って言うみたいなもの…)
そうなったならば、ハーレイの耳にも入りかねない。
先生同士の話のついでに、「こういうことがありましたよ」と話題になって。
(そんなの、最悪すぎるから…!)
絶対嫌だ、と頑張るしかない。丸写しだけは避けなくては、と。
ウッカリ忘れていたばっかりに、こんな時間に始める宿題。
夜更かしばかりの友達だったら、当たり前かもしれないけれど…。
(…ぼくは早めに済ませるタイプで…)
宿題は、学校から帰って直ぐに済ませておくタイプ。
いつハーレイが訪ねて来たって、ゆっくりと話が出来るようにと。
夕食の後のお茶の時間も、宿題なんかは気にせずに過ごしていられるように。
(その筈で、いつもそうしてるのに…!)
どうして、これを忘れただろう。
思い出しただけマシだとはいえ、提出は明日で、もうギリギリ。
夜は早くに寝るタイプだけに、この時間ならば「夜更かし」と言える。
けれど、終わってくれない宿題。
丸写しすれば早いとはいえ、それは出来なくて、明日、学校で…。
(…友達のを見せて貰って写すのも…)
酷い結果を招くだけだし、資料を、ノートを睨み付けるだけ。
教科書のページもパラパラめくって、「忙しいってば!」と叫んだりもして。
もう本当に「忙しい」から。
後はベッドに入るだけだと思っていたのに、とんでもない「用事」が出来たから。
これをやらずに学校に行けば、赤っ恥をかくか、叱られるか。
それが嫌なら「片付ける」しかない、ノートや資料を纏める作業。
時間に余裕がある時だったら、焦らないのに。
もっとスラスラと色んな言葉が、次々に浮かんで来てくれるのに。
(……うー……)
上手く纏まらない、と握り締めるペン。
どう書けばいいか分からないのが、「切羽詰まっている」証拠。
気持ちに全く余裕が無いから、頭の中にも無い余裕。
冴えていたなら「ピンと来ること」が、まるで出て来ない状態で。
授業中に聞いた筈のことさえ、簡単に出ては来てくれなくて。
そのせいで苛立ってゆけばゆくほど、作業は上手くいかなくなる。
「忙しいんだから!」と叫ぶ言葉が、そのまま「呪い」であるかのように。
いったい何度、「忙しいのに!」と、教科書をバンと叩いただろう。
纏まってくれないノートを、資料を叩いて当たり散らしただろう。
時間はどんどん経ってしまって、もうすぐ一時間になるというのに…。
(終わらないってば…!)
どうなってるの、とイライラしたって、それで解決しはしない。
いつまで経っても片付かないノート、資料も教科書も閉じられはしない。
「宿題を忘れてゆく」のだったら、「これでいいや」と投げ出せるのに。
ポンと放って知らんぷりして、全部鞄に突っ込むのに。
(だけど、そんなの…!)
此処までやって放り出すなんて、と歯を食いしばって、仕上げた宿題。
きっと何とか、形になってはいるだろう。
普段ほどには冴えていなくても、「夜更かし」の結果が出ていたとしても。
(明日、学校で読み返してみて…)
何処か可笑しい部分があったら、手を加えればいいだろう。
ちょっとだけ消して書き直すだとか、二言、三言、付け加えるとか。
(…それでいいよね?)
もうこれ以上は無理だから、とパタンと閉じた、ノートや教科書。それから資料。
夜更かしした上、今の気分で読み直したって、ロクな結果にならないだけに。
(……やっと出来たよ……)
これでハーレイの耳に変な評判が届くことも…、と思ったはずみに気が付いた。
そのハーレイのことを、どの辺で忘れてしまったろうか、と。
(途中までは、凄く気にしてて…)
学校へ行くのも、宿題を忘れないようにするのも、全てハーレイに繋がっていた。
なのに何処かで忘れてしまって、宿題のことで苛立っていた。
「忙しいんだから!」と、「終わらないってば!」と、「自分のこと」だけで。
ハーレイの顔さえ思い出さずに、ただイライラと。
(…忙しい時には、忘れちゃうわけ?)
それは悲しい、と心が痛くて、胸だって痛い。
誰よりも好きな恋人のことを「忘れる」なんて。
その人のためにと頑張ったことさえ、途中で「落として」いたなんて。
(…そんなの、酷い…)
あんまりだよ、と悲しくなるから、こんな目には二度と遭いたくない。
忙しい時には忘れるのなら、そうならないよう気を付けたい。
いつも心に余裕を持って。
「忙しいってば!」と、心の中から「ハーレイ」を追い出してしまわないように…。
忙しい時には・了
※宿題で切羽詰まった挙句に、ハーレイ先生のことを忘れてしまったブルー君。
忙しい時には忘れるのならば、そうならないよう、次からは心に余裕をたっぷり持たないとv