(どんな時だって…)
ふと、小さなブルーの頭に浮かんだ言葉。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
流行りの歌の歌詞などではなくて、本で読んだというわけでもない。
けれども、何故だか、そう思った。
「どんな時だって」と、突然に。
今日は来てくれなかった、ハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
その人のことを、忘れはしない。
どんな時だって、何処にいたって。
(絶対に、忘れないんだから…)
忘れたりなんかしないんだから、と心の底から強く思うし、忘れもしない。
そう、今だって「そう」考えたように。
「どんな時だって、忘れないんだから」と、ハーレイのことを。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛した人。
白いシャングリラで恋をした人を、けして忘れるわけがない。
何があろうと、何処へゆこうと。
どんな時だって、片時さえも。
(ハーレイのことを、忘れる筈がないじゃない…!)
今日みたいに来てくれなかった日でも、と思うけれども、その人のこと。
「忘れない」と思ったハーレイのことを、「自分」は忘れていなかったろうか。
十四年ほど…、と指を折ってみる。
「今の自分」が生まれた時から、この年になるまでの間に流れた歳月。
十四歳になって一ヶ月と少し、今の学校に入って暫く経った頃。
五月の三日に、自分のクラスで「今のハーレイ」と再会を果たす前までは…。
(……ハーレイのことは、何も覚えていなくって……)
思い出しさえしなかった。
キャプテン・ハーレイの名前を聞いても、教科書などで写真を見ても。
SD体制を倒した英雄、ジョミー・マーキス・シンと、キース・アニアン。
その二人にこそ及ばないけれど、キャプテン・ハーレイも英雄の一人。
(記念墓地に、立派な墓碑だってあるし…)
何よりも、「シャングリラ」の初代のキャプテン。
白い鯨にも似たシャングリラは、今の時代も人気の高い宇宙船。
遊園地に行けば、それを象った遊具が幾つも。
(小さかった頃に見た、海に浮かんでいたシャングリラだって…)
海水浴場に来た客に人気の、変わり種のバナナボートだったというくらい。
その「シャングリラ」の舵を握っていた、キャプテン・ハーレイ。
ミュウの箱舟を地球まで運んだ英雄。
(前のぼくみたいな、写真集は出ていないけど…)
パイロットの卵たちにとっては、キャプテン・ハーレイは「憧れの人」。
同じ英雄のゼルやヒルマンよりも、遥かに知られているだろう。
その名も、どういう姿だったかも。
(今のぼくだって、ちゃんと知ってて…)
幼稚園時代はともかく、下の学校に入った後には、ごくごく自然に覚えたもの。
「この人がキャプテン・ハーレイなんだ」と、顔も名前も。
ちょっぴり怖そうな顔の「おじさん」だけれど、ミュウの箱舟のキャプテンだった人。
きっと「優しいおじさん」なんだ、と思いもして。
ミュウの子供が泣いていたなら、肩車で歩いてくれるような。
(…それで間違いなかったんだけど…)
前のハーレイは、実際、そういうキャプテンだった。
白いシャングリラで雲海の星に辿り着いた後、船に初めて迎えた子供。
養父母から離され、怖い思いまでした小さな子供を、ハーレイは放っておかなかった。
「これもキャプテンの仕事だろう」と、船に馴染めるよう、心を砕いた。
新しい子供を迎え入れる度、多忙であっても相手をして。
広い船の中を、あちこち連れて歩きもして。
それを目にした「前の自分」が、「子供に嫉妬した」ほどに。
そのせいで、「ハーレイのことが好きだ」と、恋にさえ気付いてしまったほどに。
子供たちにも優しかったのが、キャプテン・ハーレイ。
今の自分も「きっと、そうだよ」と考えたけれど、「思い出した」わけではなかったろう。
「ミュウの箱舟のキャプテン」だから、そういう人だと、勝手に想像しただけで。
「そうじゃないかな」と感じただけで。
本物のハーレイの人となりは、何も知らないままで。
欠片さえも思い出しはしないで、忘れたままで。
(……うーん……)
本当に忘れてしまっていたし…、と「今のハーレイ」の姿を頭に描く。
今では当たり前に恋して、「どんな時だって」忘れないのに、すっかり忘れ果てていた。
前の自分は、「ハーレイ」を忘れはしなかったのに。
それこそ「どんな時だって」。
アルテメシアを後にしてからの、十五年間もの、長い長い眠り。
深い眠りの底にいてさえ、きっと忘れてはいなかった。
目覚めた時には記憶が無くても、「ハーレイの夢」を見ていたことだろう。
星の瞬きにも思えたくらいの、一瞬の眠りのようであっても。
「夢さえも見てはいなかった」と、あの時の「自分」は思っていても。
(……夢の中では、きっとハーレイと一緒だったよ……)
まるで目覚めているかのように、幸せな夢を見ていただろう。
青の間で二人で過ごす夢やら、船の通路を歩く夢やら。
あるいは「地球」へも行っただろうか。
夢の中なら、青い地球にも辿り着けたと思うから。
(…ハーレイと二人で青い地球を見て、二人で降りて…)
幾つもの夢を端から叶える、夢さえも見ていたかもしれない。
「地球に着いたら」と、前の自分が夢見たこと。
寿命の残りが少ないと悟って、描くのを諦めた夢の数々。
それを「夢の中で」叶えていたのだろうか、「前のハーレイ」と青い地球に降りて。
二人で青い地球で暮らして、スズランの花束を贈り合ったりもして。
五月一日には、恋人同士の二人が贈り合う、とても小さな花束。
「いつの日か、地球で」と、前のハーレイと約束を交わした日もあったから。
前の自分は、夢の中でも、ハーレイを忘れていなかっただろう。
だから夢から覚めた時にも、ただハーレイを想っていた。
「ミュウの未来」を守るためには、「別れしかない」と分かっていても。
ただ一人きりで船を離れて、死んでゆくのだと「自分の未来」に気付いていても。
(…あの時だって、忘れていないし…)
メギドでも忘れはしなかった。
右手に持っていた「ハーレイの温もり」、それを落として失くした後も。
撃たれた痛みで消えてしまって、右手が冷たく凍えた時も。
(もうハーレイには、二度と会えない、って…)
泣きじゃくりながら死んだ、前の自分。
あまりにも悲しい最期だったけれど、「ハーレイ」を忘れることはなかった。
「もう会えない」という、とても辛くて痛みしかない「想い」でも。
会うことは二度と叶わなくても、「ハーレイ」のことが「好き」だったから。
諦めて忘れることは出来なくて、最後まで想い続けていた。
もう会えなくても、「ハーレイが好きだ」と、命が潰える瞬間まで。
いつ死んだのかは分からないけれど、息が絶えただろう、その時まで。
(どんな時だって、ホントに忘れなかったんだよ…)
前のぼくは…、と今も鮮やかに思い出せること。
十五年もの深い眠りの中でも、「夢で」ハーレイを追っていただろう。
二人で地球に降りる夢さえ、前の自分は見ていただろう。
そうして長く眠り続けて、「終わり」がやって来た時でさえも…。
(やっぱり、ハーレイを忘れられなくて…)
前の自分は、泣きながら死んだ。
二度と会えない人を想って、その人を忘れられなくて。
もしも「忘れてしまえた」ならば、あの時の辛さは無かったろうに。
ミュウの未来と、シャングリラの無事とを祈り続けて、ソルジャーとして死んだだろうに。
(でも、そんなこと…)
出来る筈もないし、したくもなかった。
「ハーレイ」を忘れてしまうなど。
恋をした人を記憶から消して、安らかな最期を迎えるなどは。
(どんな時だって、忘れなくって…)
忘れないまま、前の自分は遥かな時の彼方に消えた。
それから流れた、気が遠くなるほどの長い時。
死の星だった地球が青く蘇り、こうして人が住める星に戻るくらいに。
(ハーレイと二人で、地球に来たのは…)
きっと今度こそ、一緒に生きてゆくためなのだ、と分かっている。
この身に神が刻んだ聖痕、それは祝福の証だろうと。
(…それなのに、ぼくはハーレイのことを…)
思い出しもせずに、十四年間も生きてしまっていた。
キャプテン・ハーレイの名前を聞いても、写真を見ても思い出さないままで。
なんとも酷い話だけれども、これに関しては「お互い様」。
ハーレイだって、「ソルジャー・ブルー」を、忘れ果てたままでいたのだから。
(…これから先に、忘れなかったら…)
それでいいよね、と浮かべた笑み。
もう一度、巡り会えたからには、二度と忘れはしないから。
どんな時だって、ハーレイのことを忘れはしない。
前の自分が、そうだったように。
最後の息が絶える時まで、ハーレイを想い続けたように…。
どんな時だって・了
※どんな時だって、ハーレイのことは忘れない、と思ったブルー君ですけれど…。
実は忘れていたのが、生まれ変わってから後のこと。でも、これからは忘れなければ大丈夫v