(…やってられるか!)
あの馬鹿野郎、とハーレイがバン! と叩いたテーブル。
ブルーの家には寄れなかった日、自分の家へと帰って来るなり。
正確に言えば、「寄り損なった」のがブルーの家。
今日は行けると思っていたのに、「あの馬鹿野郎」というヤツのせいで。
もうイライラと腹が立ってくるから、苛立たしい。
こうして家まで帰って来たって、一向に収まらない「怒り」。
「やってられるか!」とばかりに、帰る途中で食料品店に寄って来たって。
「こんな気分で、美味い飯など作れるもんか」と、総菜を山と買い込んだって。
(……まったく……)
俺の時間をパアにしやがって、とリビングのテーブルに並べてゆく総菜。
食料品店の袋から出して、次から次へと。
唐揚げにコロッケ、その辺は量をドカンと多めに。
ヤケ食いしないと「やっていられない」気分なだけに。
けれど栄養が偏らないよう、律儀にサラダなんかも買った。これも山ほど。
ポテトサラダに、生野菜がメインなシーザーサラダ、といった具合に。
(…これだけ自分で作るとなったら…)
一仕事だからな、と思えるものを端から買い込み、帰って来た家。
それでも腹立ちが収まらなくて、テーブルを「バン!」と叩いた次第。
食料品店の袋を置いた所で、平手で、強く。
(だが、収まらん…!)
もう一発、と今度は拳を握って殴った。
「あの馬鹿野郎」を殴る代わりに、テーブルを。
テーブルだったら、どんなに強く殴り付けても痛がらない。
悲鳴を上げることだって無いし、怪我だって…。
(その怪我ってヤツが問題なんだ!)
大馬鹿野郎、とこみ上げてくる怒りの感情。
「やってられるか!」と、怒鳴り付けたくなるほどに。
此処にはいない、「あの馬鹿野郎」。
「大馬鹿野郎」とも言ってもいい。
柔道部員の生徒だけれども、今日の放課後、部活の途中で怪我をした。
それも「自分が悪い」ケースで、相手の生徒は悪くない。
「大馬鹿野郎」を投げたというだけ、「正しい技を、正しく使って」。
ところが、今日は「弛んでいた」のが「大馬鹿野郎」。
きちんと気合が入っていたなら、直ぐに受け身を取れる筈。
怪我をしないよう、「正しい姿勢で」、「正しく受け身」。
(何が、今日発売の雑誌なんだ…!)
帰りに買おうと思ったらしい、何かの雑誌。
豪華な付録がつくという予告、それを楽しみにしていた「大馬鹿野郎」。
放課後ともなれば、「部活が終われば」買いに出掛けてゆけるから…。
(…雑誌と付録と、それに本屋と…)
気が散る要素がドッサリとあって、要は「お留守だった」頭の中身。
そういう時でも、普段に鍛えてあったなら…。
(身体だけでも勝手に動いて、ちゃんと受け身が取れるんだ!)
そのレベルまで練習してから、ボーッとしてくれ、と、もう本当に腹が立つ。
受け身を取れなかった「大馬鹿野郎」は怪我をした。
怪我をさせてしまった生徒は、自分は少しも悪くないのに「すみません!」と平謝り。
そして「大馬鹿野郎」の方は、顧問の自分が「病院に連れてゆく」羽目に陥った。
他の生徒には、「後は各自で運動しておけ」と指示をして。
目を配れない以上、もう「対戦」はさせられない。
それぞれの思う「鍛え方」で身体を作っておくよう、言い置いて真っ直ぐ駐車場へと。
「大馬鹿野郎」を腕に抱えて、大股でズンズン歩いて行って。
いわゆる「お姫様抱っこ」。
柔道部員がコレで「運ばれてゆく」のは、「カッコ悪くて」たまらないと知っているだけに。
「下ろして下さい!」という悲鳴も聞かずに、「お前が悪い!」と容赦なく。
他の部活で残った生徒が、目を丸くして見ていたけれど。
「すげー…」と感嘆の声を上げた生徒も、一人や二人ではなかったけれど。
「大馬鹿野郎」を連れて病院に行って、待合室で待つ間。
「なんだって、気を抜いていたんだ?」と尋ねてみたら、蚊の鳴くような声が返った。
今日、発売の雑誌が気になっていたのだと。
かてて加えて、大馬鹿野郎は、こう言った。
「家まで送って貰う途中で、本屋に寄って貰えませんか?」と。
でないと雑誌を買いそびれてしまうかもしれないから、と困り顔で。
付録が目当てで「その号だけは欲しい」者がとても多そうだから、と「本屋」を希望。
こちらは「送ってゆかなければいけない」立場だというのに、寄り道なんぞを。
(その雑誌が諸悪の根源だろうが…!)
知るか、と叫びたかったけれども、生徒の気持ちもよく分かる。
稽古がおろそかになったくらいに「欲しかった」雑誌。
(買いそびれちまったら、きっとガッカリで…)
次に似たようなことがあったら、同じ結果を招きかねない。
「今度こそ買いに行かなければ」と、頭の中身が「お留守」になって。
またまた怪我して、病院に連れてゆくことになって。
(その方が、遥かに迷惑ってもんだ…!)
俺としてはな、と思うものだから、生徒の希望を聞き入れてやった。
病院の診察が済んだ後には、愛車に乗せて。
本当だったら、生徒の家へと直行なのに、わざわざ本屋に回ってやって。
(何軒も梯子させられたんでは、たまらないしな…)
確実に「沢山置いている」書店、其処へと車を走らせた。
売り切れていない、と確信できる大きな書店まで。
(…怪我してるくせに、本屋の中に入った途端に…)
顔を輝かせて、お目当てのコーナーへと、まっしぐらだった「大馬鹿野郎」。
もうウキウキと雑誌を抱えて、レジの前に立って。
(…あれで、この次の怪我が防げるなら…)
いいんだがな、と思いはしたって、「馬鹿野郎めが!」と腹は立つ。
たかが雑誌の発売日。
それで怪我などされた挙句に、「家に送る途中で」運転手よろしく「書店行き」だけに。
(…あの馬鹿野郎が、怪我しなければ…)
ブルーの家に寄れる筈だった。
けれどブルーの家には行けずに、「大馬鹿野郎」を家まで車で送り届けた。
大馬鹿野郎の母は「申し訳ありません!」と詫びたけれども、今もって腹が立ったまま。
(あいつのお母さんは悪くないんだ、何処も全く…!)
だから「雑誌を買いに行かされた」件は、グッと堪えて黙っておいた。
そういったことは、じきに「バレる」だろうから。
「家まで送ってくれた先生」が、お茶を御馳走になって「では」と帰った後で。
なんと言っても、大きな書店の紙袋などが「動かぬ証拠」。
大馬鹿野郎は、雑誌を袋から出すよりも前に大目玉を食らうことだろう。
「ハーレイ先生に、そんな御迷惑まで!?」などと。
(…あいつは、それで片が付くんだが…!)
ブルーの家に寄れなかった件をどうしてくれる、と収まらない怒り。
部活での怪我は「少なくない」とは分かっていても、今日のは原因が原因だけに。
しかも「原因になった」雑誌を、「買いに寄らされる」オマケつき。
(やってられるか…!)
こういう時にはヤケ食いなんだ、と着替えを済ませて、テーブルに着いた。
「自分で作る」には「時間がかかる」ものを山ほど、端から食べまくるのがいい。
揚げたてのコロッケや唐揚げなどを、ガツガツと。
サラダも皿に移しもしないで、店で入っていた器から…。
(行儀悪く食ってこそなんだ…!)
ラーメンを作った鍋から食べるような気分でな、と頬張るサラダ。
いつもは「絶対にしない」ようなことを、腹立ちまぎれに「やらかす」のがいい。
テーブルを平手や拳で殴って、こうしてヤケ食い。
小さなブルーが目にしたならば、「どうしたの!?」と仰天するようなことを。
(腹が立ったら、こいつが一番…)
誰かに当たり散らすよりかは、テーブルに当たって、ヤケ食いに走る。
それが一番「少ない」被害。
ガツガツ食べれば、栄養にもなって一石二鳥。
食べて食べまくって、「食った、食った」と思う頃には、許せる気分になっていた。
大馬鹿野郎も、「雑誌を買いに寄らされた」ことも。
(…あいつも、まだまだ子供なんだし…)
そういったこともあるだろう、と頷きながら、フウと溜息をつく。
「次は勘弁してくれよ?」と、「大馬鹿野郎」の顔を思い浮かべて。
またもブルーに「会い損ねる」のは、御免だから。
腹が立ったのが落ち着いた後は、ただ残念に思うだけだから。
「あいつに会いたかったよな」と。
ヤケ食いするより、テーブルに当たり散らしているより、ブルーと過ごしたかったから…。
腹が立ったら・了
※ブルー君の家に寄り損なった、と腹が立っているハーレイ先生。柔道部員の生徒のせいで。
そしてヤケ食いに走る所が、温和なハーレイ先生らしい「腹が立った」気分の解消法v