(ハーレイのケチ…!)
今日もキスしてくれなかった、と小さなブルーは膨れっ面。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、ハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
午前中から二人で過ごして、夕食の後のお茶まで一緒だったのだけれど…。
(来てくれたのはいいんだけれど…)
やっぱりキスしてくれないんだから、とプンスカ怒りたくもなる。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
青い地球の上で会えたというのに、再会のキスも出来ないまま。
ハーレイ曰く、「俺は子供にキスはしない」で、「キスは駄目だ」と叱られるばかり。
前の自分と同じ背丈に育たない限りは、貰えないキス。
今のハーレイがしてくれるキスは、いつでも頬と額にだけ。
子供向けのキスしか貰えないから、あの手この手で強請るのに…。
(キスは駄目だ、って叱るだけじゃなくて、ぼくの頬っぺた…)
膨れっ面になったら潰すんだから、と唇を尖らせてプウッと膨れる。
ハーレイがいたら、この顔も「潰される」ことだろう。
大きな両手で、頬っぺたを両側から押してペッシャンと。
「フグがハコフグになっちまったな」などと、可笑しそうな顔で。
(…ぼくが大きくならない間は…)
そういう日々が続いてゆくだけ。
どんなにキスを強請ってみたって、誘惑したって、全て空振り。
ハーレイは応えてくれないばかりか、釣られもしない。
「キスしてもいいよ?」と、前の自分みたいな顔のつもりで誘ってみても。
この顔だったら大丈夫だよ、と自信たっぷりだった時でも。
(…恋人のぼくが誘ってるのに…!)
ホントのホントに分からず屋で、うんとケチなんだから、と尽きない怒り。
一日、一緒に過ごした日だって、この始末だから。
ハーレイの心はビクともしなくて、キスを貰えなかったから。
早い話が、チビの間は「駄目な」キス。
ハーレイはキスをしてくれないし、許してくれるつもりもない。
(…何年、ぼくを待たせるつもり…!?)
酷いんだから、と思うけれども、育たないものは仕方ない。
ハーレイと再会した日から何日経っても、一ミリさえも伸びない背丈。
前の自分に近付く気配も見えないわけだし、ただ溜息が零れるばかり。
「いつになったら育つんだろう?」と。
けれども、ものは考えよう。
いつかは育ち始めるのだから、その時になれば仕返し出来る。
とってもケチなハーレイに。
もう最高の復讐が出来て、うんと後悔させられるだろう。
(…前のぼくと同じ背丈になるまでは、キスは駄目なんだものね?)
前の自分の背丈は、忘れもしない百七十センチ。
それが目前に迫って来たなら、きっと見た目は「前の自分」にそっくりだろう。
背丈の方は、百六十九センチにしか伸びていなくても。
ハーレイが「決めてしまった」背丈に、一センチばかり足りなくても。
(…その頃になったら、ハーレイだって…)
キスしたい気持ちが湧いて来るのに違いない。
「前のブルー」に「そっくりなブルー」が、周りをウロウロしていたら。
毎日のように顔を合わせて、「ハーレイ?」と呼んでいたならば。
(だけど、決まりは絶対だしね?)
ハーレイが「こうだ」と決めたからには、その約束は守るべき。
「俺は子供にキスはしない」と言った言葉を、ハーレイは厳守しなければ。
どんなに「ブルー」が、「前のブルー」にそっくりでも。
キスしたい気持ちで一杯だろうが、決まりは決まりで、「約束」は「絶対」。
ある日、ハーレイが「ブルー?」と顔を近付けて来たら、こう言うだけ。
「ぼくは子供だから、キスは駄目だよ」と。
まだ身長が足りていない、と「現実」を突き付けてやって。
「あと一センチも足りていないから」と、大真面目な顔で「だから、まだ駄目」と。
(うんと待たせてやるんだから…)
チビの自分が「我慢し続ける」年数に比べれば、短い筈の「待ち時間」。
ハーレイが後悔しながら待つのは、きっと一年にも満たない間。
「こんなことなら、もうちょっと…」と、「決まり」に幅を持たせるべきだった、という後悔。
いくら後悔してみた所で、決まりは「変えられない」けれど。
(一年にも足りないなら、待てばいいじゃない…!)
ぼくだって、復讐のためなら「待てる」、と思いもする。
本当はキスをしたい気持ちで一杯にしても、それまでの日々の恨みをこめて。
「フグ」だの「ハコフグ」だのと言われた時代の、チビのブルーのプライドにかけて。
ほんの一年足らずだったら、余裕たっぷりに復讐するまで。
「ハーレイが決めた決まりだものね」と、「ぼくは守らなきゃ駄目だから」と。
それは残念そうな顔をして、悲しそうな表情もしてみせて。
「まだ身長が足りないんだよ」と、涙を浮かべて、嘘泣きだって。
(……うん、いいかも……)
やってやろう、と密かに固めた決心。
いつか「その日」がやって来たなら、「今の自分」の仇を取ろう、と。
ケチなハーレイに復讐してやる、とチビなりに誓いを立ててゆく。
その日が来るまでグッと我慢で、今の屈辱に耐えるまで。
「キスは駄目だ」とか、「フグ」や「ハコフグ」呼ばわりなんかの、惨憺たる「今」に。
いずれ大きく育ち始めたら、出来る復讐。
「あと一ミリも足りないんだから」と言える日が来たら、どれほど爽快な気分だろう。
一ミリなんかは、誰が見ても誤差の範囲だろうに。
百七十センチに「一ミリ足りない」だけなんて。
けれど、その時も言い放つ。
「ぼくは子供だから、キスは駄目だよ」と、顔だけは、とても辛そうに。
心の中では、「ざまあみろ」と舌を出しても、そんな気配は見せもしないで。
(…ぼくの心の中身は、零れ放題らしいけど…)
たとえ心が零れていたって、決まりは決まり。
ハーレイが「それ」を決めた以上は、破ることなど出来ないから。
楽しみだよね、と笑みを浮かべた「復讐の時」。
育ち始めてどれほど経ったら、その時がやって来るのだろうか、と。
(前のぼくと、今のぼくは、見た目はそっくりだけど…)
育つ環境がまるで違うから、前の自分の経験はアテにならないだろう。
百六十センチを超えた途端にぐんぐんと伸びて、百七十センチになるのはアッと言う間とか。
それこそ一年も経たない間に、もう「復讐の時」さえ過ぎてしまうほどに。
(たった一年も無いんだったら…)
復讐したっていいと思うし、充分に我慢できると思う。
それまでに「ケチなハーレイ」に意地悪をされる期間が、何年もある筈だから。
(ぼくだってキスしたいけど…)
復讐のためなら、キスも我慢する。
「キスは駄目だ」って言われ続けた、「今の自分」の仇を取れるなら。
「ブルーにキスをしたい」ハーレイに向かって、「ざまあみろ」と心で言えるなら。
(…育ち始めたら、何年くらいで言えるのかな…?)
二年だろうか、それとも三年かかるだろうか。
ハーレイに心で「ざまあみろ」と舌を出せる日までは。
とてもケチだったハーレイの前で、悲しそうな顔が出来る時までは。
「ぼくは子供だから、キスはまだまだ駄目なんだよ」と。
前の自分と同じ背丈になる日は、もう目の前に来ているのに。
残りは一センチを切っているのに、とっくに誤差の範囲内なのに。
(どのくらいの間、復讐できるかな…)
うんと長いといいんだけれど、と思いはしても、前の自分のようにはいかない。
不器用すぎるサイオンのせいで、「引き延ばす」ことは、とても出来ない。
「あと一ミリ」の所で「わざと」成長を止めてしまって、何ヶ月も苛め続けるとか。
「まだ伸びないから」と復讐のために、気が済むまで「成長を止めておく」技は使えない。
(…なんだか残念…)
前と同じに器用だったら出来たのに、と溜息をついて、気が付いた。
今の自分には出来ない芸当、「此処で」と「わざと」止める成長。
それが出来ないなら、もしかして…。
(…ぼくって、成長を止められない…?)
前の自分と同じ背丈に育った後にも、まだ育つとか。
もっと背が伸びて大きくなるとか、大人びた顔になるだとか。
(…前のぼくの顔は、充分、大人…)
それよりも大人になってゆくなら、ハーレイのような年になるかもしれない。
ハーレイどころか、ゼルやヒルマンくらいになるまで「育つ」とか。
(……それは育つって言うんじゃなくて……)
老けると表現すべきだろう。
成長を「自分の意志で止められない」なら、今の自分は「老ける」のだろうか。
(ぼくが老けたら…)
ハーレイとの恋はおしまいだろうか、ほんの束の間の「復讐の時」が終わったら。
「老けたブルー」を、ハーレイは捨ててしまうだろうか…?
(…ハーレイだったら、一緒に老けてくれそうだけど…)
きっとそうだと思うけれども、「苛めた後」なら「苛め返されて」…。
(……ぼくの方が先に老けてしまうまで、わざと成長を止めて……)
「お前、老けたな」とハーレイは笑うかもしれない。
「俺の方がまだ若いようだが」などと、「苛められた時」の仕返しで。
(それは困るから…!)
復讐はやめておこうと思う。
成長は「止まる」と思いたいけれど、止まらなかったら大変だから。
ハーレイと一緒に老けてゆく時に、「老けたな」と仕返しされそうだから…。
ぼくが老けたら・了
※育ち始めたら、ハーレイに復讐しようと思ったブルー君。「キスはまだ駄目」と。
けれど不器用すぎる今のサイオン。万一、老けてしまったら…。心配になったみたいですv
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