(今日も、あいつはチビだったわけで…)
まだまだ当分、チビってもんだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家へと出掛けた休日の夜に、いつもの書斎でコーヒー片手に。
今日も懲りずにキスを強請っていたブルー。
「ぼくにキスして」と、チビのくせに。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれどブルーは、前の姿を「何処かに置いて来てしまった」。
青い地球の上に生まれ変わる時に、多分、天国の片隅にでも。
「今のブルーには、まだ要らない」と神が思ったか、それとも神の気まぐれなのか。
十四歳にしかならないブルーは、前の生で初めて出会った頃と同じに子供。
中身の方は、前のブルーとは、まるで全く違うのだけれど。
前のブルーは、心も身体も成長を止めていた姿とはいえ、アルタミラの地獄を過ごした後。
だから「不幸」を嫌と言うほど味わった子供。
対して今のチビのブルーは、「幸せ」だけしか知らないような暮らしぶり。
平和な青い地球に生まれて、血が繋がった本物の両親までがいる。
暖かな家もあれば、友達と過ごせる学校もあって。
見た目は同じ姿だとはいえ、あれほど中身が違えば別人。
そんなブルーが愛おしいけれど、再会した日から、少しも育ちはしない。
一ミリさえも伸びない背丈。
顔も愛らしい子供のまま。
(あいつは、それが不満なんだが…)
何も急いで育たなくても、と何度思ったか分からない。
今のブルーには「幸せな時間」がたっぷりとあって、子供時代を満喫する日々。
前の生では「忘れてしまって」、何も記憶が無かった頃を。
成人検査と過酷な人体実験、それがブルーから「奪い去ったもの」。
養父母でも「親」はいた筈なのに、育った家もあっただろうに。
どちらも、前のブルーは「覚えていなかった」。
その分、今を存分に楽しんで欲しいと思う。
何十年でもチビの子供でかまわないから、育ち始めるまで気長に待つから。
俺は何十年でも待てる、と思う「ブルーが育ってくれる日」。
前のブルーと同じに育って、文字通りに「帰って来てくれる日」を。
遠く遥かな時の彼方で、メギドへと飛んで二度と戻らなかった人。
前の自分が失くしたブルーが、いつか帰って来てくれる時を。
(俺はいくらでも待てるんだが…)
ブルーは不満たらたらだよな、と思い出す、今日の膨れっ面。
「キスは駄目だ」と額を指で弾いてやったら、毎度のように見事に膨れてしまったブルー。
こちらも、その度に「フグだ」と可笑しくなっては、膨れた頬を手で潰しもする。
両手でペシャンと潰してやったら、「ハコフグ」になってしまうから。
(何度やられても、懲りないのがなあ…)
チビの証拠というヤツだよな、とクックッと漏らす笑い声。
「いつまでチビの子供なのやら」と、「俺は少しもかまわないが」と。
今のブルーの、愛らしい姿も気に入っている。
声変わりしていない高い声だって、「いいじゃないか」と聴いてもいる。
だから何十年でも「チビのブルー」で育たなくても、きっと困りはしないだろう。
ブルーの方では、もはや膨れっ面では済まない状態でも。
キスを断ったら「ハーレイのケチ!」と叫ぶどころか、「ドケチ!」になっていようとも。
(…ドケチの次は何なんだろうな?)
まさか「ハーレイのバカ!」が「馬鹿野郎!」になりはしないと思う。
「ボケ」とか「たわけ」にもならないだろう。
(…罵詈雑言を言うにしたって、チビなんだから…)
自ずと限界があるのだろうし、そうそう酷い言葉は出て来ない筈。
元は「前のブルー」なのだから。
「ソルジャー・ブルー」だった頃のブルーは、「ボケ!」と叫びはしなかった。
「馬鹿野郎!」にしても聞いてはいないし、そういった語彙は「今のブルー」でも…。
(…何処かで調べて来ない限りは…)
まず言わないから、何とでも罵ってくれればいい。
育たないせいでキスを断られて、「ハーレイのケチ!」の次は「ドケチ!」と。
何処かで調べて来たのだったら、精一杯に「たわけ!」とでも。
それでいいな、と思うのだけれど、いつまで待てばいいのだろう。
今のブルーが育ち始めたら、後は順調だろうけれども…。
(…前のあいつが、あの姿に育つまでの間を…)
ハッキリ覚えちゃいないからな、と零れる溜息。
前の自分は、それどころではなかったから。
白い鯨ではなかった頃の「シャングリラ」を指揮した、キャプテン・ハーレイ。
キャプテンの前は厨房だったし、それはそれで忙しくもあった。
厨房時代は「フライパンで」皆の命を守って、飢え死にしないよう気配りの日々。
キャプテンになったら「船を」動かし、同じに守った仲間たちの命。
そんな日々では、ブルーが「育ってゆく」のを見守ってはいても…。
(成長記録をつけちゃいないし、うろ覚えで…)
何年かかって「あの姿」になったか、まるで根拠がない始末。
「このくらいだろう」という大雑把なものしか、前の自分は覚えていない。
それでは全くアテにならない、「ブルーが育つための」年数。
(第一、今度も当て嵌まるのか…)
其処が分からん、と思いもする。
前のブルーと今のブルーは、「育つ環境」が違いすぎるから。
栄養状態はもちろんのことで、ブルーを取り巻く世界だって違う。
前よりも「早く」育つ可能性もあるし、その逆だということだって。
「急いで大きくなる」必要など、今のブルーには「無い」だけに。
(…分からんな…)
育ち始めてみないことには…、と思った所で、ハタと気付いた。
今のブルーと、前のブルーの「大きな違い」に。
(…今のあいつは、サイオンが酷く不器用で…)
前と同じにタイプ・ブルーなのに、サイオンなんかは「無い」かのよう。
思念波もろくに紡げないほど、今のブルーは「ミュウらしくない」。
今の時代は、人間は全てミュウなのに。
誰もが自然に成長を止めて、若々しい姿を保つのだけれど…。
(今のあいつは、成長を止めることが出来るのか?)
あの不器用なサイオンで…、と思い返すブルーの「不器用っぷり」。
思念波も駄目なら、サイオンで物を動かすことも出来ない。
もしかしたら、今のブルーのサイオンでは…。
(…前のあいつと同じ姿で、成長を止めておくことは…)
出来ないのではないだろうな、と背筋がゾクリと寒くなる。
もしもブルーが育ち始めた時、「成長を止める」サイオンが働かなかったら…。
(前のあいつと同じ姿になった後にも…)
ブルーは「成長し続けてゆく」。
前のブルーが成長を止めた、「最もサイオンが強そうな時」を過ぎた後にも。
もっと背が高く伸びてゆくのか、大人びた顔になってゆくのか。
(そのくらいなら、まだいいんだが…!)
俺のような年になったりするのか、と愕然とさせられた「恐ろしい未来」。
ブルーの成長が「止まらなかったら」、どうなるのかと。
今の自分のような中年、そういう姿を迎えるブルー。
それを過ぎたら、今度は「老けてゆく」ブルー。
サイオンで成長を止められないなら、かつての「人類」のような速さで。
気付けば、ゼルやヒルマンのような外見になってしまうまで。
(アッと言う間に老けちまって…)
それでもブルーは「ミュウ」なのだから、老けた姿で何百年も生きるのだろう。
とてもブルーとは思えない姿に成り果てていても、その姿で。
(…あいつが老けるようなことになったら…)
俺も一緒に老けるまでだが、と思いはしても、それは悲しい。
ブルーには「ブルーであって欲しい」し、前のブルーのままがいい。
とはいえ、それが出来ないのなら…。
(…俺も一緒に老けちまって、だ…)
あいつに似合いのジジイになるさ、と括った腹。
「ブルーがジジイになると言うなら、俺もジジイになればいいよな」と。
それで似合いのカップルだろうし、きっと仲良く暮らせそうだけれど…。
(…あいつと俺がジジイになるのか…)
それよりはチビのあいつと俺の方が…、と思いもする。
いつまで経ってもブルーがチビでも、罵詈雑言を投げ付けられても。
「ハーレイのケチ!」が「ドケチ!」に変わって、「たわけ!」と怒鳴り飛ばされても。
チビのブルーなら、前の自分も知っているから。
前の自分も「見たことがない」老けたブルーよりは、チビのブルーが良さそうだから…。
あいつが老けたら・了
※ブルー君が「育たない」件はともかく、育ち始めて成長が止まらなかったなら…。
ハーレイ先生も一緒に老けるそうですけど、ジジイよりは「チビのブルー」がお好みv
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