(…今日は流石に…)
疲れたかもな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
いつもよりも長引いてしまった会議。
そうなるだろうと思っていたから、覚悟はしていたのだけれど…。
(もうちょっと、結論というヤツをだな…)
早く出せていたら、もっと早くに終わったんだ、と傾ける愛用のマグカップ。
会議の中身は、生徒の指導方法について。
遅刻が多い生徒をどう扱うか、というようなこと。
「一度くらいは追い返せ」との意見もあれば、「気長に待とう」という声も。
生徒の自主性に任せるべきか、強制的に指導をするか。
場合によっては「親を呼び出し」、生徒も交えて面談だとか。
「それは可哀相だ」と言う者もあれば、「そうするべきだ」と乗り気の者も。
(……俺は、自主性に任せてやりたい方で……)
ああいうヤツらは、言っても聞きやしないんだから、と分かっている。
その場では「ごめんなさい」と言おうが、「すみません」と頭を下げようが。
しおらしく詫びを入れて来たって、次の瞬間には「忘れている」もの。
なにしろ若くて、ヤンチャ盛りの生徒たち。
(…教師も、分かっちゃいるんだが…)
それでも「指導をしたい」性分の者だっていれば、逆の者だって。
教師も生徒と同じに「人間」、いろんなタイプがいるだけに。
(ああだこうだと、話が長引くばかりでだな…)
結局、最後は「このままで」となるんじゃないか、と思い返してみる会議の結論。
意見は二つに分かれたままで、どちらも「頷ける」所があるもの。
それだけに「このまま様子を見よう」と纏まって終わった、長かった会議。
(今日までに、何回やったことやら…)
あの手のヤツを、と疲れもする。
身体は疲れていないけれども、頭だけが。
やってられんな、とコーヒーを一口、それから座ったままで大きく伸び。
「疲れちまった」と肩をコキコキやってもみて。
(…俺には向いていないんだよなあ…)
結論が出せない会議ってヤツは、と首もゆっくり回してみる。
同じに長引く会議にしたって、もっと実りのあるものだったら、疲れないのに。
山ほどの議案を片付けようとも、参考資料が山と積まれようとも。
(まったく…)
ブルーの家にも寄り損なった、と残念な気分。
こんな具合に疲れていたって、ブルーに会えたら、疲れなんかは吹き飛ぶのに。
けれど、遅い時間になったら「寄って帰れない」ブルーの家。
ブルーの両親にも悪いだろうと、真っ直ぐ帰って来るしかない。
(…風呂に入って、寝るとするかな…)
疲れた時は、そいつが一番、と考える。
バスタブにたっぷり熱い湯を張って、身体を沈めて寛ぐひと時。
上がったら身体をタオルで拭いて、濡れた髪もザッと乾かしてから…。
(ベッドに入って、後はぐっすり…)
寝れば疲れも取れるってモンだ、と「風呂にするか」と立ち上がりかけて気が付いた。
「前の俺は、こうじゃなかった」と。
とても風呂など入れはしなくて、寝るどころでもなかったのだ、と。
(…どんなに疲れていてもだな…)
休めない夜が、幾つあったか。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイと呼ばれた頃は。
前のブルーと恋人同士で、白いシャングリラで過ごした頃は。
(…シャングリラで、何か起こったら…)
それを解決するのがキャプテン。
機関部で起こったトラブルだろうが、農場などのシステムの故障だろうが。
その問題が「片付くまでは」取れない「休み」。
一日の間に片付かなければ、何日だって続いてゆく。
「疲れちまった」と思ってはいても、ゆっくり休めはしなかった夜が。
そうは言っても、前の自分も「一人の人間」。
不眠不休で生きていられるわけもないから、「休み」は取れる。
トラブルが解決しないままでも、「すまんが、今日はこれで帰る」と引き揚げて。
キャプテンの部屋に戻るふりをして、前のブルーがいた青の間へと。
(休んでいる俺に、緊急以外の連絡などは…)
まず来ないのだし、それに備えて「青の間の方にも」届くようにしてあった通信。
何処で「出たか」は分からないよう、ブルーがサイオンで細工をして。
(その連絡が、いつ来るんだか…)
分からないだけに、ゆっくり休むなど夢のまた夢。
どんなに疲れ果てていようと、風呂は「さっさと」入るもの。
バスタブにのんびり浸かっていないで、シャワーだけで済ませる日も多かった。
「ここでゆっくり浸かれたらな…」と、空のバスタブを眺めはしても。
ブルーが張った湯が「熱いままで」其処に満たされていても、入らなかった。
入ってしまえば、捕まる誘惑。
「もっと浸かっていたい」という風に。
そしてウッカリ浸かろうものなら、瞬く間に過ぎてゆく時間。
シャワーだけなら直ぐに済むのに、バスルームを出たら一時間近く経っていたりと。
(そいつはマズイし…)
入っては駄目だ、と自分自身を戒めた風呂。
シャワーは良くても、バスタブの方は「今は駄目だ」と、眺めるだけで。
入れば、疲れが取れるだろうに。
熱い湯で身体をほぐしてやったら、きっと極上の睡眠さえも取れる筈。
けれども、それは「許されはしない」。
キャプテンが「風呂でのんびりしている間」に、連絡が入りかねないから。
「来て下さい!」という連絡だったら、駆け付けるのが遅れるから。
(…前のあいつと、同じベッドで寝てる分には…)
起き上がって「飛び出してゆけばいい」だけ。
連絡が入りそうな時には、添い寝だけしかしていないから。
パッと起き出して、キャプテンの制服に袖を通して、駆けてゆくだけ。
(…風呂にも入れなかったってか?)
前の俺は…、と「如何に忙しかったか」を思う。
それに「余裕が無かった」ことも。
今の自分なら、たかが会議で「疲れた」だけでも、直ぐに「風呂だ」と考えるのに。
「ゆっくり浸かって、寝ればいいな」と。
そして実際、「そうしている」。
今も立ち上がって、「風呂にしよう」とバスルームに行こうとしたように。
思いがけずも、足が止まったけれど。
(……うーむ……)
たかが風呂だが、と思いはしても、「入れなかった」キャプテン・ハーレイ。
前の自分は、何度バスタブを「眺めるだけ」で終わっただろう。
空のを、あるいは熱い湯が満たされたバスタブを。
(今だと、疲れちまった時には…)
風呂に入るのが当たり前で…、と驚きながらも、後にした書斎。
飲み終えたコーヒーのカップを手にして、まずはキッチン。
風呂の前には、カップを洗っておかなければ。
(…こうして洗って、拭いてだな…)
棚に入れたら、バスルームにゆく。
バスタブに熱い湯を満たす間に、洗面台で歯を磨いたりもして。
「そろそろだな」と覗き込んだら、バスタブにたっぷり満ちた熱い湯。
それに湯気だって、「いい湯加減ですよ」と言わんばかりに押し寄せて来た。
「どうぞ、ゆっくり入って下さい」と、待ってくれているバスルーム。
それからバスタブ。
(よし、風呂だ!)
これで疲れが取れるってモンだ、と早速に服を脱ぎ落してゆく。
風呂に入るのに服は不要で、後はのんびり浸かるだけ。
熱いシャワーで身体をザッと洗ったら。
石鹸で軽く洗い終わったら、身体を伸ばして、あの熱い湯に。
思った通りに、「いい湯加減」。
手を、足をゆったりと伸ばせる大きなバスタブ、もうそれだけで疲れが取れる。
「疲れちまったな」と思った気分も、何処かに消えて。
「今日は疲れたが、明日はいい日になるだろうさ」と思いもして。
(……たったこれだけのことなんだがな……)
俺はバスタブに浸かっただけで…、と手で掬ってみる湯。
今の自分は「いつでも好きに」浸かれるバスタブ。
(…本当に、ただの風呂なんだが…)
なんとも贅沢な代物だよな、と身体を伸ばして、笑みを浮かべる。
「いい湯だよな」と、「今だからだな」と。
今の平和な地球に来たから、こうして風呂に浸かれもする。
「疲れた時には、風呂だ」と自然に思うくらいに。
思い付いたら、本当に直ぐに浸かれる風呂。
ただ「いい湯だな」と思いながら。
「明日はいい日になるだろうさ」と、今日の疲れは、もう忘れ果てて…。
疲れた時は・了
※疲れた時には、お風呂に浸かってリフレッシュ。それがハーレイ先生ですけど…。
キャプテン・ハーレイだった頃には、浸かれなかった日も沢山。贅沢なバスタイム。