(…英雄かあ…)
いろんな英雄がいるんだけどね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイが学校で教える古典の世界。
遥かな昔の小さな島国、日本と呼ばれていた頃の古典。
それを開けば英雄が大勢、彼らを巡る伝説だって。
(…日本の中だし、スケールは大きくないけれど…)
東洋の端っこにあった島国からでは、世界帝国などは築けない。
ギリシャから東へ遠征し続け、行く先々で都市を築いたアレクサンダー大王のようには。
彼が落とした国に置かれた、彼の名前を冠した都市。
名前そのままに「アレクサンドリア」で、その名の都市は幾つもあった。
地続きだったから出来た遠征、遥か東へ、もっと東へと。
ギリシャを出発して陸を伝って、エジプトを落として、更に東へ。
(川を渡るには、船にも乗って行っただろうけど…)
それでも渡ってゆく先の土地は、ギリシャから「続いている」大陸。
きっと「世界」は広かった。
アレクサンダー大王が幼い頃から見聞きした世界、それは途方もなく広いもの。
ギリシャから東に進んで行っても、世界の果てに辿り着くのは難しい、と。
だから目指した世界征服。
自分の力で何処まで行けるか、どれほどの領土を手に出来るのか。
文字通り「果てが見えない」帝国、それを築こうと旅立ったのがアレクサンダー大王。
志半ばで倒れたけれども、彼の名前は広く知られた。
彼が築いた「アレクサンドリア」は、後世にまでも残ったから。
「アレクサンダー大王が築いた町だ」と、誰もが知っていたのだから。
大王は、とうにいなくなっても。
遠征した先で命を落として、其処に凱旋して来なくても。
世界帝国を目指した、最初の王者。
「大王」と呼ばれたアレクサンダー。
後に一大帝国を築いたローマ、その皇帝たちからも尊敬された偉大な王。
彼のような英雄は、日本からは出て来なかった。
英雄の数は多いけれども、活躍した場は日本の中だけ。
海を越えての大遠征を繰り広げるには、あまりにも小さかった国。
「自分なら出来る」と思い込んだ挙句に、出兵した人物もいたけれど…。
(…どれも負け戦…)
彼らは英雄になれはしないで、逆に国力を失っただけ。
日本にはいない、世界帝国を立派に築き上げた英雄。
(島国だから、仕方ないけれど…)
同じ島国でも、イギリスの方は頑張った。
「大英帝国」と称されたほどに、海を渡って、領土を広げて。
けれども一人の力ではなくて、何代もかかって築き上げた国が大英帝国。
やはり島国から「広い世界」を相手にするのは、難しいのに違いない。
よほどの英雄が生まれない限り、そんなことは出来はしないのだろう。
(日本の中だけで、英雄になるのが精一杯…)
小さな器に相応しく。
東洋の端の小さな島国、其処に似合いの英雄たち。
海を越えての戦いなどには挑むことなく、日本の中だけで名を上げていった。
後世まで語り継がれるように。
古典の中にも名前が残って、今の時代も忘れ去られてはいない英雄。
世界帝国を築かなくても、日本だけでの英雄でも。
(だけど、一人だけ…)
いたんだっけね、と気が付いた。
一大帝国を築いた英雄、その人物と結び付けられた人が。
日本から海を渡って行った末に、皇帝になったと伝わる人が。
(…源義経…)
壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼし、武士の時代の幕を開けたのが義経だった。
けれど、凄すぎた彼の功績。
様々な戦法で戦い続けて、見事に平家を打ち破ったのに…。
(…実のお兄さんに、疎まれちゃって…)
自分が追われる身になった。
言いがかりのような理由をつけられ、「敵」として。
「義経を殺せ」と、追討令まで出されて。
殺されたのではたまらないから、義経は懸命に北へ逃れた。
幼かった頃に助けられた国、奥州の藤原一族を頼って。
ようやくのことで逃げ込めたけれど、時代は味方してくれなかった。
彼を匿い、守ろうとしていた一族の長が代替わりして。
跡を継いだ者が、「義経を殺す」側に回って。
(それで、死んじゃったんだけど…)
義経は実は死んではいない、という伝説が生まれて来た。
「もっと北へと落ち延びたのだ」と、「義経は生きて北に逃げた」と。
奥州の奥の奥まで逃れて、海を渡って北海道へ。当時は蝦夷地と呼ばれた場所へ。
そればかりか、中国大陸にまで行ったという。
其処でモンゴルの初代皇帝、チンギスハンになったのだ、とも。
(チンギスハンなら、世界征服…)
そのために戦い続けた英雄。
東へ、西へと兵を進めて、広げていった自分の領土。
義経は彼と結び付けられて、まことしやかな噂が囁かれた。
「チンギスハンは、義経なのだ」と、「だから皇帝になれたのだ」などと。
もちろん伝説、根拠なんかは何処にもない。
義経とチンギスハンは別人、その証拠ならば揃うけれども。
「絶対に違う」と言えるのだけれど、伝説の中ではそうなっていた。
義経はモンゴルまでも逃げ延び、大帝国を築き上げたのだと。
小さな島国、日本で語り継がれた伝説。
そんなことなど有り得ないのに、義経がチンギスハンだった筈がないのに。
けれど、大勢の人が信じた。
「そうではない」ことが常識になるまで、そういう時代がやって来るまで。
非業の最期を迎えた義経、彼の肩を持つ者は多かったから。
「判官贔屓」という言葉が出来たくらいに、同情する人が多かった。
義経が貰った「判官」の位、それを言葉に織り込んで。
「義経贔屓」と言いはしないで、「判官贔屓」。
それほどなのだし、義経に「生きていて欲しかった」人も大勢生まれた。
衣川では死なずに逃げたと思いたい人が。
(北に逃げるのは正しいから…)
義経は本当に「逃げて生き延びた」のかもしれない。
衣川で死んだと伝わる義経の方は、替え玉か、その辺に転がっていた死体だったとか。
当時の技術では、特定できないDNA。
鎌倉に運ばれた義経の首を、「似ている」と皆が考えたならば、それで幕引き。
本物の義経は、生きて北へと向かっていても。
鎌倉からは遠い奥州、その北の果てや、北海道まで逃げ延びて其処で暮らしていても。
(追手は、南から来るんだものね?)
だから逃げるなら北へ、北へと。
そして実際、其処に残った幾つもの伝説。
「義経は此処まで逃げて来た」とか、「此処から更に北に向かった」とか。
モンゴルに行くのは流石に無理があるのだけれども、チンギスハンにはなれないけれど。
ただ「北の土地で」生きるだけなら、きっと問題なかっただろう。
「義経を殺せ」と命じた兄は、首を眺めて「義経は死んだ」と信じたから。
もう死んだ者を探すだけ無駄で、そうする暇があったなら…。
(政権を固めていかないと…)
今度は自分が危うくなるから、そちらの方で精一杯。
義経のことなど忘れてしまって、鎌倉幕府を盤石のものにしてゆこうと。
そう考えると、「義経は生きていても」いい。
チンギスハンとは別人とはいえ、名も無い人間としてならば。
「義経」の名前は捨ててしまって、鎧も兜も、弓も刀も捨てるのならば。
(…そうなっちゃったら、ただの男の人…)
畑を耕して生きていてもいいし、海で魚を捕ったっていい。
山に入って狩りをしたって、「そうやって生きている」人がいるだけ。
(…本当に生きていたかもね?)
幾つも伝わる伝説の一つ、それが「真実」だったりして。
義経は死なずに北の地で生きて、衣川で死んだと伝わる妻子も生き延びていて。
(生きていたなら、今の時代も…)
その血を引く者がいるかもしれない。
SD体制の時代を経てなお、死の星だった地球が蘇るほどの時が流れても。
義経の血を引いている筈の人は、全く気付かないままで。
記録は残っていないのだから、誰一人として「本当のこと」を知らないままで。
(…ぼくだったりして…)
義経の子孫、と考えてみる。
長い長い時が流れたのだし、義経の血を引いていたって、姿はまるで違うだろう。
色々な血が混ざり続けて、今の自分のような姿ということもある。
その上、アルビノに生まれたのだし、もう「まるっきりの」別人に見えても変ではない。
(…義経の血を引いているなら…)
ぼくの中にも英雄の血が、と手を眺めてみて、ハタと気付いた。
義経の血などは、全く引いていなくても…。
(…前のぼく、英雄だったっけ…)
それも「大英雄」と呼ばれるくらいのソルジャー・ブルー。
メギドを沈めてミュウの時代の礎になった、偉大なソルジャー。
その魂を持っているなら、もう間違いなく英雄だろう。
薄れに薄れた義経の血よりも、よほど英雄に相応しい生まれ。
ちっぽけなチビの子供でも。…前と同じに弱く生まれた身体でも。
(うーん…)
ぼくも英雄だったんだっけ、と考え込む。
中身は確かにソルジャー・ブルーで、誰に訊いても「大英雄だ」と答えるだろう。
義経などより、よほど凄くて、アレクサンダー大王よりも上の筈。
世界帝国を築くどころか、ミュウの時代を築く礎になったのだから。
(…それに比べたら、今のぼくって…)
うんと平凡、と呆れそうなほど、今の自分はチビでしかない。
大きくなっても平凡なままで、ソルジャー・ブルーそっくりに育つだけ。
けれど、その方がきっといい。
英雄よりかは、「ただのブルー」でいる方が。
ハーレイと幸せに生きてゆくなら、英雄などでなくてもいい。
今の自分に似合いの幸せ、それを掴んで生きてゆくのが、きっと最高に幸せだから…。
英雄よりかは・了
※ブルー君が考えてみた英雄。日本には凄い英雄はいない、と。義経もチンギスハンとは別人。
けれど、気付けば前の自分は大英雄。義経の血を引いているより凄いですけど、普通が一番v