(ハーレイ、今日は来てくれなくて…)
次に来てくれるのはいつなんだろう、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事の帰りに寄ってくれるかと思ったハーレイ、前の生から愛した恋人。
首を長くして待ったのだけれど、チャイムは鳴りはしなかった。
門扉の横にあるチャイム。
いつもハーレイが鳴らすチャイムで、その音が聞きたかったのに。
(明日も駄目かも…)
会議があるとか、柔道部の指導が長引くだとか。
ハーレイの帰りが遅くなる理由は幾らでもあるし、そういった日は来てくれない。
学校を出たら、ハーレイの家に帰ってしまって。
途中で寄り道するにしたって、この家には来てくれないで。
(今日も何処かに寄ってたのかな…)
ハーレイの家から近い食料品店とか、あるいは街に出掛けて大きな書店とか。
此処に寄るには遅すぎる日でも、それはハーレイが「そう決めた」だけ。
「お母さんに迷惑かけられないしな?」と、夕食の支度が出来そうにない日は避けるだけ。
ハーレイは自分で料理をするから、大体のことは分かるらしい。
「夕食の支度を始める時間は、この辺り」と。
それを過ぎたら、もう来ない。
父も母も、何度も言っているのに。
「夕食は直ぐに作れますから、いつでもどうぞ」と。
けれどハーレイは固辞してしまって、寄らずに家へ帰ってゆくだけ。
学校の駐車場を後にしたなら、こちらへハンドルを切らないで。
寄り道するには充分な時間、それがあるなら、街の書店に行ったりもする。
今日もそういう日だったろうか、あるいは食料品店に寄って…。
(晩御飯、何を作ろうか、って…)
買い物をして帰ったのかもしれない。
店の籠にあれこれ突っ込んでいって、レジに並んで。
ハーレイが何をしたかはともかく、来てくれなかったことだけは確か。
この家で会ってはいないから。
部屋の窓際に置かれたテーブル、其処で話してはいないのだから。
(次に会えるの、ホントにいつかな…?)
運が良ければ、明日には会える。
ハーレイがチャイムを鳴らしてくれて、母が門扉を開けに出掛けて。
けれども運が悪かったならば、明日もやっぱり会えはしなくて…。
(明後日も駄目で、会えるの、土曜日…)
そうなることも、充分、有り得る。
学校で会議があったなら。…柔道部の指導が長引くだとか、遅くなる理由は幾つでも。
(そんなの嫌だ…)
来て欲しいよ、と思うけれども、どうにもならない。
ハーレイは学校の教師なのだし、仕事が一番。
聖痕を持った生徒の「守り役」とはいえ、そちらを優先したりはしない。
あくまで「仕事が早く終わった日」と、「仕事が休みの週末」と。
この家に来る日は、そういう日だけ。
会議などの仕事を蹴散らしてまでは、来てはくれない。
(…仕事だから、仕方ないけれど…)
それでもやっぱり寂しくなる。
「次に会える日はいつなんだろう?」と考えてしまう。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、窓からは見えもしないから。
隣同士や向かいの家なら、窓からだって手を振れるのに。
朝一番なら、「おはよう!」と。
ハーレイが遅い時間に帰って来たって、「おかえりなさい!」と。
別々の家に住んでいたって、そういう挨拶が出来た筈。
現に自分も、近所の人たちにしているから。
朝、学校へ行く時に会えば、元気に「おはようございます」。
学校からの帰りに会った時には、「おかえり」などと声を掛けられて、「こんにちは!」と。
そんな挨拶さえ出来ない今。
ハーレイの家は遠くにあるから、窓から外を見るだけ無駄。
家さえ隣や向かいだったら、いくらでも手を振れるのに。
(晩御飯、もう済んでいたって…)
ハーレイの車が帰って来たなら、窓を大きく開け放つ。
車がガレージに入ってゆくのを見届けに。
前のハーレイのマントと同じ、濃い緑色をした車。
それが停まってハーレイが降りたら、「おかえりなさい!」と窓から手を振る。
精一杯に、乗り出すようにして。
「ぼくは此処だよ!」と、「今日も元気にしているからね!」と。
そう出来たならば、どんなに嬉しいことだろう。
ハーレイと二人で話せなくても、窓越しに手を振り合えたなら。
「ただいま」とハーレイの声が返って、「早く寝ろよ?」と気遣って貰えたら。
「もう遅いぞ」だとか、「風邪を引くから、窓を閉めろ」だとか。
そう言われたなら、「うん!」と窓を閉めるだろう。
「おやすみなさい!」と挨拶してから、夜風が入らないように。
それでもガラス越しにハーレイを見詰め続けて、今度はハーレイに追い払われる。
「さっさと寝ろ」といった具合に、手が振られて。
そうなった時は首を竦めて、仕方なく窓のカーテンを引く。
もう一度「おやすみなさい」と、心の中で小さく言って。
カーテンを閉めても、隙間から外を覗いたりして。
(…ハーレイが家に入るまで…)
きっと眺めているのだろう。
玄関の扉が閉まった後にも、飽きずに家を見ていそう。
ハーレイが点けてゆくだろう明かり、その順番を追い掛けて。
「リビングかな?」とか、「もう二階?」とか。
明かりは順に点いてゆくから、ハーレイが移動するのが分かる。
「今は一階」とか、「二階に着いたみたい」とか。
けれども、それも今は出来ない。
ハーレイの家が遠すぎて。
どんなに窓から目を凝らしたって、屋根の欠片さえも見えなくて。
(…ハーレイの家が見えたら、寂しくないのにな…)
今と同じに「遊びに来るな」と言われていたって、その家が直ぐ近くなら。
隣や向かいで、窓から眺められるなら。
(ハーレイが帰って来たら分かって、家にいるのも明かりで分かって…)
朝は窓から「おはよう!」と挨拶。
それが出来たら、毎日がとても素敵だろうに。
(でも、出来なくて…)
こうしてハーレイを待っているだけで、「今日は駄目だった」と項垂れるだけ。
「明日は会えたらいいのにな」と、夢見ることしか出来ない自分。
いつもこの家に独りぼっちで、ただ待つだけ。
(…ホントは一人じゃないけれど…)
両親も一緒の家だけれども、会いたくてたまらないハーレイ。
いつかは結婚できるとはいえ、その日がやって来るまでは…。
(ぼくはハーレイを待つしか無くて…)
来てくれなかった日は溜息ばかり。
「次はいつかな?」と考えてみては、「当分、駄目かも」と思ったりもして。
結婚したなら、もう待たなくてもいいと言うのに。
ハーレイが「ただいま」と帰って来る家、それが自分の家になるから。
(おかえりなさい、って玄関に行って…)
笑顔で迎えて、荷物を持ったりもするのだろう。
「これは重いぞ?」と言われても。
持った途端に、本当に重くてよろけても。
(重たいね、って…)
目を丸くしても、きっと荷物は離さない。
「ぼくが持つよ」と頑張って。「リビングでいい?」と、運ぶ先などを訊いて。
いつか、その日がやって来る。
この家で一人で待っていないで、ハーレイの家で待てる日が。
二人で同じ家で暮らして、「おかえりなさい」と迎えられる日。
朝は「おはよう」と挨拶してから、同じテーブルで朝食を食べられる日が。
(結婚したら、そうなるんだけど…)
とても幸せになれるんだけど、と小さな胸を膨らませる。
「お嫁さんだものね?」と、「ハーレイのお嫁さんになるんだから」と。
そうするためには結婚式で、ウェディングドレスを着るのだろう。
ハーレイの母が着たという白無垢、そちらにも心惹かれるけれど。
(どっちも、真っ白…)
純白の花嫁衣裳を纏って、ハーレイと挙げる結婚式。
それが済んだら新婚旅行で、二人で宇宙へ出掛けてゆく。
今の自分は地球にいるけれど、その青い星を「宇宙から見た」ことが無いから。
前の生で最後まで焦がれ続けた、地球の姿を見ていないから。
(宇宙船で、地球を一周する旅…)
衛星軌道を何周もするのだけれども、言葉の上では「一周」でいい。
窓の向こうはいつだって地球で、青い水の星が見えている筈。
そういう素敵な旅を終えたら、ハーレイの家に二人で帰って…。
(ハーレイが仕事に行っている間は、ぼくが留守番…)
本を読んだり、時には買い物に行ったりもして。
ハーレイが「ただいま」と帰って来るのを待ちながら。
(ホントに幸せ…)
それに楽しみ、と今との違いを思ってみる。
同じ「ハーレイを待つ」にしたって、まるで違った日々になる。
ハーレイの家が向かいにあるより、ずっと幸せ。
隣同士で住んでいるより、遥かに、もっと。
同じ家に二人で暮らすのだから、もう何もかもが違ってくる。
「来てくれなかった…」と溜息なんかは、零さなくてもいいのだから。
ホントに素敵、と思ったけれど。
早くその日が来ればいいのに、と考えたけれど…。
(…ぼくって、まだチビ…)
十四歳にしかならない子供で、結婚できる十八歳は何年も先。
おまけにチビで、前の自分と同じ背丈に育ってさえもいないから…。
(ハーレイはキスもしてくれないし…)
この状態では、プロポーズもして貰えない。
プロポーズが無ければ、結婚に向けての準備は始まりさえしない。
どんなに夢見て焦がれてみたって、前の自分が「青い地球」に焦がれていたのと同じ。
(地球までの道はうんと遠くて、いつ着けるのかも分からなくって…)
それに比べればマシだけれども、結婚はいつか出来るのだけれど…。
(……先は長いよね……)
まだまだ先だ、と零れた溜息。
幸せな日々を迎えるまでには、まだ待たないといけないから。
その日は必ず訪れるけれど、今の自分には、遠すぎて手が届かないから…。
先は長いよね・了
※ハーレイ先生が来てくれなかった、と溜息をつくブルー君。いつも一人で待つだけの日々。
結婚したなら、同じ「待つ」のでも、まるで変わって来ますけど…。まだまだ先v