(今日はハーレイ、来てくれなくて…)
ハーレイの授業も無かったんだよね、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
学校で挨拶はしたのだけれども、それだけで終わってしまった今日。
ハーレイとゆっくり話せはしなくて、恋人同士の会話も出来ないまま。
(明日もハーレイの授業は無いし…)
授業がある日は明後日だなんて、とガッカリな気分。
けれど、其処まで授業が無くても、学校ではきっと会えるだろう。
運が悪くさえなかったら。
(…運が悪くて会えなくっても…)
明後日になれば教室で会える。授業をしに来たハーレイに。
それに週末がやって来たなら、今度はもっとゆっくり会える。
(予定があるって聞いてないから…)
土曜も日曜も、ハーレイは来てくれる筈。
仕事の帰りに訪ねて来る日は、何の予告も無いのだけれど…。
(土曜と日曜は、ママが張り切って準備するから…)
用意が無駄にならないようにと、来られそうにない時は予告がある。
「すまん、今度の土曜は駄目だ」とか、「日曜日は予定が入っていてな」とか。
それを全く聞いてはいないし、ハーレイはきっと来てくれる。
「来られそうにない」と言った時でも、予定が変われば来てくれるのがハーレイだから。
そんな時には、前の夜に通信が入ったりもする。
突然の訪問で母が慌てないよう、「明日はお邪魔させて頂きます」と。
(お昼御飯も、晩御飯も食べて行くんだものね?)
ハーレイにすれば「通信を入れる」のが礼儀といった所だろう。
予定が中止になった時には、当日だったなら「出掛けた方が早い」けれども。
訪ねて来てから、「急にお邪魔してすみません」でいいのだけれど。
週末は大抵、来てくれるハーレイ。
だから今週だって安心、土曜日が来たら、この部屋で二人。
(お茶とお菓子で、のんびり話して…)
昼時になれば、母が昼御飯を届けてくれる。
もう空になったお茶のカップや、ケーキのお皿を片付けて。
(お昼御飯は、ハーレイと二人…)
夕食は両親も一緒にダイニングだけれど、昼御飯の時はハーレイと二人きり。
どんな話をしていてもいいし、本当に幸せ一杯の時間。
(土曜日のお昼、何になるかな?)
パスタだろうか、それともお箸を使って食べる料理だろうか。
まるで想像がつかないだけに、今からとても楽しみではある。
なんと言っても、「ハーレイと二人きり」だから。
両親の姿が其処に無いだけで、特別に思える時間だから。
(ハーレイと二人で食事だもんね?)
ちょっぴり未来を先取りしたよう。
いつかハーレイと結婚したなら、「二人きりで食事」が当たり前になる。
朝食も、夕食もハーレイと。
ハーレイの仕事が休みの時には、昼食だって二人きり。
(…いつもは忘れちゃってるけれど…)
昼御飯を食べている時には、すっかり忘れているのだけれども、後で思えば幸せな時間。
いつか来るだろう未来の先取り、ハーレイと二人きりでの食事。
(食べてるだけで、おしまいだけどね?)
食事の支度も、片付けも母がしているから。
自分もハーレイも料理はしなくて、ただ食べるだけ。
食べ終わった後の食器なんかも、綺麗に洗って拭いたりはしない。
「このお皿は、此処」と棚に片付けることだって。
ハーレイと暮らし始めた後なら、そういったことも必要なのに。
料理をしないと食べられないし、食べた後には後片付けも。
(うーん…)
まだまだ先だ、と残念な気持ち。
ハーレイと二人きりで、「本当の意味で」食事が出来る日は。
自分たちの家で作った料理を、ハーレイと二人で食べられる時がやって来るのは。
(お料理、ハーレイが作るんだよね?)
一人暮らしが長いハーレイは、料理が得意。
凝った料理を作るのも好きだと聞いているから、きっと手抜きはしないのだろう。
「今日は時間が無いからな?」と言っていたって、一工夫。
「これしか作れん」と大皿にドンと盛り付けた時も、もう見るからに…。
(美味しそう、って思うお料理で、美味しそうな匂いがしてて…)
食べる前から心がワクワク躍る筈。
あまり沢山は食べられないのが、自分でも。
ハーレイが「このくらいは食べられるだろ?」と取り分けるのを、「無理!」と止めても。
(おかわりだって出来なくても…)
美味しい料理をお腹一杯に食べて、幸せな気分で「御馳走様」。
まだハーレイが食べているなら、その光景を眺めて楽しむ。
「本当に沢山食べるよね」だとか、「いつ見ても、美味しそうに食べるんだから」とか。
食事する時のハーレイは、傍で見ていても気持ちがいい。
何でも美味しそうに食べるし、「食べるのが好き」というのが伝わって来る。
そんなハーレイと二人きりで食事で、ハーレイも「御馳走様」と言ったら、後片付け。
二人でお皿を運んで行って、お皿に残った海老の尻尾や、魚の骨などは…。
(きちんと捨てて、それから、お皿…)
綺麗に洗って、水気を切るための籠に並べてゆく。
それが済んだら、キュッキュッと拭いて、元の棚へと。
食器洗い機があったとしたって、それよりも二人で洗いたい。
ハーレイが洗ったお皿を拭いてゆくとか、その逆だとか。
きっと幸せに違いないから。
「二人で一緒に暮らしている」のを、実感できる時だろうから。
今はまだ、母に任せっ放しの食事のこと。
ハーレイと二人きりで昼御飯を食べても、用意なんかはしないから。
料理もしないし、運んでも来ない。
ハーレイと二人で暮らしていたなら、料理はハーレイが作るにしても…。
(出来上がったの、ぼくが運ぶよ、って…)
器に盛られたのを、テーブルに運びもするのだろう。
「ハーレイは此処で、ぼくは此処」と、決まった席の所に置いて。
おかわり用のは、テーブルの真ん中に置いたりもして。
(美味しく食べて、食べ終わったら…)
二人一緒に後片付け。
ハーレイが「俺がやっておくから」と言ったとしたって、「ぼくも」と並んで。
洗い上がったお皿をキュキュッと拭いて、棚へと片付けに行って。
(…早く、そういう日が来ればいいのに…)
まだずっと先のことなんだから、と手が届かない未来を夢見る。
チビの間は、その日は来てはくれないから。
前の自分と同じに育って、ハーレイと結婚しないことには。
(まだ何年も先の話で…)
ぼくはまだまだ待たなきゃ駄目、と思った所で気が付いた。
「何年も待つ」ということの意味。
来年は無理で、再来年も無理。
結婚できる年の十八歳を迎えるまでは、どう転がっても出来ない結婚。
(ぼくは十四歳だから…)
十八歳になって直ぐの結婚でも、待ち時間は三年以上もある。
それだけ経たないと来てはくれない、「ハーレイと一緒に暮らせる」未来。
今は全く手が届かなくて、待っているしか無いのだけれど。
そうやって「待っていられる」自分は、いったいどれほど幸せなのか。
「まだ何年も待つ」なんて。
来年は無理で、再来年でも無理なんて。
(…前のぼくには、そんな時間は…)
無かったんだよ、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分に、「待てる時間」は無かったのだ、と。
いつの間にやら失くしてしまって、「残り時間」を数えていた。
「ぼくの命はもうすぐ尽きる」と、「それまでに、誰かに託さなければ」と。
長い年月、守り続けた白い船。
ハーレイが舵を握り続けた、ミュウの箱舟、シャングリラ。
仲間たちの命を乗せていた船を、誰に託せばいいというのか。
自分がいなくなった後には、誰が守ってくれるだろうかと、心を痛めた前の自分。
やっとジョミーを見付けたけれども、その時にはもう無かった「未来」。
夢に見ていた地球は見られず、辿り着けずに死んでゆく。
「地球に着いたら」と前のハーレイと夢見た数々、それを一つも叶えられずに。
ハーレイとの恋を明かすことさえ、ついに出来ずに、たった一人で。
(…それが辛くて…)
悲しくて、何度泣いただろうか。
「ぼくの時間は、じきに無くなる」と、「夢は一つも叶わなかった」と。
そうやって泣いて、悲しみ続けた「未来」が無いこと。
命が尽きてしまうのだったら、あるわけがない「その先の未来」。
ほんの一年先のことさえ、前の自分は思い描けはしなかった。
それまでに命尽きるだろうから、描く未来など持てはしなくて。
(…未来なんか、ぼくにはもう無いんだ、って…)
何度も泣いたソルジャー・ブルー。…時の彼方にいた自分。
けれども、今は「持っている」未来。
ハーレイと二人で生まれ変わって、遥か先まで夢に見られる。
「まだまだ先だよ」と、「来年も、再来年も無理」などと、ずっと先のことまで。
いつか必ず来るだろう日を、ハーレイと二人で暮らせる日を。
前の自分は、一年先の未来さえも持たなかったのに。
それさえ思い描けないままで、いつも涙を零していたのに。
気付けば、自分は「手に入れていた」。
無かった筈の「未来」を、また。
とうの昔に無くなった筈の、「未来を思い描ける」時を。
(…なんだか凄い…)
それに幸せ、と胸がじんわり温かくなる。
ハーレイと二人で暮らせるまでには、まだまだ何年もかかるけれども…。
(ちゃんと、その日が来るんだもんね?)
今のぼくには未来があるから、と浮かべた笑み。
生まれ変わって、今の自分が生きているのは遥か未来へと続く世界。
「未来のある今」が自分の世界で、「まだ何年も先のことだよ」と言えるのだから…。
未来のある今・了
※「まだまだ先だ」とブルー君が思った、ハーレイ先生と二人きりの家で食事をする日。
けれど、何年も先の「未来」。それが無かったのが前の自分。其処に気付けば、今は幸せv