(いかん…!)
これはマズイ、と前方を睨んだハーレイ。
シャングリラのブリッジから見える、大きなスクリーンに映る映像。
船の外部を捉えたもので、刻一刻と船の行く手を皆に知らせてくれるのだけれど…。
他の様々なデータからして、この先は多分、機雷原。
どう避けるかが運命の分かれ目、面舵でゆくか、取舵なのか。
(しかし…)
普通の機雷だったらともかく、思考機雷なら避けるだけ無駄。
あの種の機雷は追尾どころか、船に向かって襲い掛かるもの。
ただし、「シャングリラ」という船にだけ。
人類の敵のミュウの母船を追い掛けるだけで、人類を乗せた船に危害は与えない。
船の乗員が海賊だろうが、軍規違反で逃亡中の軍人だろうが。
思考機雷に搭載された、思念波を拾うサイオン・トレーサー。
アルテメシアを追われた時に初めて出会って、それ以来、ミュウの天敵の機械。
(あれはどっちの機雷なんだ…!)
データを集めさせたいけれども、それをやったら命取り。
シャングリラの主だった機能は全て、「サイオンを使用している」から。
ステルス・デバイスも、サイオン・シールドも、レーダーでさえも。
(サイオン・レーダーの感度を高くしたなら…)
出力を上げるためにと使われるサイオン、思考機雷は「それ」を捉えて寄って来る。
普通の機雷原ならいいが、と主任操舵士のシドに叫んだ。
「面舵いっぱーい!」
「おもかーじ!」
大きく右へと変えられた進路、吉と出るのか、凶と出るのか。
並みの機雷なら、これで遭遇しないで済む。
航路は変更されたわけだし、もうこの先には機雷原など無い筈だから。
けれども、読みは甘かった。
そちらに進路を変えて間もなく、前方に機雷原の反応。
さっきの「アレ」は思考機雷で、移動したのに違いない。
「シャングリラを捕捉した」ものだから。
ミュウの母船を葬り去るべく、その前方へと回り込むのが思考機雷。
(…ワープするか!?)
ワープしたなら、この空間から一気に離脱出来るのだけれど…。
(距離が足りんぞ…!)
ワープドライブを直ぐに起動したって、「直ちに亜空間ジャンプ」は不可能。
転移先の選定に座標設定、その計算にかかる時間も必要。
ついでにワープドライブ自体も、「車のようには」いかないもの。
キーを差し込み、エンジンをかけて、急発進など出来はしなくて…。
(…車だと?)
いったい何を馬鹿なことを、と自分自身を叱咤した。
シャングリラの中には車など無いし、第一、運転したこともない。
現実逃避の最たるもので、「今の状態」から逃げ出したいから、そう考えてしまうだけ。
(落ち着かんか、馬鹿め!)
キャプテンの俺が逃げてどうする、と前方の機雷原を相手に戦う算段。
思考機雷は「追って来る」から、ワープで逃走出来ないのなら…。
「サイオン・キャノン、一斉射撃!」
前方の思考機雷を撃て、と命じた。
「サイオン・キャノン、斉射三連! 撃て!」
シャングリラが放った光の矢たち。
遙か彼方で星屑のように機雷が弾けて、誘爆しているようだけれども…。
いきなり船がガクンと揺れた。
「船尾損傷、シアンガス発生!」
「なんだと!?」
何処からなのだ、と血の気が引くよう。他にも敵が現れたのか、と。
思考機雷が載せたサイオン・トレーサー。
それを頼りに、人類軍の船が急襲ワープで追って来たという所だろう。
「敵艦か!?」
「はい、後方からの攻撃です!」
「艦種識別! 何隻いる!?」
「三隻、全てアルテミス級! 会敵予想時刻まで、あと…」
告げられた数字に愕然とした。
思考機雷を全て叩く前に、後方からの敵と遭遇する。
(どっちと先に戦うべきか…)
敵艦か、それとも思考機雷の群れなのか。
この距離でさえなかったならば、ワープで両方振り切れるけれど…。
(亜空間ジャンプをするだけの余裕は…)
とても無さそうで、出来ることは「全力で戦う」だけ。
このシャングリラの総力を挙げて、サイオン・シールドを強化して。
サイオン・キャノンを撃って撃ちまくって、逃走ルートを何処かに見付けて。
そう考える間に、またも揺れた船。
「機関部に被弾! ワープドライブ、大破!」
「くそっ…!」
他の箇所にも食らった攻撃、被害を拡大させないためには…。
「気密隔壁、閉鎖! ワープドライブは、今は必要ない!」
本当だったら「使いたい」のがワープドライブ。
使えるだけの距離と余裕があるのなら。
けれども最初から無理だったわけで、この状況でワープドライブが大破したなら…。
(逃げられないと気付けば、皆がパニック…)
それは避けねば、と「必要ない」と叫んだだけ。
本当は「それが欲しい」のに。
ワープで此処から逃げられるのなら、誰よりも先にワープを決断したいのに。
なんてことだ、と「打てそうな手」を考える。
このシャングリラが逃げ延びるために、残された手は何があるかと。
(ワープドライブが使えないなら…)
もう文字通りに「戦う」ことしか出来ないだろう。
メインエンジンが被弾する前に、突破口を何処かに作り出す。
(敵艦を落とすか、思考機雷を全部叩くか…)
どっちが早い、と考えるけれど、敵艦は三隻、それも最大のアルテミス級。
思考機雷の群れにしたって、いつも以上の数がある。
どちらを相手に向かって行っても、そう簡単に抜けられるとは思えない。
(これが渋滞だったなら…)
ちょいと横道に入るって手もあるんだが、と思ってはみても、事情が違う。
ズラリ繋がった車の列と、思考機雷やアルテミス級の戦艦とでは。
(どうして車の列になるんだ…!)
それに横道なんぞがどうした、と自分を殴りたい気分。
「現実逃避にも程があるぞ」と、「シャングリラを沈めたいのか!」と。
冷静になるべき場面なのに。
車がどうとか、渋滞だとか、「ありもしないこと」を考えるなどは論外なのに。
(今日の俺は、本当にどうかしてるぞ…)
いくらパニックになったとしても、と情けない。
今の自分の頭の中身が皆に知れたら、船は大混乱だろう。
「もう逃げられない」と、「キャプテンだって、あの有様だ」と。
シャングリラとはまるで無縁な世界の、「車」や「渋滞」を思い浮かべているのだから。
「横道があれば、そっちに入れる」と、夢物語のような解決策を。
(しっかりしろ…!)
思考機雷か、敵艦の方か、と懸命に思考を組み立ててゆく。
車なんぞは頭の中から追い出して。
道路を埋め尽くす渋滞のことも、あれば入りたい横道のことも。
そうして考え続ける間も、敵の攻撃は続いているから、次々と指示を下し続けて…。
(…何処に逃げ道があると言うんだ…!)
これでは見付け出せそうもない、と焦りながらも、「落ち着け」と皆に何度も叫んだ。
「本船はまだ持つ!」と、「諦めるな!」と、被弾する度に。
(本当に、これが車だったら…!)
こんなことにはならないんだが、と思った所で、ハッと「目覚めた」。
明かりを落とした「自分の部屋」で。
夜の夜中に、ぽかりと開いた目。浮上した意識。
(…今のは…?)
俺じゃなかったのか、とベッドの中から部屋をぐるりと見回した。
敵艦などは何処にもいなくて、思考機雷の群れも無い。
第一、ブリッジも、あのスクリーンも…。
(…あるわけがないな、今の時代じゃ…)
シャングリラはもう無いんだった、と気が付いた。
前の自分が指揮していた船、白いシャングリラは広い宇宙の何処にも無い。
あれから遥かな時が流れて、「今の自分」は地球の上にいる。
青く蘇った水の星の上に、かつて自分が目にした時には「死の星だった」地球に。
(…夢だったのか…)
どおりで酷い状況だった、とホッと息をつく。
あのまま行ったら、シャングリラが沈むのは「時間の問題」。
青の間で深く眠ったままだった、前のブルーを逃がせもせずに。
ブルーの所へ駆け付けることも叶わないまま、最期までブリッジで指揮を執り続けて…。
(とんでもない最期になるトコだったぞ?)
前のあいつと心中には違いないんだが、と零れる苦笑。
「しかし、それだと叱られるよな」と、「あいつにも顔向け出来やしない」と。
(夢だったんなら、車も渋滞も、横道のことも…)
俺がブリッジで考えるわけだ、とクックッと一人、笑い出す。
夢が覚めたら「いつもの世界」で、この時間なら小さなブルーもベッドの中。
「この夢をあいつにも話してやろう」と、「あいつだって、きっと面白がるぞ」と…。
夢が覚めたら・了
※キャプテン・ハーレイ、最大のピンチ。もはや「沈む」しか道が無さそうなシャングリラ。
けれど何もかも夢だったわけで、気付けば青い地球の上。本当に「夢で良かった」ですよねv