(ハーレイのケチ…!)
ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが膨らませた頬。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイが来てくれたから、一日、一緒に過ごしたのに。
とても幸せな時間だったのに、今も残って消えない不満。
ハーレイにキスを強請ってみたのに、断られたから。
「ぼくにキスして」と頼んだ途端に、「駄目だ」と額を指で弾かれた。
キスの代わりに、額をピンと。
(そんなに痛くはなかったけれど…)
酷いと思ってしまう恋人。キスはくれずに、指で額を弾くだなんて。
その上、ジロリと睨まれた。
「キスは駄目だと言ってるよな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
それまでの笑顔は消えてしまって、眉間に皺まで。
腕組みをして睨むハーレイの顔は、まるで厳しいキャプテンのよう。
(シャングリラのブリッジで、ああいう顔をしていた時は…)
船の舵をキャプテン自ら握って、背筋を伸ばして立っていた時。
「他の者になど任せられるか」と、何時間でも、ただ一人きりで、立ちっ放しで。
(あんな頃とは比べられないほど、うんと平和になったのに…)
ミュウしかいない世界に来たのに、二人で生まれ変わって来たというのに、睨むハーレイ。
恋人の自分を捕まえて。
キスが欲しいと頼んでいるのに、「駄目だ」と冷たく断って。
(……分かってるけどね……)
そうなるだろうということは。
ハーレイが決めた決まりは絶対、チビの間は貰えないキス。
前の自分と同じ背丈になるまでは。
そっくり同じ姿に育って、ハーレイの家にも「行ってもいい」と許可が出るまでは。
ちゃんと分かっているのだけれども、諦められない「ハーレイのキス」。
頬や額へのキスとは違って、恋人同士の唇へのキス。
それが欲しいから、強請ってしまう。
「ぼくにキスして」と、「キスしてもいいよ?」と、キスをくれない恋人に。
何度叱られても、指で額を弾かれても。
睨み付けられても、もっと酷い目に遭わされても。
(…今日は大丈夫だったけど…)
苛められてしまう時だってある。
キスを断られて膨れていたら、頬っぺたをペシャンと潰される時。
あの褐色の大きな両手で、膨らませていた頬を容赦なく。
(ペシャンと潰して、「ハコフグだな」って大笑いして…)
とても楽しそうに笑うハーレイ、「今のお前は、ハコフグだぞ」と。
恋人の顔を潰して苛めて、おまけにハコフグ呼ばわりまで。
本当に酷い恋人だけれど、それでも好きでたまらない。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
嫌いになるなど有り得ないから、どんな目に遭ってもハーレイが好き。
苛められても、睨み付けられても、「キスは駄目だ」と叱られても。
(本当に好きでたまらないから…)
欲しくなるのが唇へのキス。
前の自分が幾つも貰って、ハーレイと交わした甘い口付け。
あれが欲しくてたまらないのに、一度もくれないものだから…。
(我儘だって言いたくなるよね?)
いくら「駄目だ」と叱られても。
キスは貰えない決まりがあっても、「そうだよね」と素直に聞きたくはない。
ハーレイが勝手に決めた決まりで、何の相談も無かったから。
いきなり「こうしろ」と告げられただけで、意見など聞いて貰えなかった。
「お前は、まだまだチビだからな」と、「子供の間は、大人の言うことを聞くもんだ」と。
せっかくハーレイと巡り会えたのに、作られてしまった「酷すぎる決まり」。
どんなにキスを強請ってみたって、許してくれない酷い恋人。
それでは不満が募る一方、だから我儘をぶつけてしまう。
頭では「無理だ」と分かっていたって、「ぼくにキスして」と。
頼むよりかは誘った方が、と思った時には「キスしてもいいよ?」。
いったい何度ぶつけただろうか、「キスが欲しい」という我儘を。
何度ハーレイに断られたろうか、指で額を弾かれたりして。
(だけど、諦めないんだから…)
頑張るもんね、と諦めるつもりは「まるで無い」。
ハーレイが断り続けるのならば、こちらも強請り続けるだけ。
頼んで駄目なら「誘う」までだし、あの手この手で重ねる努力。
「チビの間はキスはしない」と言わせていないで、ハーレイがキスしたくなるように。
(だって、恋人同士なんだもの…)
キスのその先のことは無理でも、キスくらいなら大丈夫。
母が扉をノックしたなら、離れればいいだけのことだから。
パッと離れてしまっていたなら、母はキスには気付きはしない。
少しくらい頬が染まっていたって、耳がちょっぴり赤くったって。
(ママ、そんなトコまで見てないもんね?)
母の注意は、テーブルの上に向いているから。
昼食のお皿は綺麗に空になっているのか、料理は口に合ったのか。
お茶やお菓子の時だって同じ、「お茶のおかわりは如何?」と訊いたりもして。
(そっちの方しか見ていないから…)
ハーレイとキスを交わしていたって、母にバレたりすることはない。
もう絶対の自信があるから、我儘一杯に強請ってしまう。
「ぼくにキスして」と、今日みたいに。
ハーレイに何度断られたって、諦めないで。
苛められても、額を指でピンと弾かれても、懲りたりせずに。
ハーレイが眉間に皺を寄せても、腕組みをして睨み付けていたって。
我儘なのだと分かってはいる。
ハーレイが一人で決めたことでも、決まりは決まり。
(そういう決まりで、そういう約束…)
どんなに言っても、きっと変わりはしないのだろう。
今の自分はチビの子供で、もう「ソルジャー」ではないのだから。
(ぼくがソルジャーだったなら…)
ハーレイに命令すれば良かった。
ソルジャーとしての命令だったら、ハーレイは「否」と言えない立場。
船を預かるキャプテンとはいえ、その上に立つのが「ソルジャー」だから。
ソルジャーが決めて命令したなら、逆らえないのがキャプテンだから。
(だけど、前のぼく…)
一度もそうはしなかった。
前のハーレイに、頭ごなしに命令などは。
ハーレイばかりか、他の誰にもやってはいない。
ソルジャーだったら、何を言おうが、皆が従っていたのだろうに。
どれほど勝手な命令だろうが、我儘の塊みたいになって「こうだ」と言い張ろうが。
(前のぼくなら、どんなことでも…)
やろうと思えば好きに出来たし、それだけの力を持ってもいた。
白いシャングリラがあったとはいえ、やはり「ソルジャー」は必要なもの。
船の仲間だけでは守り切れない時が来たなら、戦える者はただ一人だけ。
ソルジャーだった自分だけだし、何かと厚遇されていた。
船の中で採れた色々な作物、それが優先で届くとか。
(他のみんなは少しだけでも…)
ソルジャーにだけは、たっぷりの量。
皆の気持ちは嬉しかったけれど、そのまま貰いはしなかった。
「ぼくは少しで充分だから」と取り分けた後は、「子供たちに」などと渡していた。
どんな時でも独占しないで、船の仲間を思っていた。
「ソルジャーだからこそ」我儘も言わず、不平も不満も言いはしないで。
そうやって生きた前の自分。
ただの一度も、我儘などを言ってはいない。
前のハーレイにも「命令」しなくて、穏やかに微笑み続けただけ。
ソルジャー・ブルーの長い人生に、「我儘」というものがあったとしたら…。
(……あの時だけ……)
前のハーレイにだけ「本当のこと」を伝えて、一人きりでメギドへ飛んで行った時。
死にに行くのだと皆に知れたら、止められるに違いなかったから。
あそこで「ソルジャー・ブルー」を止めたら、ミュウの未来が無くなるから。
(…船のみんなには、うんと迷惑かけちゃった…)
白いシャングリラは守れたけれども、ソルジャー・ブルーを失った船。
誰もが心細かったろうし、前のハーレイは言わずもがな。
(…前のぼくの我儘は、あの一度だけ…)
他には思い付きもしないし、きっとやってはいないのだろう。
我儘放題の「チビの自分」とは反対に。
たかがキスくらいでプウッと膨れる、我儘な自分とはまるで違って。
(…今のぼくだと、ホントに我儘…)
我儘すぎだ、と思うけれども、ハーレイの気持ちはどうだろう?
今日もジロリと睨まれたけれど、「キスは駄目だ」と叱られたけれど。
(我儘なんかは一度も言わずに、みんなのことだけ思ってたぼくと…)
チビで我儘放題の自分と、ハーレイはどちらが好きなのだろう?
前の自分のただ一度きりの我儘のせいで、ハーレイは全てを失った。
生きる望みも、心の底から愛した人も。
おまけに、前の自分の「遺言」。
それに縛られ、深い絶望と孤独の中でも、地球まで行くしかなかったのだから…。
(今の、我儘なぼくの方が…)
ハーレイにはずっといいんじゃないの、と浮かべた笑み。
我儘放題のチビだけれども、ハーレイを置いて逝ったりはしない。
今度はいつまでも側にいるのだし、二人で生きてゆくのだから。
(ぼくが大きくなるまでは…)
我儘を言って困らせたって、いいだろう。
ハーレイが勝手に作った決まりに従わなくても、懲りずにキスを強請っても。
我儘を言わなかった前の自分よりも、きっと我儘な「今の自分」がハーレイの好み。
きっとそうなのに違いないから、これから先も我儘放題。
「キスは駄目だ」と叱られても。
鳶色の瞳で睨み付けられても、「ぼくにキスして」と諦めないで…。
我儘なぼく・了
※我儘なんだ、と自覚はあるのがブルー君。「ぼくにキスして」と強請っていても。
けれど、我儘など言わなかった前のブルーよりは…。ぼくの方がいいよね、と自信満々v