(昔々、って始まるんだよね…)
ずっと昔のいろんなお話、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は訪ねて来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
そのハーレイは今は古典の教師で、遠い昔の小さな島国、日本の古典を教えている。
(古典の授業で教わるヤツは…)
いわゆる名作、「昔々」で始まる「昔話」とは違うもの。
「これは昔話で読んだよ」と思う中身でも、もっと格調高い文章。
そういう古典も、「昔々」と始まる昔話も、遥かな昔に生まれたもの。
SD体制の時代を経たって、失われはせずに残り続けた。
前の自分が生きた頃にも、データベースを探っていったら、きっと出会えただろうから。
(昔々かあ…)
もう本当に昔だよね、と前の自分の時代を思う。
死の星だった地球が青く蘇るほどに、長い時間が流れ去ったから。
これほどの時が経った今なら、前の自分も昔話の主人公になれていそうな感じ。
「ソルジャー・ブルー物語」だとか、「シャングリラ物語」といった具合に。
けれど、一つも聞いたことが無い。
前の自分のも、ジョミーやキースの昔話も。
(…伝記だったらあるんだけれど…)
写真集だってあるのだけれども、昔話は一つも無い。
原因はきっと、「英雄」になってしまったせい。
おまけに豊富に残っているデータ、それでは「話を作れはしない」。
「こうだったならば、面白いのに」と誰かが思い付いたとしても。
それを書こうと挑んでみたって、あちこちから文句が来るのだろう。
「こんな話は間違っている」とか、「でたらめなことを書くんじゃない」とか。
昔話が幾つも生まれた時代は、人間が地球しか知らなかった頃。
有り得ないような不思議なことでも、「起こりそうだ」と誰もが信じた時代。
だから色々な昔話が生まれて、次の世代に伝わった。
語り伝えたり、書き残したりと、大勢の人が馴染める形になって。
(竹の中から、かぐや姫が生まれて来るだとか…)
桃から生まれる桃太郎とか、どう考えても現実には有り得ないことばかり。
それでも昔話は残って、沢山の人に愛された。
前の自分たちが生きた時代は、それどころではなかったけれど。
(機械が文化を統一しちゃって、いろんな文化を消しちゃったのも酷いけど…)
人間までが人工子宮から生まれる有様、かぐや姫など生まれはしない。
もちろん、桃太郎だって。
(人工子宮は人工子宮で、竹でも桃でもないもんね?)
どう頑張っても「かぐや姫」も「桃太郎」も無理、と浮かべた苦笑。
まるで全く夢が無い時代、そんな時代に幕を下ろしたのが前の自分たち。
今も記念墓地に墓碑があるほど、「英雄」と称えられる人間。
(そんな偉い人の昔話を、好き勝手に作ったりしたら…)
研究者ばかりか、その英雄のファンからも苦情が届くのだろう。
「ジョミーはそんな人間じゃない」だの、「キースの人生は、そうじゃなかった」だの。
(…ぼくなら、好きに書いて貰っても…)
いいんだけどな、と思わないでもない。
ソルジャー・ブルーの昔話が生まれていたなら、きっとワクワク読むだろう。
「この先は、いったいどうなるの?」と、食い入るように。
(…本当はメギドで死んでいません、って…)
書いてあっても怒らない。
キースに銃で撃たれもしないで、無事に脱出していても。
白いシャングリラには戻らないまま、何処かでひっそり生き延びていても。
小さな星を一つ見付けて、その上で薔薇を育てるだとか。
「星の王子様」の話みたいに、星の大敵のバオバブの木を退治しながら。
(…ぼくは文句を言わないんだけどな…)
本当の自分の最期は悲しく、とても辛くて惨いものでも。
ハーレイの温もりを失くした右の手、それが凍えた記憶が今も残っていても。
(でも、昔話…)
無いんだよね、と残念な気分。
それがあったら、楽しめるのに。
生まれ変わった自分だからこそ、「本当はこうじゃなかったけれど」と、ページを繰って。
(うーん…)
遠慮しないで誰かが書いてくれていたら、と思ってはみても、無理なのも分かる。
データが沢山残りすぎていて、誰にとっても「SD体制を倒した英雄」。
話を勝手に作っていったら、文句や苦情がきっと山ほど。
それでは誰も書きはしなくて、昔話は生まれないまま。
(…昔話があったら、ハッピーエンドも一杯…)
昔話のお決まりの文句、「めでたし、めでたし」で結べるように。
前の自分はメギドで死なずに生き残っていて、薔薇を育てるとか、ひっそり畑を耕すだとか。
(ジョミーやキースも死んじゃったけど…)
やっぱり死なずに脱出したとか、そうでなければ夜空の星になったとか。
星や星座の昔話に、そういったものは多いから。
地上での命が尽きた後には、空に昇って星座や星に姿を変えた人が沢山。
(だけど、ジョミー座も、キースの名前がついた星も無いし…)
昔話を作れる余地は無かったんだ、と思うとつまらない。
「一つくらい、あってもいいのに」と。
あの時代に生きた記憶があるから、なおのこと。
(もっと夢があればいいのにね…)
最後はハッピーエンドになって、と「昔話」を思い描いてみる。
地球の地の底で、ジョミーとキースが宝物をドッサリ見付けるだとか。
グランド・マザーが壊れた後から、大判小判がザックザク。
それを二人で背負って無事に脱出したなら、「めでたし、めでたし」なんだけど、と。
他にも何か…、と考える内に、気付いたこと。
ハッピーエンドの昔話には、恋の話も多いけれども…。
(前のぼくと、ハーレイ…)
白いシャングリラで生きた恋人同士で、生まれ変わってさえ出会えたくらい。
それほどに深い絆があるのに、前の自分たちは恋を隠し続けた。
ソルジャーとキャプテンの仲が知れたら、船の仲間たちは皆、背を向けるに違いないから。
「何でも二人で決めるのだろう」と、「そんなヤツらに従えるか」と。
そうなってしまえば船はバラバラ、もはや纏めることは出来ない。
地球にも辿り着けはしなくて、いつ沈むかも危ういほど。
(それじゃ駄目だし…)
前の自分も、ハーレイも、誰にも恋を明かさなかった。
最後の最後まで隠し通して、何も書き残してさえいない。
(…あれじゃ、恋人同士だったこと…)
誰も気付いてくれはしないし、昔話だって生まれはしない。
前の自分とハーレイの恋は、昔話の中でさえ…。
(ハッピーエンドにならないんだよ…!)
そもそも、「恋」が無いものだから。
恋した事実を誰も知らないなら、昔話だって作りようがない。
誰かが知ってくれていたなら、出来ていたかもしれないのに。
前の自分がメギドで死んでも、それでハーレイとの恋が消えても。
(死んだら、鳥の姿になって…)
二人で飛び去った、悲しい恋人たちもいた。
命ある間には叶わなかった恋を、鳥の世界で実らせようと。
蝶に変わって、片時も離れず、舞い続けていた恋人たちだって。
前の自分とハーレイの恋も、昔話の中なら実った。
誰かがそれを書いてくれれば、つがいの鳥やら、蝶やらになって。
前のハーレイが地球で命尽きたら、死の星の底から、二羽の鳥が空へ飛び立つだとか。
何も棲めない筈の死の星、その上に二匹の蝶がいつまでも舞っていたとか。
悲しい恋に終わっていたって、昔話ならハッピーエンドに出来る。
「可哀相だ」と思った誰かが、「幸せになって欲しかった」と願って話を作りさえすれば。
(だけど、誰にも知られてないんじゃ…)
ハッピーエンドになる筈がない。
前の自分の昔話を誰かが作ってくれたとしたって、ハーレイは何処にも出て来ない。
(せいぜい、話の脇役で…)
最後に恋が実りはしなくて、「めでたし、めでたし」と終わりはしない。
ソルジャー・ブルーがメギドで死なずに、生き残っている話でも。
キャプテン・ハーレイが無事に地球から逃れて、ジョミーたちと宝を山分けにする話でも。
(…酷くない?)
ハッピーエンドが無いなんて、と思ったけれど。
昔話の世界の中でも、前のハーレイと幸せになれはしないのだけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
今の自分は、生まれ変わって青い地球の上。
ハーレイも同じに生まれて来たから、いつか自分が大きくなったら一緒に暮らす。
プロポーズされて、結婚式を挙げて、幸せに。
誰にも恋を隠すことなく、祝福されて。
(…今のぼくたち、鳥でも蝶でもないけれど…)
前と同じに人間だけれど、今度は恋を実らせる。
そうして二人一緒に暮らして、デートもドライブも、それに旅行も。
(…ちゃんとハッピーエンドじゃない…!)
絵に描いたようなハッピーエンド、と嬉しくなった。
「昔話でも駄目みたい」と思っていたのに、ハッピーエンドが待っている。
それも人間の姿のままで。…前とそっくり同じ姿で。
昔話ならば、鳥や蝶になってしまうのに。…恋は実っても、姿が変わってしまうのに。
(なんだか凄い…)
昔話よりもずっと凄い、と零れた笑み。
今度の恋はハッピーエンドで、幸せな恋。
誰も書いてはくれないけれども、前の自分たちの悲しい恋が、幸せな恋に変わるのだから…。
昔話ならば・了
※「昔話でもハッピーエンドにならないみたい」と、思ったブルー君。「酷くない?」と。
けれども、今度はハッピーエンドの恋が出来るのです。昔話よりもずっと、素敵ですよねv