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楽しい時には

(今日は、いい日で…)
 とっても充実してたよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
 夕食前まで二人きりの時間、両親を交えた夕食の後も…。
(コーヒー、出て来なかったから…)
 食後のお茶も、この部屋だった。ハーレイと二人、のんびりと。
 コーヒーが似合いの夕食の時は、そうはいかない。
(ぼくはコーヒーが苦手だけれど…)
 両親はまるで平気な上に、ハーレイは大のコーヒー好き。
 そのことは両親も知っているから、「ハーレイ先生もどうぞ」と出されるコーヒー。
 和やかな会話がそのまま続いて、やがてハーレイが立ち上がる。
 「そろそろ失礼させて頂きます」と、壁の時計に目を遣って。
 そうなった日には、残念な気分。
 「パパたちにハーレイを盗られちゃった」と、「もう、お別れなの?」と。
 けれど顔には出せない、それ。
 ハーレイへの恋はまだ秘密だから、目だけでハーレイに訴える。
 「帰っちゃうの?」と。
 そうしてみたって、ハーレイを引き止めたりは出来ない。
 此処はハーレイの家ではないし、家族同然の付き合いとはいえ、「お客様」には違いない。
 遅くまで長居は出来ないものだし、ハーレイは「帰らなければならない」。
 頃合いの時間に、「では」と立ち上がって。
 仕方ないから、チビの自分はハーレイを外まで送ってゆくだけ。
 「ぼく、ハーレイを送って来るね」と、玄関を出て。
 ハーレイと一緒に庭を横切り、生垣にある門扉まで歩いて行って。
 其処で「またな」と手を振るハーレイ、こちらも「またね」と手を振り返す。
 大きな影が見えなくなるまで、「早く家に入れ」とハーレイが身振りで促すまで。


 今日もそうして見送ったけれど、素敵な一日ではあった。
 朝、目が覚めたら、カーテンの隙間から射し込む朝日。
 いい天気だと分かる光で、しかも休日。
(今日はハーレイ、歩いて来るよ、って…)
 胸が躍って、ワクワクしながら洗った顔。
 「早くハーレイが来ないかな?」と。
 パジャマを脱いで着替える間も、頭の中はハーレイのことで一杯。
 会ったら何を話そうかと。「訊きたいこと、何かあったっけ?」などと。
 ダイニングで朝食を食べる時にも、もう嬉しくてたまらなかった。
(もうじきだよね、って…)
 朝食を済ませて待っていたなら、ハーレイが家に来てくれる。
 早起きなのだし、今頃はとうに朝食を終えて、出掛けるまでの時間潰しに…。
(庭の手入れとか、新聞を読んでいるだとか…)
 ハーレイは何をしているのだろう、と思うだけでも高鳴る鼓動。
 もう少ししたら会える恋人、今日は一日、一緒に過ごせる。
 午前中のお茶も、二人きりでの昼食も。…それに午後のお茶も。
(ハーレイが来るのが楽しみで…)
 頑張って部屋の掃除もした。いつもより、ずっと念入りに。
 二人で使うテーブルと椅子も、場所を整え、テーブルを綺麗にキュキュッと拭いて。
 それが済んだら、「まだ来ないかな?」と覗いた窓の向こう側。
 二階からだと、表の通りもよく見える。
 ハーレイが歩いて来たら分かるし、姿が見えたら手を振ろうと。
(でも、ハーレイ…)
 早めに来るということは無い。
 「お母さんに迷惑だろうが」と、朝食の誘いも断るほど。
 だから読めない、到着の時間。
 「このくらいの時間」というのはあっても、時計のようにピッタリではない。
 少し早かったり、遅かったり。ごくごく自然に幅があるもの。


 それもハーレイの主義なのだろう。
 時間ピッタリの到着だったら、迎える側も気を遣う。
 「準備が出来ていないと駄目だ」と急ぎもするし、遅かったならば心配だって。
 そうならないよう、ハーレイはフラリとやって来る。
 早すぎもしない、遅すぎもしない、そういう時間の何処かを選んで。
(今日はどっちの方なんだろう、って…)
 分からないから、こちらもちょっぴり一休み。
 掃除はすっかり済ませたのだし、勉強机の前に座って、読みかけの本を開いていたら…。
(チャイムが鳴って、窓から覗いて…)
 ハーレイの姿を其処に見付けた。門扉の向こうで、笑顔で大きく手を振る人に。
 こちらも負けずに手を振り返して、じきにハーレイが部屋に来て…。
(ママがお茶とお菓子を運んでくれて…)
 其処からは二人きりの時間の始まり。
 母が作ったケーキを頬張り、紅茶のカップを傾けながら色々な話。
(ハーレイが歩いて来る途中で…)
 見て来た花の話も聞いたし、出会った犬や猫の話も。
 「それで?」と何度も先を促しては、「他には?」と質問したりもして。
 そうして二人で話していたなら、話題はどんどん広がってゆく。
 学校のこととか、普段のこととか、ハーレイの両親のことだとか。
(他にも話すことは一杯…)
 何かのはずみにヒョイと飛び出す、前の自分たちが生きた時代のこと。
 「あの時はゼルが…」とか、「それはブラウだ」とか、思い出話。
 遠い昔のことだけれども、今も鮮やかに覚えているもの。
 白いシャングリラで過ごした時間を、其処で起こった出来事を。
(今日も話をしてたっけ…)
 懐かしい白い鯨での日々。
 苦労話もしたのだけれども、どれも今では「いい思い出」。
 あんなこともあった、と思い出しては、二人で懐かしんだりもして。


 そうやって二人で話している間に、いつの間にやら日が暮れていた。
 午前のお茶が済んだら昼食、二人きりでこの部屋のテーブルで食べて…。
(美味しかったね、って…)
 ハーレイと「御馳走様」をしたのが、ついさっきのよう。
 空になったお皿を母が下げに来て、三時になったらお茶とお菓子が届いたのも。
(まだまだ時間はたっぷりあるよ、って…)
 時計を眺めて満足した。「まだ三時だもの」と。
 夕食が出来たと呼ばれるまでには、まだ何時間もあるんだから、と。
 そしてハーレイと楽しくお喋り、時間はたっぷりあった筈なのに…。
(日が暮れちゃった、ってカーテンを閉めて…)
 暫く経ったら、母が扉を軽くノックした。
 「夕食の支度が出来たわよ?」と。
 ダイニングにどうぞ、と呼ばれたからには、其処で二人きりの時間はおしまい。
 両親も一緒の夕食の席で、恋人同士の話は出来ない。
(…コーヒーが出て来ませんように、って…)
 祈るような気持ちで降りて行ったら、コーヒーは合いそうにない料理。
 ホッとしながら夕食を食べて、食後のお茶は部屋に戻れて…。
(時間はあると思ったんだけどな…)
 まだ大丈夫、とハーレイとお茶を飲んでいる間に、アッと言う間に流れ去った時間。
 ハーレイが「またな」と立ち上がったから、驚いた。
 「もう、そんな時間?」と。
 けれども、壁の時計を見たなら、嫌でも分かる。
 「ハーレイが帰る時間なんだ」と、「いつの間に時間が経っちゃったの?」と。
 そうは思っても、過ぎた時間は戻せない。…どうにもならない。
 ハーレイを引き止められもしないし、外まで送ってゆくしか無かった。
 階段を降りて、玄関を出て。
 庭を横切って門扉を開けたら、「さよなら」の時間。
 ハーレイは帰って行ってしまって、終わってしまった「今日という一日」。


 終わっちゃった、と寂しい気分。
 朝にはあんなに胸が躍っていたというのに、今の自分は一人きり。
 ハーレイは家に帰ってしまって、窓辺のテーブルと椅子は空っぽ。
(…ハーレイの指定席だって…)
 空っぽだよね、と眺める椅子。
 ハーレイの体重で、ほんの少しだけ座面がへこんでいる方の椅子。
 朝に掃除して、「この椅子は此処」と置き場を整えた時は、たっぷりあると思った時間。
 「今日は一日、ハーレイと一緒」と、「学校のある日とは違うんだから」と。
 何を話そうかとドキドキしながら、ハーレイが来るのを待ったのに。
 とても素敵な時間が山ほど、幸せな日だと喜んだのに…。
(…うんと幸せだったけど…)
 終わっちゃったら一瞬だよね、と思うくらいに短かった日。
 さっきハーレイが来たと思ったら、もう空っぽになっている部屋。
 外はとっくに真っ暗なのだし、時間が沢山流れたことは本当だけれど…。
(楽しい時間って、どうして早く過ぎちゃうんだろう…)
 そうでない時間は、ゆっくり流れるものなのに。
 ベッドの端にチョコンと座って、考え事を始めてからの時間だったら…。
(ほんのちょっぴり…)
 まだ身体から、ホカホカと湯気が立っているように思えるくらい。
 そのくらいしか経っていなくて、それなのに長く感じる時間。
 ハーレイと二人で話していた時は、半時間など、直ぐだったのに。
 一時間だって一瞬のことで、気が付いたら日が暮れていたのに。
(…前のぼくだって、そうだったけどね…)
 いつだって、アッと言う間だっけ、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
 前のハーレイと生きていた頃に。
 白いシャングリラに、恋人同士で長く暮らしていた船に。


 キャプテンだった前のハーレイはとても多忙で、恋人同士で会えたのは夜。
 青の間でのキャプテンとしての報告、それが終われば二人の時間。
(お茶を飲んだり、ちょっと夜食をつまんだり…)
 二人で話して、笑ったりもして、楽しく過ぎていった時。
 まだ大丈夫と思っていたのに、いつもハーレイに遮られた。
 「もう遅いですから、休みましょう」と。
(それで時計を眺めたら…)
 思った以上に遅かった時刻、「まだ早いよ」とは返せなかった。
 楽しい時間は其処で終わって、何度ガッカリしたことだろう。
 同じベッドで眠るとはいえ、もっと話していたかったのに、と肩を落として。
(あの頃も、今も、おんなじだよね…)
 楽しい時には、時間が早く経つということ。アッと言う間に流れ去ること。
 そうは思っても、前の自分とハーレイだったら、今日のようには…。
(あれだけの時間を二人きりなんて、絶対に無理…)
 無理だったよね、と分かっているから、今の自分の幸せを思う。
 「楽しい時間は直ぐに終わるけど、前よりも、ずっと沢山だから」と。
 これからもたっぷり取れるんだから、それを楽しみにすればいいよね、と…。

 

        楽しい時には・了


※楽しい時には、時間は直ぐに過ぎてしまう、と考えているブルー君。「今日も、そう」と。
 前の生でも同じだった、と思ったものの、今はたっぷりある時間。次の機会を待てるのですv








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