(今日は充実してたよなあ…)
いい日だった、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家へと出掛けた日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
今日は休日、午前中から出掛けて行って、夕食の後までブルーと一緒。
もっとも、夕食はブルーの両親も交えての時間だったのだけれど。
(しかし、食後も…)
ブルーと二人きりで飲めたお茶。
ダイニングから二階のブルーの部屋に戻って、ゆっくりと。
(食後がコーヒーだったなら…)
ああはいかんな、と分かっている。
小さなブルーは苦手なコーヒー、それが似合いの夕食だったら、食後の時間は…。
(あいつの部屋に戻る代わりに、ダイニングで…)
和やかな語らいが続いていって、ブルーとの時間も其処でおしまい。
二人きりには戻れないままで、「では」と立ち上がることになる。
壁にかかった時計を眺めて、帰る時間になったなら。
(そうなっちまうと、あいつはガッカリした顔で…)
とても寂しそうで、けれど表情には出さない。両親が見ているものだから。
目だけが「もう帰るの?」と訴えて来て、ブルーも椅子から立ち上がる。
「ぼく、ハーレイを送って来るね」と。
二人で一緒に玄関を出て、庭を横切り、生垣にある門扉の所まで歩く。
門扉を出たなら、別れの時間。「またな」と軽く手を振ってやって。
(ああいう時には、本当に名残惜しそうで…)
「帰らないで」と瞳に書いてあるけれど、それは今日でも同じこと。
二人きりでゆっくり過ごせた時にも、ブルーは一緒に帰りたがる。
それを言葉には出さないだけで。「ぼくも帰りたい」と、「帰らないで」と。
(食後のお茶を二人きりで飲めたら、笑顔になってはいるけどな…)
寂しい気持ちは変わらないらしい。「もう帰っちゃうの?」と。
其処の所は自分も同じ。
こうして改めて振り返ってみると、思いはブルーと変わらない。
(いい一日で、うんと充実していたんだが…)
終わっちまうとアッと言う間だ、と気付かされてしまう「今日という一日」。
朝に目覚めて、ワクワクしながら食べた朝食。
「今日はブルーに会いに行けるぞ」と、「会ったら何を話そうか」と。
家を出て、歩いてブルーの家まで向かう途中も、躍った心。
車で仕事に出掛ける時とは、まるで違っていた気分。
(仕事も好きではあるんだが…)
好きでなければやっていないし、柔道部の顧問も引き受けはしない。
朝練もあるのが柔道部だから、他のクラブに比べたら…。
(俺の拘束時間は長くなっちまって…)
家を出てゆく時間も早め。
朝練など無いクラブの顧問だったら、朝からジムにも行けるのに。
人によっては、趣味の時間も取れるだろうに。
(ジムと朝練では、違うよなあ…)
同じに運動すると言っても、自分の好きには出来ないメニュー。
ジムの方なら、その日の気分で「何をするのか」好きに選べる。
プールで泳ぐのも、様々な器具を使って身体を鍛えるのも。
けれど、朝練ではそうはいかない。あくまでクラブの生徒のためで、生徒が中心。
(俺も一緒に走っていたって、朝から稽古をつけていたって…)
趣味の運動とは違うんだよな、と分かっている。「生徒のため」だし、主役は生徒。
古典を教える時も同じで、好きな古典ではあるけれど…。
(この家で好きに読んでいる時と、生徒に教える時とでは…)
やはり違ってくる中身。
自分の趣味では「教えられない」。
「こう読んだならば、面白いのに」と思っても。「こんな解釈もある」と知ってはいても。
授業は授業で、教えることは「きちんと決まっている」ものだから。
好きで選んだ仕事とはいえ、勝手気ままに振舞えないのが仕事の現場。
どうしても縛られる「仕事」という枠、それを忘れるわけにはいかない。
朝に車に乗り込んだならば、切り替えなければならない気分。
「さあ、出勤だ」と、「今日も元気にやらんとな?」と。
けれども、今朝は違っていた。
仕事ではなくて、ブルーの家へと出掛けてゆく日。
午前中からブルーと過ごせて、日が暮れて夜になったって…。
(あいつと一緒で、晩飯も一緒に食えるってわけで…)
もう最高にいい日なんだ、と颯爽と歩いた、ブルーの家へと続く道。
「ちょっと早いか」と回り道したり、道沿いの家の花壇を覗き込んだりしながら。
今日という日の中身を思って、「これからたっぷり楽しめるぞ」と。
ブルーの家に着いた時にも、門扉の脇のチャイムを鳴らして、それは御機嫌。
「今日は一日、ブルーと一緒だ」と、二階の窓へと手を振った。
其処からブルーが覗いていたから、「着いたぞ!」と大きく、とびきりの笑顔で。
ブルーの部屋へと案内されたら、二人きりで過ごす時間の始まり。
お茶とお菓子をお供に話して、昼食も同じテーブルで。
(昼飯は、いつも二人きりだしな?)
ブルーの両親は抜きの食事で、今日も楽しく語らいながらの昼食の時間。
食後のお茶が済んだら、のんびり二人であれこれ話して…。
(お次は、午後のお茶ってヤツで…)
ブルーの母が「ごゆっくりどうぞ」と部屋まで運んで来てくれる。
今日はブルーの部屋だったけれど、庭のテーブルと椅子でお茶にする時も。
(初デートの場所ってトコだよな?)
庭で一番大きな木の下、据えてある白いテーブルと椅子。
小さなブルーのお気に入りの場所で、前に自分が選んでやった。その場所を。
キャンプ用の椅子とテーブルを持ち込み、「此処でデートだ」と。
ブルーがすっかり気に入ったせいで、ブルーの父が買った白いテーブルと椅子。
「持って来て頂くのは悪いですから」と、夏になる頃に。
今日のお茶は其処ではなかったけれども、やはりブルーと二人きり。
色々なことを話して笑って、気付けばすっかり日が暮れていて…。
(夕食の支度が出来ましたから、って…)
ブルーの母が扉を軽くノックした。「ダイニングにどうぞ」と。
賑やかだった夕食の時間。人数が増えるものだから。
ブルーの両親が加わるお蔭で、二人だったのが一気に倍の四人になって。
(学校のことやら、シャングリラのことやら…)
話題は山ほど、ブルーの両親もシャングリラの時代には興味津々。
キャプテン・ハーレイにも、ソルジャー・ブルーにも。
そうやって夕食を終えた後には、ブルーの部屋で食後のお茶で…。
(楽しかったな、って晩飯の時の話の続きを…)
語り合う間に、進んでいった時計の針。ハタと気付けば、もう帰る時間。
ブルーに夜更かしさせられないし、そうでなくても「他所の家」。
遅くまで長居は失礼だから、と「またな」と別れて来たのだけれど…。
(…本当にアッと言う間に終わっちまった…)
あいつと過ごしていた時間、と目を遣った時計。
書斎に来てから、どのくらいの時間が経ったろうか、と。
カップのコーヒーは熱いままだし、思った通りにさほど経ってはいない「時」。
(うーむ…)
ブルーの家にいた時だったら、一瞬で経っていたんだが、と考える時間。
三十分など直ぐに過ぎたし、一時間でも同じこと。
(あの家に着いて、ブルーと別れて帰って来るまで…)
長かったんだが、と思ってはみても、感じた時間はあまりに短い。
さっき出掛けて、直ぐに帰って来たかのように。
ブルーの部屋に入った途端に、「すまん、忘れ物だ」と取りに戻ってきたように。
(楽しい時間というヤツは…)
どうして直ぐに過ぎるんだろうな、と思ってしまう。
「ずっと昔もこうだったよな」と。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと暮らした船。
白いシャングリラで生きていた頃、やはり同じに思ったものだ、と。
(楽しい時には、時間は直ぐに経っちまうんだ…)
前のブルーと青の間で二人、お茶を飲みながら過ごした時間。
ブルーが可笑しそうにコロコロ笑って、前の自分も笑ったりして。
(次の日の仕事に差し支えるから…)
そうそう夜更かし出来ないぞ、と分かっていたから、時間には気を付けていたのに…。
(気付いたら、すっかり遅くなってて…)
前のブルーに「もう休みましょう」と声を掛けては、残念がられた。
「そんな時間かい?」と、「ついさっき、君が来たような気がしてたのに」と。
あの頃は、それで別れたわけではないけれど。
ブルーと同じベッドに入って、朝まで一緒だったのだけれど。
(…今も昔も、変わらんなあ…)
楽しい時は、時間が早く経っちまう、と零れた笑み。
「今なら、ゆっくり二人の時間を取れるんだがな」と。
シャングリラでは、あれほど長い時間は取れなかったし、それを思えば夢のよう。
けれど同じにアッと言う間だと、「楽しい時ほど、早く時間が経つもんだよな」と…。
楽しい時は・了
※ブルー君と過ごした休日、「アッと言う間に終わっちまった」と思うハーレイ先生。
今も昔も、楽しい時ほど早く時間が過ぎるようです。前よりも、ずっと長い時間でもv