(前のぼくだと、英雄なんだけどな…)
大英雄のソルジャー・ブルー、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日、ハーレイは訪ねて来てくれなかった。
会議で帰りが遅くなったか、柔道部の方が長引いたのか。
残念だけれど、そういう日だって少なくないから、そちらはとうに諦めている。
「今日は駄目でも、また別の日があるもんね?」と。
それが明日だといいんだけれど、と考えていたら、「英雄」が頭に浮かんで来た。
前の自分は「大英雄」で、並みの英雄とは違う。
(ミュウの時代の始まりになった、凄い英雄…)
メギドの炎で燃えるアルタミラから、初代のミュウを脱出させたソルジャー・ブルー。
自分が閉じ込められたシェルター、それを壊して、他のシェルターも開けて回って。
(あの頃はソルジャーなんかじゃなくて…)
見た目も今と変わらないチビで、心も身体も長く成長を止めていたまま。
狭い檻と過酷な人体実験、他には何も無かった世界。
そんな世界で大きくなっても、希望などありはしないから。もちろん、未来も。
(自分じゃ意識していなくても…)
育っても何もいいことはない、と思った身体は子供のまま。中に宿っていた心も。
けれど、アルタミラを脱出してから、前の自分は育っていった。
前のハーレイやブラウたちがせっせと声を掛けたり、散歩に連れ出したりと世話してくれて。
身体も心も育ててくれて、気付けば立派に「ソルジャー」だった。
(…青の間まで作られちゃったけれどね…)
「ソルジャーはとても偉いのだから」と祭り上げられ、なんとも困っていたけれど。
その扱いに相応しいだけの、働きはきっと出来たのだろう。
今の時代も、ソルジャー・ブルーは英雄だから。
「大英雄」と呼ばれるくらいで、学校の式典などの時には出てくる名前。
「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」と、今の平和な時代を築いた礎として。
前の自分はとても偉くて、今では英雄。
命まで捨ててメギドを沈めて、ミュウの未来を守り抜いた。
(うんと強くて、強かったのはサイオンだけじゃなくって…)
中身の心も強かった。
自分の命と引き換えにしても、ミュウの未来を守ろうだなんて。
そうするためには、命を失くしてしまうばかりか…。
(前のハーレイともお別れなんだよ…)
さよならのキスも出来ないままで。
ハーレイはブリッジに詰めていたから、別れの言葉も告げられない。
「死にに行くのだ」と皆に知れたら、引き止められてしまうから。
ブリッジの者たちが寄ってたかって、「ソルジャー・ブルー」を止めにかかるから。
(いくらジョミーがソルジャーでも…)
三百年もの長い歳月、ソルジャーだった自分がいなくなったら、ミュウにとっては大きな損失。
この先、どうやって地球に向かうか、ミュウの未来を目指すのか。
道標だった「ソルジャー・ブルー」無しでは、心許ない旅になる。
十五年間も眠ったままでも、「其処にいる」だけで、皆は安心出来たろうから。
「ソルジャー・ブルーがおいでになる」と、「いざとなったら目覚めて下さるだろう」と。
実際、そうして目覚めた自分。
白いシャングリラに張り巡らせていた、思念の糸が震えたから。
キースが起こした脱出騒ぎと、カリナのサイオン・バーストとで。
(…船に何かが起こってる、って…)
そう感じたから、眠りから覚めた。
キースは逃がしてしまったけれども、人質は一人解放させた。
お蔭で皆の期待は高まり、赤いナスカからの脱出を巡って、意見が割れた時でもあるから…。
(ソルジャーなら、何とかしてくれる、って…)
何人もの仲間が見詰めていた。「ソルジャー」は、とっくにジョミーなのに。
だからこそ、知られるわけにはいかない。
「ソルジャー・ブルー」は二度と戻らないことを、死ぬために船を出てゆくことを。
仲間たちが自分を引き止めないよう、隠し通した「最後の目的」。
ハーレイにさえも「さよなら」を言えないままになっても、そうすべきだから。
(みんなに知れたら、もう力ずくで…)
取り押さえるようにしてでも、船に留め置かれていただろう。
何処かの部屋に押し込めるだとか、意識を奪ってしまってでも。
そうなったならば、もうシャングリラを救えない。
ジョミーだけではとても無理だし、白いシャングリラは沈んでしまう。
それを防ごうと、ただ一人きりで…。
(ハーレイに「さよなら」のキスもしないで…)
メギドへと飛んだ、ソルジャー・ブルー。
あれほどの強さを自分は持たない。
十四歳にしかならないチビの子供で、おまけに平和な時代の生まれ。
(前のぼくの記憶が戻って来たって…)
強くなったとは思わない。
その前と同じに子供のままで、我儘も言えば、寂しくてポロポロ涙を零す日だって。
(前のぼくなら、我儘なんか…)
滅多に言いはしなかった。
ソルジャーと呼ばれるよりも前から、子供の姿をしていた頃から。
(みんなと船で暮らせるだけでも幸せだから、って…)
もう充分に満たされていたし、我儘を思い付きさえしない。
「こうなればいいな」と思っていたって、それを押し付けはしなかった。
我儘を言える立場になっても、言えるだけの余裕が船に出来ても。
(前のハーレイには、我儘も言っていたけれど…)
それでもキャプテンの立場を思って、ずいぶんと控え目だったと思う。
今のように直接ぶつけはしないで、「君さえ良ければ」という形。
「良かったら、こうしてくれないかな?」と、頼んでいたのが前の自分。
ハーレイが青の間にやって来る時に、ついでに何かを届けて欲しい、と小さな我儘。
「食堂で何か貰って来てよ」と、夜食の出前を頼んだとか。
前の自分はそんな風に生きて、今の時代は大英雄。
それに比べて自分はと言えば、どうしようもなく弱くてチビ。
(前のぼくだった頃と、同じ背丈に育っても…)
きっと中身は、あれほど強くはならないだろう。
今と同じに泣き虫なままで、我儘だって言うのだろう。
(平和な時代に生まれて、育って…)
十四年間もそうして生きたら、それが「自分」の中身になる。
前の自分の記憶があっても、あくまで知識のようなもの。
本で読んだり、教わるよりかは「実感がある」というだけのこと。
アルタミラの地獄を見てはいないし、酷い実験もされてはいない。
優しい両親に守られて育って、幸せ一杯の日々を過ごして来たものだから…。
(今のぼく、弱くなっちゃって…)
前のようには生きられない。
サイオンが不器用でなかったとしても、やはり「強くはない」だろう自分。
寂しくなったら涙を零して、ハーレイに我儘だって言う。
いつか二人で暮らし始めても、そう出来るほどに大きく成長しても。
(何処も、少しも強くないよね…)
英雄になんかなれっこないよ、と自分が一番よく知っている。
今の自分は、きっと一生、ちっぽけなままで終わるのだろう。
ハーレイの大きな身体に守られ、その陰に隠れて顔だけを出して。
(…生まれ変わりなんだ、って話せば別だけど…)
たちまち自分は英雄扱い、「ソルジャー・ブルー」として脚光を浴びるだろうけれど。
毎日のように取材があったり、あちこちの星へ招待されたり、もう本当に英雄だけれど。
(その英雄はソルジャー・ブルーで、ぼくじゃなくって…)
今の自分が生きて来た日々は、きっと訊かれもしないのだろう。
記憶が戻ってくるよりも前は、どういう風に生きたのか。
「ソルジャー・ブルー」の記憶抜きなら、どんな考えの持ち主なのかも。
皆が知りたいのは「ソルジャー・ブルー」で、今の自分は、ただの器に過ぎないから。
前の自分の威を借りたって、弱い自分は変わらない。
むしろ今より霞むくらいで、誰も「自分」を見てはくれない。
(ぼくじゃ、英雄にはなれないものね…)
それに強くもないんだし、と考えた所でハタと気付いた。
ハーレイを想う気持ちだったら、前の自分にも負けてはいないと。
もしかしたら前より強いくらいで、前以上かもしれないと。
(…前のぼくは、ハーレイと結婚なんて…)
諦めていたと言ってもいい。
シャングリラでは恋さえ明かせなかったし、結婚などは夢のまた夢。
いつか地球まで辿り着けたら、二人で暮らそうと夢見た程度。
夢を見るのは自由だから、と幾つもの夢を描き続けて…。
(ぼくの寿命が尽きると分かって…)
その夢さえも諦めざるを得なかった。涙を幾つも零しながら。
「仕方ないのだ」と、我儘などは言わないで。
けれど、自分はそうはならない。ハーレイとの恋を諦めはしない。
(ハーレイとの結婚、パパやママたちに止められたって…)
「男同士だから」とか、「まだ若すぎる」だとか、止める理由は幾つもある。
そして本当に止められないとは限らない。
両親はとても優しいけれども、一人息子の結婚となれば、考えることも多いだろうから。
(絶対に駄目だ、って叱られたって…)
きっと自分は諦めなくて、泣いて怒って、部屋に立て籠って…。
(許してくれるまで出て行かないとか…)
何日も食事をしないままでも、おやつも食べられないことになっても、やめない籠城。
ハーレイと結婚するためだったら、どんな障害でも乗り越えたいと思うから…。
(今のぼくだって、ちゃんと強いよ…)
前のぼくとは違う部分で、と浮かべた笑み。「ぼくも頑張る」と。
もしも結婚に反対されたら、前の自分よりも強く生きよう。
「許してくれるまで食事しないよ」と、「部屋からも絶対、出ないからね」と…。
今のぼくの強さ・了
※ソルジャー・ブルーだった頃ほど、今の自分は強くない、と考えたブルー君ですけれど。
ハーレイと結婚ということになったら、いくらでも強くなれそうです。部屋に籠城v