(…英雄なあ…)
前の俺は英雄だったっけな、とハーレイがふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
この地球の上に生まれ変わる前、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた自分。
遠く遥かな時の彼方で、ミュウの歴史を作った英雄の一人。
(英雄と言っても、色々あるが…)
神話の時代の英雄もいれば、実在した英雄たちもいる。
皆、「英雄」と呼ばれるだけあって、偉業を成し遂げた人物ばかり。
それに比べれば、前の自分は劣るような気がしないでもない。
(シャングリラを地球まで運んだだけで…)
他には何もしてはいないぞ、と前の自分が生きた人生を振り返る。
三百年以上もの長きにわたって、キャプテンを務めはしたのだけれど…。
(船を纏めて、皆の意見を聞いてだな…)
ただそれだけの仕事じゃないか、と言ってしまえる「キャプテン稼業」。
様々な場面でシャングリラの危機を救ったとはいえ、それで英雄と言えるのか。
(他の誰かがキャプテンだったら、前の俺がやっていたように…)
適切な指示や判断などや、そういったことをこなしただろう。
経験豊富になればなるほど、熟練のキャプテンになってゆくほど。
(俺はたまたま、あのタイミングで…)
シャングリラにいて、「適任だから」と選ばれただけに過ぎないキャプテン。
元は厨房でフライパンを相手に暮らしていたのに、驚くような大抜擢で。
(船は動かせなくてもいいから、とまで言われたわけで…)
どうしようかと悩んでいたら、前のブルーに背中を押された。
「ハーレイがなってくれるといいな」と。
いつか来るだろう、ブルーが「命を懸けねばならない時」。
その時に船を操るキャプテン、それが「ハーレイだったらいい」と。
「ハーレイになら命を預けられる」と、「キャプテンになってくれないかな?」と。
ブルーの役に立てるなら、と引き受けたのがキャプテンの役目。
同じキャプテンなら、船も動かせた方がいい。ブルーの信頼に応えるためにも。
(俺が自分で動かしていたら、あいつの望み通りの場所へ…)
先回りすることも出来るだろう。
ブルーが自分をキャプテンに推した理由は、「誰よりも息が合うから」というもの。
ならば、ブルーと阿吽の呼吸でシャングリラを見事に動かしてこそ。
そう思ったから操舵を覚えて、あの船の癖も掴んでいた。改造前の船でも、白い鯨でも。
(ただ、それだけのことでだな…)
自分の代で地球まで辿り着いたから、英雄になっただけのこと。
代替わりをした誰かが地球に行っていたら、英雄はそちらだったろう。
(ついでに、地球で死んじまったのも…)
英雄になった理由の一つ。
ジョミーとキースが地の底で戦い、SD体制を終わらせた。
グランド・マザーを倒し、それに繋がるマザー・ネットワークも壊れていって。
(あれで全てが終わったんだが…)
ジョミーとキースは戻らなかった。
地の底で何が起きているのかも分からないままで、激しい地震に見舞われた地球。
とにかくジョミーを探さなければ、とゼルたちと深い地下に向かった。
ユグドラシルから脱出する術は、あの段階ならあったのに。
(脱出しようって話もあったが…)
それよりは、と皆で向かった地の底。
ジョミーの所へ辿り着く前に、塞がれてしまった地下への道。
地上へ戻る道も失い、残された道は「死」しか無かった。
皆で力を合わせていたなら、逃げられたのかもしれないけれど…。
(…カナリヤの子たちを見付けちまって…)
この子供たちを救わなければ、と未来ある子たちを優先した。それにフィシスも。
彼らをシャングリラに送り届けて、前の自分たちの命は尽きた。
地球の地の底で、落ちて来る瓦礫に押し潰されて。
(俺でなくても、ああなっていたら…)
あの道を選んだのだろう。
そして「英雄」になっていたろう、後の時代まで名を残して。
(俺じゃなくても、良かったような気もするが…)
歴史というものは結果が全てで、前の自分は英雄になった。
パイロットの卵たちの憧れ、「ああいう立派なキャプテンになりたい」と称えられる英雄。
シャングリラを地球まで運んだ英雄、偉大なキャプテン・ハーレイとして。
(前の俺だと、英雄なんだが…)
他の誰かでも務まりそうではあるが、と思いはしても、確かに英雄。
ミュウの時代へと変わる歴史の節目に、たまたま其処に居合わせたから。
白いシャングリラを地球まで運んで、SD体制に幕を下ろしたから。
(SD体制を崩壊させたのは、ジョミーと、キースの野郎なんだが…)
俺は何もしちゃいないんだがな、と考えてみても、「英雄」なことは変わらない。
誰もが「英雄の名に相応しい」と思ったからこそ、今の時代もそういう扱い。
前のブルーや、ジョミーたちと一緒に名を称えられて。
(…理由はどうあれ、英雄になっちまっていて…)
それに比べれば、今の自分はどうだろう?
後世に名を残すくらいの「英雄」になれるか、考えなくても答えは一つ。
(どう頑張っても無理そうだぞ?)
前世を明かして、キャプテン・ハーレイの名を継ぐならともかく、今のままでは。
しがない古典の教師のままでは、英雄は無理。
(柔道や水泳の道に進んでいてもだな…)
プロの選手として名を馳せていても、そう簡単にはなれない英雄。
同じ柔道や水泳の選手、彼らの世界でなら「英雄扱い」されたって…。
(スポーツに興味の無い連中なら…)
名前を聞いても、顔さえ浮かばないだろう。「誰ですか?」と首を傾げたりして。
大勢のファンに囲まれていても、横を通り過ぎる人だっている。
「誰なんだろう?」とチラと眺めて、「知らない顔だ」と。
今の自分では、なれそうもないのが「英雄」なるもの。
どう転がっても、どう頑張っても、前の自分の威を借りない限りは…。
(一介の古典の教師で終わりで…)
前の俺とは、えらい違いだ、と視線をやった自分の手。
この手でシャングリラの舵を握って、前の自分は英雄になった。
キャプテンの任に就いた者なら、きっと誰でも英雄になれたと思うけれども…。
(あの時は、俺しかいなかったわけで…)
頑張ったことは確かだろう、とも考える。
前のブルーを失くした後にも、きちんと役目を果たしたから。
魂はとうに死んでしまって、生ける屍のように思えた日々の中でも。
(まあ、英雄になれただけあって…)
強かったことは間違いないな、と前の自分の強さを思う。
ブルーを失くした心の痛みを誰にも明かさず、ただ穏やかに笑っていた。
ジョミーが厳しかった分だけ、キャプテンの自分が皆の心を癒さなければ、と。
戦闘の最中は別だけれども、それが終わって、皆が一息ついた時には。
(今の俺だと、あそこまでは…)
出来ないかもな、と苦笑する。
すっかり平和になった時代に、今の自分は生まれたから。
アルタミラの地獄も知りはしないし、シャングリラで苦労を積んでもいない。
のうのうと暮らして年を重ねて、外見だけは前の自分と同じでも…。
(中身がまるで違うんだ…)
苦労知らずの今の俺じゃな、と情けない気がしてくるほど。
「すっかり弱くなっちまった」と、「前の俺ほど強くないよな?」と。
同じ立場に置かれたならば、きっと困ってしまうだろう。
前の自分の記憶を頼りに振舞うにしても、心の中では…。
(パニックってヤツで…)
こうすれば、こうなってゆく筈だ、と思いながらも恐慌状態。
「本当にこれで合っているのか」と、「俺は間違えてはいないだろうな?」と。
まるで駄目だ、と零れる溜息。
「今の俺は強くないようだが」と。
ブルーに何度も「今度こそ俺が守ってやるから」と言ったけれども、どうなるのかと。
(あいつだけなら、今の俺でも…)
いくらでも守ってやれるんだがな、と思った所で気が付いた。
「それが強さだ」と。
前の自分は、ブルーを守れはしなかった。ブルーの方が遥かに強くて、敵わなくて。
どんな時でも、前のブルーに「守られた」だけ。
シャングリラごと、船の仲間たちごと。
(しかし、今だと…)
ブルーがチビの子供でなくても、守れる場面は星の数ほど。
いくら平和な時代になっても、寒い日もあれば、いきなり雨が降り出す時も。
今のブルーは不器用になって、シールドさえも張れないのだから…。
(俺が守ってやらないと…)
風邪を引くとか、寝込むだとか…、と少し嬉しい。
「今度はあいつを守ってやれる」と、「あいつにとっては、前の俺より頼もしいよな?」と。
それならいいか、と傾けるコーヒーのカップ。
今の自分も、ちゃんと「強さ」はあるようだから。
英雄と呼ばれることは無理でも、愛おしい人を守れる強さを、今の自分は持っているから…。
今の俺の強さ・了
※「前の俺なら英雄なのに」と考えてしまったハーレイ先生。「今度は無理だな」と。
英雄にになるのは無理そうですけど、別の強さがあるようです。ブルー君を守れれば充分v