(今日のハーレイ、傑作だったよね)
一本取られちゃっていたよ、とクスクス笑う小さなブルー。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は学校で会っただけのハーレイ、家には来てくれなかったけれど…。
(だけど古典の授業があったし…)
ハーレイの姿をたっぷり見られて、大好きな声も沢山聞けた。
そんな授業の真っ最中に起こった事件が、笑いの原因。
(思い出しただけで、可笑しくなっちゃう…)
まさか、あんなことになるなんて、と今も可笑しくてたまらない。
クスクス笑いが零れるほどに。
部屋に一人でも、笑い転げたくなるくらいに。
(ハーレイの雑談、みんな大好きなんだけど…)
生徒の集中力が途切れないよう、絶妙のタイミングで繰り出される、それ。
今日の話題は、遠い昔の日本の習慣で…。
(どうして、そういうことをしたのか、分かるか、って…)
ハーレイが皆に投げた質問。「分からないだろうな?」という風に。
もちろん自分もピンと来なくて、「何故だろう?」と首を傾げたけれど。
サッと手を挙げた、クラスのムードメーカーの男子。「はいっ!」と元気一杯に。
そして指されもしない内から、彼が口にした回答は…。
(そういうことか、って思っちゃうほど…)
とても見事な正解のよう。…正解なのだ、と自分も信じた。疑いもせずに。
(だってホントに、正解みたいで…)
なるほど、と頷かされた回答。
確かにそういう答えだろうと、「手を挙げるだけのことはあるよね?」と。
ところが、違っていた正解。
ハーレイは可笑しそうに笑って、こう言った。
「お前たち、みんな間違ってるぞ」と、「こいつに騙されるんじゃない」と。
間違いだったらしい回答。とても正しく聞こえたのに。
(ハーレイ、正解を話したけれど…)
そちらの方は、今の時代にそぐわないもの。
「本当なの?」と首を捻ったくらいに、まるで想像がつかない世界。
(今の時代に生きてる人と、うんと昔の日本の人だと…)
考え方も違うだろうし、「正解はこうだ」と言われたならば、それが正しい答えだろう。
どうにも納得できなくても。
さっきの男子が言った答えが、正解のように聞こえても。
(そうなんだろう、って思ったんだけど…)
話は其処で終わらなかった。
あまりにも見事に聞こえた回答、間違っていた方の男子の答え。
そっちを支持したい生徒が多くて、男子の一人が投げた質問。
「何処に証拠があるんですか?」と、「歴史や古典が、全部正しいとは限りませんが」と。
「先生は、それを見て来たんですか?」とも、やったものだから、吹き出したハーレイ。
「それを言われると、敵わんな」と。
歴史も古典も、残っている記録だけが全てで、けれど正しいとは限らない。
古典だったら脚色されたり、後の時代に加筆されたり、色々と変わる。
舞台になった時代の風俗や習慣、そういったものを無視したりして。
(歴史の方だと、もっと酷くて…)
その時代に生きた、主役が歴史を作り出す。
自分に都合のいいことを書かせ、時には自分で書いたりもして。
都合の悪い記録があったら、悉く処分させたりもして。
(そうやって記録が残っていくから…)
後の時代の人間が見ても、本当のことは分からない。
歴史に残った記録の通りに、様々なことが起きたのか。
「反逆者」などと書かれた人々、彼らは真に「反逆者」の立場だったのか。
客観的な記録が何処からかヒョッコリ出ない限りは、分からないままの「本当のこと」。
権力とは無縁の人が記した日記があるとか、そんな幸運でも無い限り。
ハーレイも認めた、「証拠が無い」こと。
「間違いなくそうだ」と言い切れるだけの、確かな根拠は無いということ。
だから「間違いではないな」と笑ったハーレイ。
「珍回答でも、そう考えると、頭から否定は出来ないぞ」と。
それを聞くなり、ワッと湧いたのがクラスの生徒。
プロの教師のハーレイの説より、生徒の方が出した珍説、それに軍配が上がったから。
「そっちの方が正しそうだ」と皆が騙された、「誤った答え」が許されたから。
(いつもだったら、みんな感心して聞くだけなのに…)
ハーレイが持ち出す様々な雑談、それが蘊蓄だった時には。
「本当ですか?」と尋ねはしたって、「そういうものか」と誰もが頷く。
けれど流れが違っていた今日、先に珍説に騙されたから。
(正解だよね、って思い込んじゃって…)
自分も、クラスの他の生徒も、疑いさえもしなかった。
「はいっ!」と名乗りを上げた生徒が、自信満々で出した答えが「正しい」と。
間違いだとは思いもしないで、「そうなんだ…」と素直に信じて。
なのに「騙されてるぞ」と聞かされたわけで、皆がビックリしていた所へ…。
(何処に証拠があるんですか、って…)
尋ねた猛者が現れたから、まるで変わってしまった流れ。
ハーレイが間違っているかのように。
珍回答を述べた生徒が、本当の答えを言ったかのように。
(…ハーレイも、笑うしかなくて…)
降参するように認めた正解、実の所は「珍回答」。
「間違いだがな?」と苦笑しつつも、「それでいいか」と出たお許し。
お蔭でクラス中が笑って、珍回答を出した生徒は英雄扱い。
珍回答でも、「間違っている」という証拠は何処にも無いのだから。
ハーレイはそれを出せはしなくて、歴史に残った記録の方も…。
(正しいとは限らないものね?)
そのせいで皆が笑って笑って、ハーレイも笑い続けていた。「やられたな」と可笑しそうに。
(ホントに可笑しすぎたってば…)
今日の事件は、と思い出すだけで可笑しくなる。
「ハーレイが一本取られるなんて」と、「ぼくも騙されちゃったけどね」と。
珍回答が正解なのだと、自分も思い込んだから。
ハーレイが「騙されてるぞ?」と正解を告げても、直ぐには信じられなかったほど。
(嘘じゃないの、って…)
自分でさえも思ったわけだし、他の生徒は尚更だろう。
みんな「今」しか生きていなくて、「他の時代」を生きてはいない。
(見て来た時代は、みんな今だけ…)
時代によって変わる価値観、そんなものなど実感しようとしても出来ない。
どう頑張っても、「今」の時代の人間だから。
今の時代を基準にしてしか、思考を組み立てられないから。
(想像するしか出来ないわけで…)
その想像さえ、「今」という枠から離れられない。
育った時代と生きている「今」、それが「自分」を作るのだから。
けれど、そうではない自分。
今の時代を生きる自分と、「前の自分」がいる自分。
(SD体制の時代だったら…)
ちゃんとこの目で見て来たんだよ、と言い切れる。
誰にも「そうだ」と言えはしなくても、前世を明かせはしなくても。
前の自分はソルジャー・ブルーで、遠く遥かな時の彼方で生きていた。
白いシャングリラで、ミュウの箱舟で。
前のハーレイと共に暮らして、三百年以上も「ソルジャー」だった。
(そんなぼくでも、今の時代だと…)
考え方はすっかり今風。
前の自分なら、今日の事件のような時には…。
(本当なのかな、って…)
きっと疑ってかかっただろうに、疑わなかった今の自分。珍回答を信じてしまって。
そう考えると、ハーレイが笑い続けた理由もよく分かる。
歴史や古典が全て正しいとは、ハーレイだって考えもしない。
自分と同じに、「違う時代」を知っているから。
機械が治めたSD体制の時代、其処で「異分子」として追われ続けたミュウの一人だから。
(前のぼくたちが生きた頃には、歴史は機械と人類のもので…)
ミュウは「人間」でさえもなかった。
端から殺され、処分されたし、存在さえも抹殺された。…歴史の表舞台から。
アルタミラが星ごと砕かれた惨劇、それは人類の世界では「アルタミラ事変」という扱い。
赤いナスカが滅ぼされた時も、「演習で崩壊した」と発表したのだという。
ミュウの存在には触れもしないで、あくまでも隠し通そうとして。
(そうやって隠し続けていたって…)
ミュウは進化の必然となって、表舞台に現れた。
時代はミュウのものへと変わって、歴史はきちんと書き換えられて…。
(前のぼくたち、異分子から英雄になっちゃった…)
おまけに今の自分となったらチビの子供で、「珍回答」を信じる有様。
ソルジャー・ブルーだった頃なら、頭から信じはしなかったろうに。
ああいう質問が投げられた時は、様々な考えを巡らせたりして。
(ぼくまで騙されちゃっていたから、ハーレイ、余計に笑うんだってば…)
その上、うんと平和な時代。
キャプテン・ハーレイだった頃なら、あんまり笑い転げていたら…。
(キャプテンの威厳が台無しになるし、船の航行にも差し支えるし…)
ブリッジの皆が笑っていたって、直ぐに切り替えさせただろう。
「しっかりしろ!」と檄を飛ばして、「仕事に戻れ!」と号令して。
(だけど今だと、可笑しい時には、珍回答も…)
許してしまって、ハーレイも笑い続けていられる。
「授業に戻るぞ」と言いもしないで、生徒と一緒に笑い転げて。授業は放り出してしまって。
そういうのも今だからだよね、と思うと零れてしまう笑み。
「可笑しい時には、今は好きなだけ笑えるんだよ」と、「今日はホントに可笑しかった」と…。
可笑しい時には・了
※ハーレイ先生の授業で起こった事件。正解よりも、珍回答の方が正しいという扱いに。
そうやって笑い転げられるのも、今ならでは。可笑しい時には、好きなだけ笑える時代ですv