(うーむ…)
この時間でも笑っちまうな、とハーレイが零してしまった笑い。
平日の夜に、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それを片手に。
(なんだって、ああいう愉快な答えになるんだか…)
全く予想もつかなかったぞ、と考えるのはブルーのことではなくて。
(真面目に答えたつもりなんだか、冗談なんだか…)
あの顔からして、本人は真面目だったのだろう、と思う生徒の一人。
ブルーのクラスのムードメーカー、何かと言えば「はいっ!」と名乗り出る男子。
彼が答えた「珍回答」。
授業の途中の雑談の時間、「こいつが分かるか?」と訊いた途端に。
質問したのは、遠い昔の地球の習慣。日本と呼ばれていた島国の。
「どうして、こういうことをしたのか、お前たちには分からんだろう」と言ったのに…。
(自信満々で手を挙げやがって…)
「よし」と名前を呼ぶよりも前に、飛んで来たのが「的外れな答え」。
けれど、理屈は通っていた。
今の時代の考え方なら、そうなるであろう「習慣」の理由。
(あまりに見事に、今の時代に似合いだったから…)
クラスの全員が、「なるほど」と納得したらしい。
「そういうことか」と、「今も昔も、人間は変わらないんだな」と。
(ブルーも感心した顔で…)
答えた生徒を眺めていたから、「あいつまでが」と、こみ上げた笑い。
今のブルーは優等生だし、深く考えそうなのに。
上っ面だけで「そうか」と思わず、「本当かな?」と疑いそうなのに。
見事に勘違いしたクラスの全員、それに原因を作った男子。
「こういう時もあるんだな」と可笑しかったから、もう盛大に吹き出した。
「お前たち、全員、間違ってるぞ」と、「こいつに騙されるんじゃない」と。
珍回答は訂正せねば、と「正しい答え」を述べたのに。
「今の時代じゃ、そういうことにもなるんだろうが…」と時代背景も説明したのに。
(断然、そっちの方がいいです、と…)
支持されたのが珍回答。
「証拠は何処にあるんですか」と訊く猛者までが現れた。
珍回答を寄越した男子ではなくて、他の男子生徒。
「先生は、それを見て来たわけではないですよね?」というのが彼の言い分。
「記録が全てじゃないと思いますが」と、「歴史も古典も、真実だとは限りません」と。
(ああいう風に言われちまうと…)
頭から否定できないもの。
彼も「間違ってはいない」から。
今の時代まで残された記録、それが「正しい」とは誰にも言えない。
(人間が文字を持たない頃なら、口伝で残していたんだし…)
文字を持つようになった後でも、歴史を記録したのは「勝者」。
時代の主役が書き残させたり、自ら書いたり。
(自分に都合のいいように書いて、そうでない記録は消したりもして…)
残ったものは「勝者の歴史」で、「勝者の言い分」。
実際の所はどうだったのかは、後の人間には分からない。
何処からか「真実」を記した文章、それがヒョッコリ出ない限りは。
時の権力者とは無縁の誰かが、淡々と記した日記だとか。
(古典の世界も、似たようなモンで…)
脚色されたり、時代の好みで加筆されたり、訂正されたり。
だから突っ込み所は山ほど、「この時代にコレは有り得ないぞ」などと。
古典の本を読んでいたって、注釈が山とついているもの。
(時代的には誤りなんだが、これで定着しているから、と…)
良しとされている風俗や習慣、作品の舞台になった時代に「それ」が無くても。
研究者たちが読み込んだならば、「間違いだな」と思うことでも、そのまま残る。
さも真実のような顔をして、紛れ込んで。…その時代に「それ」があったかのように。
(だから、反論できなくてだな…)
「それでもいいか」と浮かべた苦笑。
「本当の答えはコレになるんだが、正しいとは限らんようだしな?」と。
ワッと湧いたのがブルーのクラスで、珍回答が正解扱い。
「おいおい、こっちが本当だぞ?」と話してみたって、「こっちがいいです!」と。
なにしろ雑談の時間のことだし、生徒も「楽しい」方がいい。
「歴史ではこうなっていたって、本当のことは違うんだ」などと笑うのが。
ワイワイ騒いで、珍回答をした生徒を祭り上げるのが。
(それで、あいつが英雄で…)
識者ってことになっちまったぞ、と今も笑わずにはいられない。
プロの教師の自分を尻目に、珍説を述べて勝利した「勇者」。
クラスの生徒の支持を集めて、笑いの渦を巻き起こしながら。
(俺まで一緒に笑っちまって…)
こんな時間に思い出しても、やはり同じに可笑しくなる。
「なんて答えだ」と、「あいつに一本取られたな」と。
ついでに、横から「証拠は何処にあるんですか?」と質問した生徒にも。
(…そうさ、確かに間違ってなんかいないんだ…)
珍回答の方はともかく、と自分だからこそ頷ける。
「歴史も古典も、それが正しいとは限りません」という言い分に。
「先生は、それを見て来たんですか?」と、勝ち誇った顔で言われたことに。
(…見て来たヤツにしか分からんことは…)
本当にある、と今の自分は知っている。
今は本当に平和な時代で、今日の授業でも皆と笑っていたけれど。
ブルーも笑い転げたけれども、それが出来るのは今だから。
(可笑しい時は、いくらでも笑って笑い続けて…)
授業が脱線したままになっても、誰も困りはしない時代。
後で取り返せばいいだけのことで、今日は大いに笑い続けた。
いつもの雑談よりも長めに、「いい加減にしろよ?」と、笑いを懸命に噛み殺しながら。
けれども、そうではなかった時代。
前の自分が生きた時代は、いくら可笑しくても、そういつまでも…。
(笑ってなんかはいられなくて…)
「しっかりしろ!」と檄を飛ばしたもの。
ブリッジが笑いに包まれていたら、誰もが笑い転げていたら。
(少しくらいなら、それもいいんだが…)
笑いも一つの気分転換、緊張をほぐすには丁度いい。
今の自分が授業の途中に挟む雑談、それで生徒の集中力を取り戻そうとするのと同じで。
ただ、シャングリラと教室は違う。
教室だったら、皆が笑って笑い続けたまま、時間が経ってもいいけれど…。
(俺まで笑い続けていたって、何の問題も無いわけなんだが…)
シャングリラの方は、そうはいかない。
ミュウの仲間たちを乗せた箱舟、皆の命を預かる船。
ブリッジは船の中心なのだし、笑いながらの航行などは言語道断。
常に真剣勝負の航路で、遊覧飛行やドライブとはわけが違うのだから。
(これじゃいかん、と俺が叱って…)
直ぐに終わってしまった笑い。
どんなに可笑しいことが起きても、愉快なことが起こっても。
今の時代に白いシャングリラが飛んでいたなら、船中が笑いに包まれそうな時だって。
(…だから、あいつは間違っちゃいない…)
勝者の歴史が刻まれた時代を、前の自分は生きたから。
「ミュウは抹殺すべき異分子」、そう決められて追われた時代。
機械がそういう風に定めて、人類軍や保安部隊を繰り出して。
(ミュウは進化の必然だったというのにな?)
機械がそれを認めないから、人類は夢にも思わなかった。
「ミュウも人間なのだ」とは。
そして端から殺し続けて、勝者の歴史を綴り続けた。
アルタミラの惨劇は「アルタミラ事変」、ナスカの悲劇も「演習」だなどと。
(あの時代の記録は、今も残っているんだが…)
ミュウの時代がやって来たから、「勝者の歴史」は訂正された。
アルタミラ事変は「アルタミラの惨劇」、赤いナスカが崩壊したのも「人類軍の攻撃」だと。
今の自分は、歴史がそうして書き換えられる所は、この目で見損なったのだけれど…。
(本当のことを、ちゃんと現場で見て来たからな?)
前の俺がな、と自信を持って言えること。
「俺はキャプテン・ハーレイだった」とは、誰にも明かしていなくても。
明かす予定など全く無くても、「歴史」というものの「からくり」は分かる。
「歴史も古典も、それが真実とは限らない」と。
「見て来たヤツにしか分からないんだ」と、「だから、あいつも間違っちゃいない」と。
(…珍回答は、流石にな…)
間違いなんだが、と思ってはいても、可笑しかったから否定はしない。
可笑しい時は笑い続けていてもいいのが、今の平和な時代だから。
ブルーもコロコロ笑っていたから、今日の所は良しとしておこう。
(やっぱり人間、可笑しい時は…)
好きなだけ笑っていられる時代が最高だしな、とコーヒーのカップを傾ける。
「笑える時代がいいじゃないか」と、「前の俺だと、そうそう笑えなかったんだから」と…。
可笑しい時は・了
※ハーレイ先生の授業で起こった、ちょっとした事件。珍回答が人気で、笑いの渦。
可笑しい時には笑える時代で、今だからこそ。キャプテン・ハーレイには無理ですものねv
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