(またハーレイに叱られちゃった…)
ケチなんだから、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイが訪ねて来てくれて、二人きりで過ごせたのだけど。
とても幸せな時間だったけれど、その最中に叱られた。
「ぼくにキスして」と強請ったら。
恋人同士が交わす唇へのキス、それが欲しくて頼んだら。
「俺は子供にキスはしない」と睨んだハーレイ。鳶色の瞳に宿った、厳しい光。
指先で額を弾かれもした。軽くだけれども、あの指でピンと。
(ハーレイのケチ…)
いつも叱ってばかりじゃない、と悔しい気持ちで一杯になる。
昼間の出来事を思い出したら、叱られた時の気分が胸に蘇ったら。
(ぼくはハーレイの恋人なのに…)
ずっと昔から恋人なのに、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
前の自分が暮らしていた船、前のハーレイと生きていた船に。
白い鯨を思わせるようなミュウの箱舟、「シャングリラ」の名で呼ばれた船。
あの船で共に生きた頃には、叱られたりはしなかった。
ハーレイにキスを強請っても。…「ぼくにキスを」と、誘っても。
(…あの頃のぼくは、チビじゃないけど…)
もっと育った姿だったけれど、今の自分は、その生まれ変わり。
ちょっぴりチビになったというだけ、青い地球の上に新しく生まれてくる時に。
十四歳にしかならないけれども、前の自分の記憶はきちんと引き継いでいる。
どれほどハーレイを愛していたのか、別れがどんなに辛かったかも。
(離れてしまって、また会えたのに…)
二人で地球に生まれ変わって、巡り会うことが出来たのに。
ハーレイはチビの自分を子供扱い、キスの一つもしてくれない。
「キスは駄目だと言ったよな?」と叱るばかりで、睨み付けるだけで。
それが不満でたまらないから、今日もプンスカ怒ってやった。
「ハーレイのケチ!」と頬を膨らませて、唇だって尖らせて。
もうプンプンと怒っているのに、ハーレイときたら、詫びるどころか…。
(ぼくの頬っぺた、両手で潰して…)
大きな両手でペシャンと見事に潰してくれて、こう言った。
「ハコフグだな」と。
頬っぺたをプウッと膨らませたら、ハーレイの目には「フグ」に映るらしい。
その頬っぺたを潰したならば、今度はフグから「ハコフグ」になる。
尖った唇が特徴的な姿のハコフグ。
それに例えて笑う恋人、「フグがハコフグになっちまった」と。
「キスは駄目だ」と叱った挙句に、顔まで好きにするのがハーレイ。
子供だからと馬鹿にして。
前の自分が相手だったなら、そんなことなどしないだろうに。
(いつも叱られてばかりなんだよ…)
ぼくがチビだから、と悲しい気分。
前の自分と同じ姿をしていたのならば、きっと叱られはしないのに。
「ぼくにキスして」と頼まなくても、唇へのキスは貰い放題。
(…キスのその先のことだって…)
出来る筈だし、デートにも行ける。ハーレイの車で、ドライブにだって。
そしてハーレイは叱りはしないで、甘やかしてくれることだろう。
「あれも食うか?」と美味しそうな何かを指差してみたり、頼まない内から買ってくれたり。
デートの誘いも、きっと幾つも。
二人で過ごす時間が終わって、家まで送って来てくれたなら…。
(次のデートの約束で…)
ハーレイは笑顔を見せるのだろう。
「約束だぞ?」と、「また迎えに来てやるからな」と。
もちろんキスもしてくれる。
次に会えるまで忘れないように、寂しい思いをしないようにと。
自分が大きく育っていたならば、そう。
叱られはしないで、甘やかされて、我儘だって言いたい放題。
子供みたいに駄々をこねても、ハーレイは嬉しそうな顔をするのだろう。
「よし、分かった」と、断らないで、どんな我儘でも聞き入れてくれて。
「ホントに子供みたいだよな」と言いはしたって、今みたいに叱ったりはしないで。
(…今のぼくが言ったら、叱られるのに…)
ちゃんと育った姿だったら、同じことでも叱られない。
「ぼくにキスして」と甘えたならば、幾らでも貰えるだろうキス。
今の自分は「駄目だ」と叱られてしまうのに。
「俺は子供にキスはしない」と、睨まれて、叱られておしまいなのに。
(ぼくが育った姿だったら…)
けしてハーレイは叱りはしない。
キスを強請っても、「デートに行きたい」と欲張りな駄々をこねたって。
急に何処かへ出掛けたくなって、「車で行こうよ」と言い出したって。
(帰るの、遅くなりそうな場所でも…)
ハーレイならきっと、「疲れないか?」と心配はしても、「駄目だ」と言いはしないだろう。
疲れるくらいに遠い場所なら、その分、余計に…。
(普段のデートより、うんと気配り…)
早め、早めに休憩するとか、「寝てていいぞ?」と言ってくれるとか。
助手席の自分が眠っていたなら、ハーレイは一人で運転なのに。話し相手は寝ているから。
それでも少しも気にはしないで、甘やかしてくれるのだろうハーレイ。
目的地までに何度も起こして、「ほら、降りろよ?」と。
「此処で少しだけ休んで行こう」と、「何か食いたいものでもあるか?」と。
まるで壊れ物みたいな扱い、とても過保護になりそうな恋人。
「疲れてないか?」と何回も訊いて、「もう少ししたら着くからな」などと。
疲れてしまうほどの所へ「行きたい」と強請った、我儘な恋人を気遣って。
「そんな所まで連れて行けるか」と言いはしないで、それは優しく。
「駄目だ」と叱って断る代わりに、「お安い御用だ」と引き受けてくれて。
(…絶対、そっちの方だよね…)
ぼくが大きく育っていたら、と零れる溜息。
チビの自分なら叱られることも、育った姿の自分だったら許される。
キスはもちろん、我儘だって。
小さな子供が駄々をこねるように、「デートに連れて行ってってば!」と注文しても。
(…やってることは、同じなんだと思うんだけど…)
キスを強請るのも、「デートに行きたい」と頼むのも。
どちらも今の自分がやったら、叱られてしまっておしまいだけど。
「俺は子供にキスはしない」と睨まれるだとか、「デートは駄目だ」と断られるとか。
その辺りを散歩したいと言っても、ハーレイは断ってくれたから。
(…そいつは立派にデートだよな、って…)
家の近所の散歩でさえも、断られるのがチビの自分。
夏休みの間に公園でやっていた朝の体操だったら、「行くか?」と誘われたのだけど。
(…ぼくには無理、って知ってるから…)
誘って来たのか、体力作りをさせるつもりだったか。
デートなら駄目で、「朝の体操」に行くのだったら出るお許し。
もう本当に子供扱い、姿がチビなだけなのに。
十四歳にしかならない子供の姿は、きっと外見だけなのに。
(ぼくの中身は、前とおんなじ…)
前の自分の記憶もあるから、少しも変わっていないと思う。
キャプテン・ハーレイと恋をしていたソルジャー・ブルーで、中身はそのまま。
(ホントに外見だけだってば…)
チビなのは、と言ってみたって、ハーレイは聞く耳を持ってくれない。
「そいつが子供の証拠だよな」と、「お前はチビだ」と。
そして、そのように扱われる。
「キスは駄目だ」と叱られるよりかは、優しいキスが欲しいのに。
抱き締めて貰って、唇にキスが欲しいのに。
また巡り会えた恋人同士で、前の自分たちの恋の続きを二人で生きているのだから。
そうは思っても、何度強請っても、ハーレイはまるで変わりはしない。
いつも「駄目だ」と叱ってばかりで、甘い顔などしてくれない。
(叱った後には、ぼくの頬っぺた…)
潰してしまって「ハコフグ」にもする。
褐色をした大きな両手で、ペシャンと潰されてしまう頬っぺた。
(…ハーレイ、意地悪なんだから…)
ケチで意地悪、と唇を尖らせたくもなる。
もしもハーレイが此処にいたなら、「おっ、フグか?」と言いそうだけれど。
「またハコフグになりたいのか?」などと、意地悪な言葉も遠慮なく。
(…ホントのホントに、酷いってば…)
あんな風に叱られてばかりだなんて、あんまりだから。
チビの姿をしていなかったら、ハーレイは甘い筈なのだから。
(ぼくにキスして、って言わなくてもキスで…)
デートにだって誘って貰えて、我儘だって幾らでも聞いて貰える。
「あそこに行きたい」と頼みさえすれば、何処にだって連れて行って貰えて。
(…叱られるよりかは、甘やかされる方…)
おんなじことを言っていたって、絶対、そっち、と見当がつく。
自分が育っていたならば。
チビの子供の姿の代わりに、前の自分と同じ姿をしていたならば。
(…ハーレイのケチ…)
ぼくの中身は同じだってば、と膨れてみたって、まるで無駄。
ハーレイはいつも言うのだから。「お前は、まだまだ子供だしな?」と。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ?」と。
(……ホントに、ぼくの中身はおんなじ……)
叱られるよりかは、甘やかされる方がいいんだけれど、と悲しい気持ち。
今の姿では、それは叶わないことだから。
どんなに強請って駄々をこねても、ハーレイは子供扱いだから。
それが悔しくて、今日も頬っぺたを膨らませる。「ホントにケチだ」と、夜に一人で…。
叱られるよりかは・了
※「キスは駄目だ」と、叱られてしまったブルー君。けれど育った姿だったら違う筈。
甘やかして貰えそうな感じですけど、生憎と今は子供の姿。膨れっ面が似合う姿ですv