(ハーレイの家、近ければいいのにね…)
近所だったら良かったのに、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日、学校で授業を受けて来た日。
けれどハーレイが訪ねて来てくれて、夕食までの時間を二人で過ごした。
この部屋で色々な話をして。
休日のようにはいかないけれども、充実の時間。
母が「夕食をどうぞ」と呼びに来るまでは。
部屋の扉を軽くノックし、支度が出来たと知らせるまでは。
夕食は両親も一緒に摂るから、二人きりとはいかないけれど。
食後のお茶も、今日は両親も一緒だったし、この部屋では飲めなかったのだけれど。
(でも、ハーレイが来てくれたから…)
来てくれない日よりは、ずっといい。
食後のお茶を飲んだ後には、「またな」と帰ってしまっても。
ガレージに停めてあった車に乗り込み、軽く手を振って走り去っても。
(近いけど、ぼくには遠すぎるんだよ…)
ハーレイが帰って行った家。
前のハーレイのマントと同じ濃い緑色の車、その車のためのガレージがある家。
何ブロックも離れているから、窓から見たって屋根さえ見えない。
「ハーレイの家は、あっちの方」と眺めてみても。
間に幾つも家があるから、家の庭にある木々たちも何本も挟まるから。
(ハーレイには近いらしいけど…)
この家と、ハーレイの家との間。
晴れた週末には歩いて来るのがハーレイなのだし、実際、とても近いのだろう。
柔道と水泳で鍛えた身体にとっては、大した距離ではないという。
此処まで歩いて来る途中には、回り道までしているハーレイ。
「ちょっと早いな」と思った時には、道を外れて。
その日の気分で遠回りをして、顔馴染みになった猫に会いに行ったり。
ジョギングも趣味にしているハーレイ、もっと長い距離でも平気で走る。
歩くどころか、普通の人なら直ぐに疲れるような速さで。
ジョギング中のハーレイを見たことは無いけれど…。
(柔道部の生徒たちと一緒に、朝の走り込み…)
それをするのを何度も見たから、かなり速いと想像がつく。
グラウンドを何周も走ってゆくのに、ハーレイはとても速いから。
「遅いぞ!」と柔道部員たちを叱って、軽々と走ってゆくのだから。
あの足だったら、この家までの距離も短いことだろう。
ジョギングのコースに、此処を入れてはいないだけのことで。
(元から、こっちに走って来てたら別だけど…)
そうではなかった、お決まりのコース。
此処は普通の住宅街だし、近所の人しか走ってはいない。
それも何処かへ走って行く時と、其処から帰って来た時と。
(…広い公園の方まで走りに行くとか、もっと遠くの方まで行くとか…)
目標地点も、選ぶコースも、走る人次第。
けれど普通は住宅街の中を選びはしなくて、あまり見かけないジョギング中の人。
この家の庭や、窓からは。
前の通りを歩いていたって、走ってゆく人は顔馴染み。
(みんな、近所の人ばかりだし…)
ハーレイにしても、同じこと。
一度だけ遊びに行ったあの家、あそこを拠点に走り始める。
住宅街の中を走って、其処から表通りなどに出て。
(帰る時には、その逆になって…)
行った先から走って戻って、また入ってくる住宅街。
違うコースを通るにしたって、何処かで家への道と重なる。
その道沿いに住んでいたなら、走るハーレイに出会えるのだろう。
朝なら「おはようございます!」と。
昼間だったら「こんにちは!」で、夕方だったら何と言うのだろう…?
ハーレイの家が近かったならば、この家の近所だったなら。
家の前の道が、ジョギングコースになっていた可能性はある。
何処かへ向かって走ってゆく時、住宅街を抜ける間に通るコースに。
(そしたら、早起きするのにな…)
今よりもずっと、それこそ暗い内からでも。
ハーレイが通りそうな時間に、表の庭にいられるのなら。
(寝ぼけた顔とか、パジャマだと…)
とても外には出られないから、身支度を整えるための時間も、充分に取れる時間に早起き。
それから庭に出て行って待つ。
「ハーレイ、通ってくれないかな?」と。
一度、そうして見付けて貰えば、次からは通ってくれそうな感じ。
他のコースを取りはしないで、この家の前を通るコースを。
(もう起きたのか、って…)
声だって掛けて貰えるだろう。
「元気そうだな」とか、「睡眠時間、ちゃんと取ってるか?」だとか。
走りながらか、ほんの少し足を止めてくれるか、その辺りはよく分からないけれど。
(止まっちゃったら駄目なのかな…?)
走るペースが乱れてしまうし、止まらない方がいいのかもしれない。
それならばきっと、走りながら手を振ってくれるのだろう。
「走ってくるぞ」と、「帰ってくるまで待っていなくていいからな」と。
言われなくても、待たないけれど。
走るコースは色々なのだし、帰って来る時間は分からない。
それでも、きっと何回か…。
(朝御飯の後で、時計を眺めて…)
そろそろかな、と思った時間に庭に出たりもするのだろう。
運良くハーレイが戻って来たなら、「おかえりなさい!」と手を振りたいから。
長い距離をジョギングして来た後にも、疲れ知らずだろうハーレイ。
そのハーレイが走って来るのを、待ってみたい気もするものだから。
近所だったら出来るのにね、と思う見送り、それに出迎え。
家の前の道が、ハーレイのジョギングコースだったなら。
(だけど、ハーレイの家は遠くて…)
走ってくれない、家の前の道。
ハーレイがいつも走ってゆくのは、ハーレイの家から近い場所にある家の前だけ。
その家の一つに住んでいたなら、どんなに素敵だったろう。
ジョギングに出掛けるハーレイに手を振り、出迎えだって出来たなら。
(それに、家から近かったら…)
自分にとっても、ハーレイの家の辺りは通り道になる。
学校の行き帰りには通らないとしても、母に頼まれてお使いに行く時だとか。
(ちょっと散歩、って歩く所にあるだとか…)
そういう所に家があるなら、ハーレイも「通るな」とは言わない。
ハーレイの家に遊びに行くのは、今は「駄目だ」と禁止になっているけれど…。
(ぼくの通り道で、前を通って行くだけなら…)
きっと「駄目だ」とは言われない。「俺の家の前を通るな」とも。
中に入りさえしないのだったら、家の前は「ただの道」だから。
人も車も通る道路で、公共の道という所。
(歩いてる時に、ハーレイが庭に出ていたら…)
声を掛けても叱られはしない。
むしろ黙って通り過ぎる方が変で、失礼というものだから。
(…「ハーレイ先生」じゃなくてもいいよね…?)
学校ではなくて、家の近所でのこと。
親しげに話し掛けたとしたって、敬語は抜きでの会話だって。
顔馴染みのご近所さんたちだったら、そんな風にも話すから。
お孫さんがいるような年の人にでも、「その花の名前、なんて言うの?」という風に。
だからハーレイが「ご近所さん」なら、要らない敬語。
「ハーレイ先生」と呼ばなくても良くて、ただの「ハーレイ」。
歩いている時に見掛けたら。生垣の向こうで、ハーレイが何かしていたなら。
(声を掛けたら、来てくれるしね?)
庭仕事などの手を止めて。
「散歩中か?」だとか、「お使いに行く途中か?」とか。
そして始まる立ち話。
生垣を間に挟んでいたって、二人とも立ったままだって。
そうやって楽しく話していたなら、もっといいこともあるかもしれない。
(さっき作ったから、食べてみるか、って…)
ハーレイが家の中に入って、持って来てくれる試食用の何か。
お菓子を作っている日もあるらしいから、クッキーとか、ケーキの端っこだとか。
(ハーレイの手料理、持って来てなんかくれないけれど…)
「お母さんに気を遣わせちまう」と、何も持っては来ないのだけれど。
近所に住んでいて、たまたま通り掛かった自分だったなら…。
(きっと味見させて貰えるんだよ)
家の中には入れないから、生垣越しとか、門扉の前で。
楊枝に刺して持ってくるのか、小さなお皿に乗っけて「ほら」と差し出されるか。
ほんの一口、それで終わりな試食用。
けれどハーレイが作った何かで、お菓子や、時によっては美味しい料理。
(美味しいね、って味見させて貰って…)
感想を話して、リクエストだって出来そうな感じ。
「今度はこんなのが食べたいな」と、「次に通った時は、ちょうだい」と。
ハーレイは苦笑しそうだけれども、約束してくれるかもしれない。
「お前の運が良かったらな」と、「次はそういうのも作ってみよう」と。
「その日に上手く通り掛かれよ」と、日付は言ってくれないで。
(…ぼくの運次第で、それを作った日に通らなかったら…)
食べることなど出来ないけれども、それも楽しい。
「今度はあれが食べられるかも」と、胸を躍らせて歩くのは。
ハーレイが住んでいる家の前の通りを、お使いや散歩で通るのは。
なんて素敵な毎日だろう、と広がる夢。
ハーレイの家から近かったならば、あの家が近所だったなら。
(だけど、ハーレイの足なら近いってだけで…)
自分の足では、とても歩いて行けない距離。何ブロックも離れた場所。
神様はなんて意地悪だろう、と溜息を零したりもする。
近所だったら幸せなのに、ハーレイの家は遠いから。
今日もやっぱり見送っただけで、ハーレイの家の前を散歩は出来ないから…。
近所だったなら・了
※ハーレイ先生の家が近所だったなら、と思うブルー君。出会えるチャンスは沢山ありそう。
手作りのお菓子や料理も食べられるかも、と夢は大きいですけれど…。近所じゃなくて残念v