(今日は、ちょっぴり聞けただけ…)
それもハーレイ先生の方、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、学校で少し話しただけ。
休み時間に「ハーレイ先生!」と、廊下で呼び止めて。
ほんの少しの立ち話だけで終わってしまった、ハーレイとの時間。
恋人同士の会話は出来ずに、「ハーレイ先生」と話しただけ。
(だけど、ハーレイの声は聞けたし…)
聞けない日よりはよっぽどマシ、と自分の胸に言い聞かせる。
まるで会えない日もあるのだから、そんな日よりかはずっとマシだよ、と。
それに挨拶だけでは終わらず、短い時間でも交わせた会話。
(ぼくが話して、ハーレイが返事してくれて…)
ハーレイからも「元気そうだな」などと言葉を貰った。
「次の授業は何なんだ?」とも訊いてくれたし、耳に届いたハーレイの声。
あの声が好きでたまらない。
古典の授業があった時なら、聞き惚れていると言ってもいいほど。
自分は当てては貰えない日でも、聞いていられるだけで幸せ。
(だって、ハーレイの声なんだもの…)
遠く遥かな時の彼方で、耳にしたのと同じ声。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
同じ声をまた聞けるだなんて、なんと幸せなことだろう。
たとえ「ハーレイ先生」だろうと、自分に向けられた声でなくとも。
(あの声は変わらないものね…)
ホントに少しも変わっていない、と前の自分の記憶と重ねてみる。
前の自分を呼んでくれた声、「ブルー?」と呼び掛けてくれた声。
あの声がとても好きだったのだし、同じ声を聞けるだけで幸せ。
家を訪ねて来てくれなくても、恋人同士の会話は交わせないままに終わった日でも。
そうは思っても残念な気分、「ハーレイ先生の方だったよね」と。
同じ聞くなら、「ハーレイ」の声の方がいい。
誰もに人気の「ハーレイ先生」、どの生徒にも分け隔ての無い先生よりも。
(ぼくだけ、特別扱いの方が…)
断然いいよ、と思ってしまう。
欲張りなのだと分かっていても。…声を聞けたら充分なのだ、と考えても。
(そんな贅沢、ホントは言っちゃ駄目なんだけど…)
神様の罰が当たっちゃうよね、と眺めた右手。
前の自分の最期に冷たく凍えた右手は、今も悲しい記憶を其処に秘めている。
メギドでキースに撃たれた痛みで、失くしてしまったハーレイの温もり。
切れてしまったと思った絆。
(もうハーレイには、二度と会えないんだ、って…)
泣きじゃくりながら死んだ、前の自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
なのに其処から時を飛び越え、青い地球の上に生まれて来た。
ハーレイも先に生まれていたから、奇跡のように叶った再会。
前の自分たちの恋の続きを、今の自分は生きている。
あまりにもチビで、ハーレイはキスも許してくれないけれど。
唇へのキスを貰おうとしたら、いつも叱られてばかりだけれど。
(俺は子供にキスはしない、って…)
額をコツンと軽く小突かれたり、鳶色の瞳で睨まれたり。
その度に「ハーレイのケチ!」と怒って、プウッと膨れていられるのも…。
(神様が新しい命と身体をくれて…)
聖痕をくれて、前の自分とハーレイの記憶を、ちゃんと戻してくれたから。
恋人同士として生きてゆけるよう、青い地球の上で出会えるように。
(ハーレイの声を聞けるのだって…)
そのお蔭だから、言えない贅沢。
「ハーレイ先生」よりも、「ハーレイ」の方がいいなんて。
大好きな声を聞けたというのに、「もっと」と欲を出すなんて。
「ぼくだけ、特別扱いがい」と、我儘な気持ちを持つなんて。
これじゃ駄目だ、と分かってはいる。
好きでたまらないハーレイの声を、今日の自分は聞けたから。
「ハーレイ先生」の方にしたって、ちゃんと話も出来たのだから。
(…まるで会えない時だってあるし…)
ハーレイの古典の授業が無い上、学校の中でも会えずに終わる日。
家に帰って「来てくれるかな?」と待っていたって、チャイムが鳴ってくれない日。
そういう日だって珍しくないし、そんな寂しい日に比べたら…。
(よっぽど幸せで、ツイていた日で…)
ぼくは幸せ、と思いたくても、どうしても出て来てしまう「欲」。
「ハーレイの方が良かったのに」と、「ハーレイ先生よりも、ハーレイがいい」と。
学校で出会って話すよりかは、家で会う方がずっといい。
どんな話題も好きに選べて、使わなくてもいい敬語。
それに叱られてもかまわないなら、「ぼくにキスして」と注文だって。
(言ったら、叱られちゃうけれど…)
あれもハーレイの声なんだよね、と思うと、叱られたい気持ちになる。
額をコツンと小突かれたって、怖い顔をして睨まれたって。
(キスは駄目だ、って叱る声だって…)
大好きな声で、好きでたまらないハーレイの声。
普段の自分は、それを忘れているけれど。
少しも気付きさえもしないで、不満たらたらで膨れっ面。「ハーレイのケチ!」と。
怒ってプウッと膨らませる頬、唇だって尖らせる。
そのままプンスカ怒る日もあれば、ハーレイの手で頬っぺたをペシャンと潰されて…。
(フグがハコフグになっちまったな、って…)
苛められたことも、何回も。
恋人を捕まえて「フグ」で「ハコフグ」、なんとも酷い今のハーレイ。
その「ハコフグ」にしたのは、ハーレイの大きな両手なのに。
頬っぺたを包んで潰してしまって、ハコフグにしてくれたのに。
けれど、そう言って笑っているのも、ハーレイの声。「ハコフグだな」と。
(うーん…)
叱られる時もハーレイの声なら、苛められる時もハーレイの声。
いつも自分は怒って膨れて、機嫌を損ねているけれど…。
(あの声だって、ちゃんとハーレイの声なんだから…)
幸せだと思うべきだろう。
「ハーレイ先生」ではない「ハーレイ」の方しか、そんな真似などしないから。
恋人同士の二人だからこそ、叱られもするし、苛められもする。
「キスは駄目だ」と叱り付ける声も、「ハコフグだぞ」と可笑しそうな声も、ハーレイの声。
(…どっちも、ぼくは怒ってるけど…)
もうプンプンと怒るけれども、ハーレイの声には違いない。
今日は聞きそびれた「ハーレイ」の声で、「ハーレイ先生」からは聞けない言葉。
学校の中でハーレイに会っても、キスを強請れはしないから。
強請れないなら、ハーレイが断るわけもない。
自分の方でも「ハーレイのケチ!」と膨れはしないし、膨れないなら、フグにはならない。
フグの頬っぺたをペシャンと潰された、「ハコフグだ」という顔にもならない。
(…叱られちゃっても、フグでハコフグでも…)
それを言うのはハーレイの声で、今日の自分は聞けてはいない。
聞いたら「ケチ!」と怒るけれども、膨れっ面になるけども…。
(ハーレイに会えないと、それも出来なくて…)
今みたいに零れてしまう溜息。
「今日は、ちょっぴり聞けただけ」と。
ハーレイの声はほんのちょっぴり、しかも「ハーレイ先生」の方。
声はどちらも変わらなくても、中身の言葉が全く違う。
「元気そうだな」と、どの生徒にも向けられる言葉と、「ハコフグ」とでは。
「次の授業は何なんだ?」と尋ねられるのと、「キスは駄目だ」と叱られるのとは。
叱るハーレイも、ハコフグ呼ばわりをするハーレイも、いつも腹立たしいけれど…。
(ハーレイ先生じゃなくて、ハーレイ…)
そっちなんだ、と気付くと聞きたい。叱り付ける声も、酷い「ハコフグ」呼ばわりも。
聞きたかったな、と零れる溜息、聞けずに終わった「ハーレイ」の声。
「ハーレイ先生」の声は聞けても、「ハーレイ」の方は。
(…苛められても、叱られちゃっても…)
聞けないよりはずっといい、と思ってはみても、とっくに夜。
もうハーレイは来るわけがなくて、自分もお風呂に入ってパジャマに着替えた後。
けれど聞きたい、ハーレイの声。
「あれもハーレイの声なんだよ」と気付かされたら、もう聞きたくてたまらない。
「キスは駄目だ」と叱る声でも、「ハコフグだよな」と笑う声でも。
言われる度にプウッと膨れて、怒って、文句ばかりの言葉でも。
(好きな声だけど、言ってることが酷いから…)
プンスカ怒ってしまうというだけ、よくよく聞いたらハーレイの声。
そうだと気付かず、怒ってばかりの我儘な自分。「酷すぎるよ!」と。
「ハーレイ先生」は、それを言わないのに。
恋人同士の「ハーレイ」だけしか、そんな言葉は口にしないのに。
(…あれでもいいから、聞いてみたいな…)
ハーレイの声、と心の中で言ってみたって、ハーレイに届くわけがない。
大好きな声は聞こえて来なくて、夜の静けさに包まれるだけ。
(…聞きたいよね…)
叱る声でも、苛めて笑う方の声でも、とハーレイを思い浮かべるけれど。
愛おしい人を想うけれども、聞こえてはこない笑う声。…叱る声だって。
(いつものぼくって、ホントに我儘…)
それに贅沢、と自分自身に言い聞かせる。
「好きな声だけど、言葉が酷いだけじゃない」と、「あんまり膨れてばかりじゃ駄目」と。
ハーレイの声が聞けないよりかは、叱られた方が幸せだから。
たとえハコフグ呼ばわりだろうが、それを言うのは、大好きなハーレイの声なのだから…。
好きな声だけど・了
※ブルー君が好きな、ハーレイの声。「ハーレイ先生」の方でも、聞き惚れるくらいに。
「それでもハーレイの声の方がいいな」と思う欲張り。ハコフグ呼ばわりでも聞きたい声v