(あいつの声か…)
ずいぶん変わっちまったもんだ、とハーレイがふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は学校でしか会っていないブルー。
休み時間に「ハーレイ先生!」と声を掛けられて、ほんの少しの立ち話。
恋人同士の会話などは無理で、他の生徒と話すのと何処も変わらないけれど。
(それでも、あいつは嬉しそうな顔で…)
自分の方も、同じに嬉しい。
ブルーの顔を見られるだけで、その声を聞いていられるだけで。
なんと言っても、遠い昔からの恋人同士。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(学校じゃ、教師と教え子なんだが…)
そうして二人でいられることさえ、夢のような話なのだから。
遠く遥かな時の彼方で、メギドへと飛んでしまったブルー。
二度と戻らないと分かっていたのに、見送るしかなかったブルーの背中。
(なのに、あいつは戻って来たし…)
自分も同じに生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きている。
もっとも、何かと制約が多いのだけれど。
十四歳にしかならない恋人、すっかり子供になったのがブルー。
とてもキスなど交わせはしないし、二人一緒に暮らすことも無理。
(当分は待つしかないってわけで…)
ブルーが育って、前の自分が見送った時と同じ姿を手に入れるまで。
結婚できる年になるまで、待って、見守って、ブルーの家を訪ねてやって…。
まだまだ続くだろう日々。ブルーをこの家に迎えられるまでの待ち時間。
(なんたって、声もああだから…)
前のあいつとは違うんだよな、と耳に蘇るブルーの声。
「ハーレイ先生!」と呼び止められた時の、廊下で立ち話をしていた時の。
今のブルーは、前のブルーと違ってチビ。
背丈はもちろん、顔立ちだって少年のそれで、幼さが残るブルーの面差し。
(学年でも一番のチビらしいしな?)
女子を除けば、一番小さいのがブルー。
そんなわけだから、声だってそれに見合ったもの。
前のブルーが「ハーレイ?」と呼んだ、あの柔らかくて甘い声。
それをブルーは持ってはいない。…少年の姿の、今のブルーは。
(いわゆるボーイソプラノってヤツで…)
きっと歌わせたら、天使の歌声。そういう感じ。
音楽の授業中のブルーを、覗いたことは無いけれど…。
(そりゃあ綺麗で、透き通るような声で歌っているんだろうなあ…)
恥ずかしがらずに歌ったら。他の生徒と一緒に合唱していたら。
独唱となれば、ブルーは尻込みしそうだけれど。
(いい声なんだし、俺が音楽の担当だったら、指名するがな?)
ソロのパートがある曲だったら、「ブルー君」と。
「是非、この部分を歌って欲しい」と、「一度、歌ってみたらどうだ?」と。
そうやってブルーを指名したなら、慌てそうなのが今のブルー。
「そんなの無理です!」と悲鳴を上げるか、真っ赤になって俯くのか。
引っ込み思案ではないのだけれども、目立つのは苦手そうだから。
皆で合唱している途中に、一人だけ高らかに歌い上げるのは…。
(…今のあいつの性分じゃないぞ)
どうしても、と割り振られたなら、引き受けはしても、そうでなければ断るタイプ。
恥ずかしくて歌えそうにないから、詰まってしまいそうだから。
(はてさて、実際、どうなんだか…)
ブルーと二人で過ごす時間に、学校の話題は滅多に出ない。
出たとしたって、自分が受け持つ古典の話か、柔道部の活動に関することか。
音楽の授業の報告などは聞いていないし、知らない実態。
ブルーがソロで歌っているのか、ひたすらに逃げて断っているか。
(ソロで歌っちゃいなくても…)
音楽の時間には、きっとあるだろうテストの時間。
一人ずつ前に出て歌うだとか、「自分の席でもかまわないから」と指示されて…。
(あいつも歌っている筈だよな?)
優等生らしく、つかえもしないで歌い上げるか、途中で声が消えるのか。
今のブルーなら、どちらもありそうな可能性。
目立ちたがりたいタイプではないし、注目を浴びるのも好きではなさそうだから。
(…前のあいつも、そうだったがな…)
ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
船の仲間たちに「ソルジャー」と仰がれ、白と銀の上着に紫のマント。
気高く美しかったブルーは、あの船でとても目立ったけれど。
何処へ行っても、何をしていても、周りの視線を惹き付けたけれど…。
(あいつにとっては、不本意なことで…)
他の仲間たちと同じ生活、それに憧れていたブルー。
白と銀の上着を脱いでしまって、紫のマントも外せたら、と。
黒が基調のアンダーウェアなら、仲間たちの制服とさほど変わりはしないから。
(ブリッジクルーの印の模様も…)
袖に入っていないわけだし、もう本当に「普通の制服」。
そんな具合に「皆と同じで」いたかったブルー、あれほどの美貌だったのに。
その整った顔立ちだけでも、並ぶ者などいなかったのに。
(声だって、顔に似合ってて…)
やはり誰もが聞き惚れる声で、ソルジャーとしての威厳もあった。
たった一言、「行こう」と言うだけで、皆が納得したほどに。
長い年月、隠れ住んでいた雲海の星を、ワープして後にしたほどに。
(前のあいつも、いい声を持ってたんだよなあ…)
今でも耳に残る声。
ふとしたはずみに、「ハーレイ?」と心に蘇る声。
あの声が懐かしくなる夜もある。今は聞けない、ブルーは持たない声だから。
チビのブルーが迎えてはいない声変わり。
今は立派なボーイソプラノ、きっと歌ったなら透き通るよう。
「ハーレイ?」と甘えた声を出す時も、もう本当に愛らしい。
子供の間だけしか持てない、今のブルーのボーイソプラノ。
(…前のあいつも、持ってた筈だが…)
同じ声だった筈なんだがな、と記憶を辿れば、ちゃんと覚えてはいるのだけれど。
燃えるアルタミラを脱出した後、ブルーはそういう声だったけれど…。
(いつの間に、変わっちまったんだか…)
残念なことに、覚えていない声変わりの時期。
前のブルーの高かった声が、いつの間に低くなったのか。
甘く柔らかな声に変わったか、生憎と記憶に残ってはいない。
そうなる前には、きっと前兆もあっただろうに。
(声が出にくくなっちまうとか、掠れちまうとか…)
声変わりの時期は、そうしたもの。
今の自分にも経験があるし、友人たちも通った道。
「風邪かな?」などと言いながら。「音楽の授業、困りそうだぞ」などとも言って。
いつかブルーの声もそうなる。
前の自分の記憶に無いから、どのくらいまで育った時に起こるかは分からないけれど。
けれど、必ずその時は来る。
今のブルーのボーイソプラノ、それが失われてしまう時。
(なんだか残念な気もするな…)
消える日が来ると思ったら。
前のブルーと同じ姿になる日を待ってはいても、あの声が消えると思ったら。
(子供らしい声で、チビの証拠で…)
どう比べても、前のブルーとは違う声。…ソルジャー・ブルーだった頃とは。
前のブルーと同じに育つ日、それを心待ちにしている自分。
待ち時間は長いと思ったけれども、待っている間に消えてしまうブルーのボーイソプラノ。
声変わりをして、前のブルーと同じ声へと変化して。
(うーむ…)
ちょいと残念になるじゃないか、と思った声。
前のブルーが持っていた声、甘く柔らかく「ハーレイ?」と呼んでくれた声。
(俺は、あの声が好きだったんだが…)
今でも思い出せるんだが、と耳に鮮やかに蘇るけれど、今のブルーの声も愛しい。
子供らしくて高いあの声、ボーイソプラノを持ったブルーも…。
(俺をしっかり捕まえちまった…)
愛らしい声で、「ハーレイ?」と呼んで。
何度もチビのブルーと話して、すっかり囚われの自分。今のブルーが持っている声に。
(前のあいつの声も好きだが…)
まだ暫くは聞いていたいな、と思うブルーのボーイソプラノ。
「前のあいつの声も好きだが」と、「好きな声だが、あれは一生モノだしな?」と。
いつかブルーが育った時には、もう変わらない甘い声。今の声から変化を遂げて。
そして一生そのままなのだし、貴重なのが今のボーイソプラノ。
今しか聞けない声なんだぞ、と思うと、まだまだ聞き続けたい。
待ち時間が少し長くなろうと、ブルーが少しも育たなくても。
前のブルーの声の方なら、一生、聞いていられるから。
声変わり前のブルーのボーイソプラノ、それはいつかは消えるのだから…。
好きな声だが・了
※ハーレイが好きな、前のブルーが持っていた声。甘くて柔らかな声だった、と。
けれど今のブルーのボーイソプラノ、そちらも貴重。聞き続けたいとも思いますよねv