(ハーレイのケチ、なあ…)
俺はケチではないんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は休日、午前中からブルーと過ごした。
お茶とお菓子や、二人きりでの昼食や。
ブルーの部屋だから、両親の目は届かない。母がやってくる時を除けば。
そういう時には甘えるブルー。
膝の上にチョコンと座りたがったり、抱き付いてみたり。
(そのくらいなら、可愛いんだが…)
どんどんエスカレートするのがブルーで、やがて言い出す困った言葉。
「ぼくにキスして」と、「おでこや頬っぺたは駄目だからね!」と。
唇へのキスが欲しいのがブルー、恋人同士が交わすキスなら、そうだから。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーとは何度もキスしたものだから。
(しかしだな…)
今は全く事情が違う。
相手は同じブルーでも。前の自分の記憶そのまま、そういうブルーなのだけど。
(あいつ、忘れちゃいない筈だが…?)
前のブルーが、今の姿をしていた時期を。
成人検査を受けた日のまま、心も身体もまるで育っていなかった頃を。
燃えるアルタミラで出会った時には、今と同じにチビだったブルー。
(てっきり子供なんだと思って…)
何かと面倒を見てやったもの。自分よりも遥かに幼かったから。
年上なのだと分かった後にも、やはり中身は「本当にチビ」だったものだから…。
(俺たちが育ててやらないと、と俺もブラウやエラたちも…)
せっせとブルーに話し掛けたり、船の中を散歩に連れ出したり。
そうやってブルーを育てていた時期、それが今のブルーが持っている姿。
十四歳にしかならない子供で、心も同じに見た目通りのチビのブルーが。
前の自分は、ブルーに恋をしたけれど。
恋人同士のキスを交わして、愛も交わしていたけれど…。
(今のああいうチビじゃなくって…)
育った姿だったからな、と断言できる。
前のブルーが大きく育って、その成長を止めた後。
若々しい姿だったけれども、強いサイオンを保つためには丁度いい器だったのだろう。
チビの姿を卒業したのは、脱出してから何年経った頃だったか。
けれど、ブルーが美しい姿に育った後にも、前の自分は恋してはいない。
もちろん、ブルーの方だって。
(俺の一番古い友達で、船で一番の親友で…)
互いにそうだと思っていたから、親しく行き来していた部屋。
ブルーがソルジャーを名乗るようになって、前の自分の言葉遣いは変わったけれど。
「ソルジャーには敬語で話すように」と、皆に徹底させたのがエラ。
だから敬語に切り替えた。
ヒルマンやゼルや、ブラウ辺りは「それまで通りに」ブルーと話していたけれど。
敬語など使いはしなかったけれど、前の自分の立場はキャプテン。
船の仲間たちの手本でもあるし、ソルジャーと話すなら、必ず敬語で。
(二人きりの時にも、きちんとしないと…)
それがけじめだ、と貫いた敬語。
初めの内こそ寂しがったブルーも、その内に慣れてしまっていた。
「ハーレイの言葉遣いは、こう」と。
それでも壊れなかった友情。
敬語で話すのが常になっても、ブルーを「ソルジャー」と呼び始めても。
(もっとも、二人きりの時には…)
前と同じに「ブルー」と呼んでいたけれど。
ただし、あくまでブルーは「友達」。
ブルーにとっても、前の自分は一番の友達、そういう関係。
恋などは無くて、友情だけ。互いを誰よりも大切に思っていたというだけ。
それが恋だと気付くまでには、気が遠くなるほどかかった時間。
元はコンスティテューション号だった船、名前だけが「シャングリラ」だった船。
人類の船を失敬しただけで、武装さえもしてはいなかった船。
(あれを改造することになって…)
長い時間をかけて準備し、白いシャングリラを造り上げた。
新造船とも呼べるくらいに、何もかもが姿を変えた船。白い鯨を思わせた船。
(前のあいつの部屋も出来たし…)
とんでもなく大きかった部屋。
ブルーのサイオンは水と相性がいいのだから、と巨大な貯水槽まで備えた青の間。
其処でブルーが暮らし始めても、やはり恋人ではなかった自分。
(俺がブルーの恋人だったら、もういそいそと…)
夜ごと通って、青の間に泊まっていたことだろう。
キャプテンの部屋も立派になったし、ブルーが泊まりに来ることだって。
けれども、そうではなかった二人。
互いの部屋を行き来したって、話す間に遅い時間になったって…。
(あいつが「おやすみ」と帰っちまうか、俺が「失礼します」と帰るか…)
そんな具合で、友達同士。
やっと恋だと気付いた頃には、かなりの時が経っていた。
つまりは本当に「遅咲き」の恋で、それを思うと今のブルーは…。
(遅咲きどころか、早咲きにも程があるってな)
あの姿の頃は文字通りに子供だったんだぞ、と前の自分が知っている。
育った後にも「友達」だったと、「恋人になるまでに、何年かかった?」と。
(あいつも覚えている筈なんだが…)
そういう過程を全部すっ飛ばして、「ぼくにキスして」と強請るのがブルー。
「俺は子供にキスはしない」と叱ってみたって、懲りさえしない。
そして膨れて、「ハーレイのケチ!」と、ケチ呼ばわり。
「恋人なのにキスもくれない」と、「ハーレイはケチになっちゃった」と。
もうプンプンと怒って膨れてしまう恋人。…今日も言われた「ハーレイのケチ!」。
いくらブルーが膨れてみたって、そうなることが子供の証拠。
前のブルーは膨れっ面などしてはいないし、プンプン怒りもしなかった。
(そりゃ、怒ることもあったんだが…)
どちらかと言えば拗ねた方だ、と今の自分も忘れてはいない。
前のブルーは大人だったし、頬っぺたを膨らませて怒るよりかは、拗ねてしまって…。
(話し掛けても返事が無いとか、そっぽを向いているだとか…)
もっと大人びた「怒り方」。
そういう「育った」ブルーだったから、恋に落ちたらキスを交わした。
今のブルーには贈りはしない、唇へのキス。
それに相応しいブルーにだったら、今だってキスを贈るだろう。
ブルーに「ケチ!」と言わせはしないで、腕の中に強く抱き込んで。
(なのに、あいつは分かっちゃいなくて…)
ケチ呼ばわりだ、と些か不本意ではある。
ブルーのためを思っているのに、まるで通じていないから。
心も身体も幼いブルーは、恋人同士のキスをするには早すぎる。
頬と額へのキスが似合いで、まだまだ幼いチビの恋人。
(唇にキスをしようものなら、固まっちまうと思うんだがな…?)
こんな気味悪いキスは知らない、と震え上がって、泣きそうになって。
そうならないよう、「キスはしない」と言っているのに、通じないブルー。
(駄目だと言ったら、ケチだと怒って膨れるんだから…)
堪忍袋の緒が切れるとは思わないのか、とフウと溜息。
並みの恋人なら、喧嘩別れになりそうな「ケチ!」と、膨れっ面と。
「其処まで言うなら、好きにしろ」と、椅子を蹴るように立ち上がってもいいくらい。
「二度と此処には来てやらん!」と怒鳴って怒って、足音も荒く出て行ったって。
無理ばかりを言う恋人なのだし、こちらの心も分かってくれずに「ケチ」呼ばわり。
いつでもプンスカ怒るのはブルー、悪口を言ってくるのもブルー。
「ハーレイのケチ!」と何度言われたか、膨れっ面を何度見たことか。
「キスは駄目だ」と睨み付ける度に、断る度に。
今日もやっぱり膨れたブルー。
「ハーレイのケチ!」と怒って膨れていたものだから…。
(そういう時には、俺だって…)
少しばかりは仕返ししたくもなるもんだ、と潰してやったブルーの頬っぺた。
フグみたいに見事に膨れているのを、大きな両手で包んでペシャンと。
そして笑った、「ハコフグだな」と。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、尖った唇を眺めながら。
それをやるとブルーは「酷い!」と叫んで、「ぼくはハーレイの恋人なのに」と文句たらたら。
機嫌が元に戻るまでには、暫くかかるのだけれど…。
(それでも許せちまうんだ…)
膨れっ面になったブルーも、ケチ呼ばわりも。
頬っぺたを潰された後の文句も、何もかも全て。
(なんたって、あいつがいてくれるだけで…)
俺は幸せ者なんだから、と自然と笑みが浮かんでくる。
「何を言われても許せちまうな」と、「俺としては不本意なことだって」と。
ブルーと二人で過ごせる時間を、また持てるとは夢にも思いはしなかったから。
前の自分が失くしたブルーが、生きて戻って来てくれたから。
だから許せる、「ケチ」と言われても。
ブルーが怒って膨れっ面でも、愛おしい人がいてくれるだけで幸せだから…。
許せちまうな・了
※ブルー君の膨れっ面と、「ハーレイのケチ!」と。並みの恋人なら、確かに怒るかも。
けれど怒らないハーレイ先生、何を言われても許せるようです。ブルー君ならばv