(地球なんだよね…)
ぼくが暮らしている星は、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイと二人、生まれ変わって青い地球の上にやって来た。
気が遠くなるほどの長い時を飛び越え、前と同じに育つ身体を手に入れて。
(ぼくはちょっぴりチビなんだけど…)
子供になってしまったけれど、と眺めた自分の細っこい手足。
十四歳にしかならない子供の身体で、ハーレイはキスもしてくれない。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と。
ハーレイが決めた酷すぎる決まり、恋人同士でも交わせないキス。
貰えるキスは頬と額にだけ、本当に子供向けのキス。
(あれは酷いと思うんだけど…)
いくら膨れても、「ハーレイのケチ!」と文句を言っても、変わらない決まり。
当分はキスは貰えそうもなくて、今の自分は子供扱い。「チビ」と言われて。
なんとも不幸な話だけれども、キスさえ貰えないチビの自分は…。
(地球に生まれて、地球で育って…)
宇宙から地球を見ていないだけ、と不思議な気分。
前の自分が焦がれ続けた、青い地球。憧れだった水の星が今の自分の故郷。
(地球から外に出たことが無いから…)
故郷なのだ、と実感したことは無いけれど。
地球はいつでも足の下にあって、外からは見ていないから。
(前のぼくだと、地球は夢の星…)
いつか行きたくて、幾つもの夢を描いていた星。
フィシスが抱いていた地球の映像、それが欲しくて彼女を攫って来たほどに。
白いシャングリラの仲間を欺き、「ミュウの女神だ」と嘘をついてまで。
機械が無から作ったフィシスに、自分のサイオンを分け与えてまで。
前の自分が憧れた地球。何度も夢に見ていた星。
(ハーレイと一緒に辿り着いたら…)
自由になれる筈だった。
白いシャングリラが地球に着いたら、ミュウが殺される時代は終わる。
そうなれば、もう要らないソルジャー。箱舟だって要らなくなるから、キャプテンだって。
(前のぼくたち、ソルジャーとキャプテンだったから…)
恋に落ちても誰にも言えずに、隠し続けるしかなかった二人。
皆を導く立場のソルジャー、船の舵を握っていたキャプテン。
そんな二人が恋人同士だと皆に知れたら、船はたちまち大混乱に陥ってしまう。
(だけど、地球まで辿り着けたら…)
ソルジャーもキャプテンも、シャングリラも必要とされない時代がやって来る。
その日を夢見て、ハーレイと生きた。
地球に着いたら恋を明かして、船を降りて二人で暮らそうと。
青い地球の上でやってみたいことも、幾つも幾つも夢を描いて。
(…夢の朝御飯…)
前の自分が食べたいと思った、地球ならではのホットケーキの朝食。
本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草で育った牛のミルクで作ったバター。
熱でとろける金色のバターと、砂糖カエデの木から採れたシロップ。
それを絡めてホットケーキを食べてみたいと、きっと素敵な朝食だからと。
(ヒマラヤの青いケシも見たくて…)
地球の青さを写し取ったような、青い花びらを持ったケシ。
人を寄せ付けない高峰に咲く、天上の青を湛えた花。
蘇った地球なら、青いケシだって咲くのだろうから、見に行きたかった。
真っ青な地球の空の上を飛んで、白い雲の峰を幾つも越えて。
(ハーレイは空を飛べないから…)
抱えて飛ぼうと考えていた、前の自分。
強いサイオンを自在に操ることが出来たし、ハーレイを連れて飛ぶのも簡単。
ハーレイと一緒にケシを見ようと、ヒマラヤまでも飛んでゆこうと。
他にも幾つもあった夢。
五月の一日に恋人たちが贈り合っていた、白いシャングリラで咲いたスズランの花束。
それをハーレイに贈ろうと夢見て、「地球に着いたら」と心に決めた。
花壇に咲いた花とは違って、希少価値の高い森のスズラン。
栽培種よりも香り高いとヒルマンから聞いた、野生のスズランを見付け出そうと。
スズランは小さい花だけれども、心のこもった花束を作ってハーレイに、と。
(もっと他にも、夢は一杯…)
ハーレイと一緒に地球で暮らせる時が来たら、と描いた夢たち。
いつかシャングリラで辿り着こうと、ハーレイと二人で夢を叶えようと。
けれど、叶わなかった夢。
地球の座標さえも掴めない内に、思い知らされた命の終わり。
誰よりも長く生きたがゆえに、誰よりも早く迎えた寿命。
(地球に着くまでは、生きられないって…)
もう駄目なのだと分かった時から、夢は夢でしかなくなった。
どんなに焦がれて憧れようと、青い星には辿り着けない。自分の命は其処まで持たない。
諦めざるを得なかった地球。
憧れだった星は夢で終わると、けして其処には行けないのだと。
(それでもやっぱり、地球が見たくて…)
前のハーレイと寄り添い合っては、もう叶わない夢を語った。
地球に着いたら行きたかった場所や、やってみたかったことなどを。
叶いはしないと分かっていたって、夢を見るのは自由だから。
命尽きたら、魂だけでも地球へと飛んでゆけそうだから。
(…青い地球を見ることが出来たなら、って…)
夢見るように話した前の自分を、ハーレイは笑いはしなかった。
いつも笑顔で頷いてくれた、「いつか行けるといいですね」と。
「その時は私も一緒ですよ」と、「二人で青い地球を見ましょう」と。
たとえ身体は消えてしまって、命も持っていなくても。
魂だけになっていようと、何処までも二人一緒なのだと。
(ハーレイと行けると思ったのにね…)
前の自分が焦がれた地球。憧れだった、青い水の星。
ハーレイと行こうと思っていたのに、寿命が尽きても二人で見ようと思ったのに。
(…前のぼく、メギドで独りぼっちで…)
死んでしまって、それきりになった。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くした右手。
冷たく凍えてしまったその手は、もうハーレイとは繋がっていない。
ハーレイとの絆は切れてしまって、二度と会うことは叶わないのだと溢れた涙。
死よりも恐ろしい絶望と孤独、泣きじゃくりながら死んだ前の自分。
地球への夢も、ハーレイへの想いも、何もかもが全部、儚く消えて迎える終わり。
このまま闇へと落ちてゆくのだと、独りぼっちになってしまったと。
(…おしまいになった筈だったのに…)
ふと気が付いたら、地球に来ていた。
ハーレイと二人で時を飛び越えて、前の自分が焦がれた星に。
憧れだった星に生まれ変わって、今の自分は地球で生まれた地球育ちの子。
地球しか知らずに育った子供で、宇宙から見た地球を知らない子供。
青い水の星に住んでいるのに、その星を外から見てはいなくて…。
(地球はこんなの、っていう写真とか…)
映像しか知らない、今の自分。
あまりにも身近になりすぎた地球。
宇宙から見たら、どんな具合か知らないほどに。
地球を離れて宇宙に出る旅、それを一度もしていないほどに。
(前のぼくが聞いたら、ビックリ仰天…)
憧れの地球で暮らすどころか、その上に生まれて来るなんて。
生まれた時から地球の子供で、他の星など一つも知らずに育つだなんて。
その上、持っている「本物の家族」。
養父母とは違って、血の繋がった父と母。
今の世界では当たり前だけれど、前の自分が生きた頃には無かった血縁。
なんだか凄い、と考えてしまう今の地球。
人工子宮から生まれた子供は一人もいなくて、皆が持っている本物の両親。
おまけに人間は誰もがミュウだし、もう人類に追われはしない。
第一、今の自分とハーレイが暮らす、この青い地球は…。
(…前のぼくたちが生きてた頃には、何処を探しても…)
無かったんだよ、と目をパチパチと瞬かせる。
前の自分は知らないままで終わったけれども、ハーレイは見た。
白いシャングリラで辿り着いた地球で、青い地球が浮かんでいる筈の座標で、死の星を。
赤茶けた砂漠と、毒素を含んだ海しか無かった本物の地球。
前の自分が辿り着けていても、青い地球を見られはしなかった。
そんな星は何処にも無いのだから。…無残に朽ちた地球しか無かったのだから。
(前のぼくが頑張って辿り着いても…)
憧れだった星を見ることも叶わず、泣き崩れるしかなかっただろう。
描いていた夢は全て砕けて、それでも地球に降りねばならない。
そうしない限り、機械の時代は終わらないから。ミュウの時代は来はしないから。
(うんと頑張って、戦ったって…)
御褒美の青い星などは無くて、また宇宙へと去ってゆくだけ。
地球よりはマシな星を求めて、人が暮らせる星を探して。
ノアに行くのか、アルテメシアに戻ることになるか、はたまた別の星なのか。
せっかく地球まで辿り着いても、約束の場所が無いのでは。
青く輝く水の星が宇宙に無かったのでは。
(…そうなるよりかは、今の方がずっと…)
素敵だよね、と思う地球。
青い水の星の上に生まれて、本物の両親だっている。…それにハーレイも、前と同じに。
ちょっぴりチビになった自分は、ハーレイとキスも出来ないけれど。
(だけど、憧れだった星…)
チビの身体は残念だけれど、ハーレイと二人で生まれて来られた憧れの星。
幸せだよね、と噛みしめる今の自分の幸福。
憧れの地球が自分の故郷で、地球で育った子供だから。今の自分は地球育ちだから…。
憧れだった星・了
※前のブルーが焦がれた地球。其処に生まれたのがブルー君。ちょっぴりチビの姿になって。
チビに生まれたのは残念ですけど、地球が故郷で地球育ちの子。それを思うと幸せですよねv