(ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
それに酷い、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイが来てくれたけれど、いつものように断られたキス。
「ぼくにキスして」と強請ってみたのに、「俺は子供にキスはしない」と睨まれて。
何度も言ってる筈なんだが、と叱ったハーレイ。
(それは間違いないんだけれど…)
お互い、恋人同士なのだし、やっぱりキスが欲しくなる。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ハーレイと二人きりの時には、交わしたくなる恋人同士の甘いキス。
なのにハーレイは断るばかりで、今日もやっぱり駄目だった。
だから怒ってプウッと膨れた、頬っぺたに空気を含ませて。
唇も尖らせて怒ったけれども、ハーレイはキスをくれるどころか…。
(ぼくの頬っぺた、両手で潰して…)
「ハコフグだよな」と笑ってくれた。「フグがハコフグになっちまった」と。
恋人を捕まえてハコフグ呼ばわり、なんとも酷い恋人だけれど。
(酷くて、とってもケチなんだけど…)
それでも許してあげたからね、と昼間の出来事を思い出す。
ハーレイの両手に潰された頬っぺた、「ハコフグだよな」と笑われた顔。
もうプンプンと怒ったとはいえ、膨れ続けてもいられない。
ハーレイと二人きりで過ごせる時間は、ごく限られたものだから。
夕食の時間が来てしまったら、其処で終わりになる日も多い。
両親も一緒の夕食の後は、そのままダイニングで食後のお茶になりがちなもの。
(子供のお守りは大変だろう、ってパパもママも思っているんだから…)
ハーレイの負担を軽くするべく、食後のお茶はダイニングで。
その選択をされた時には、それっきり部屋に戻れはしない。
お茶が済んだら、「またな」と帰ってゆくハーレイ。
軽く手を振って、車で、あるいは逞しい二本の足で歩いて。
二人きりの時間が終わりかねない、夕食の支度が出来た時。
その時間まで膨れていたなら、ハーレイは「またな」と帰るだけ。
両親も交えた夕食のテーブル、其処で和やかに談笑してから、食後のお茶で。
(…ぼくがプンスカ怒っていたって…)
ハーレイは何事も無かったかのように、夕食の席では笑顔の筈。
時には「美味いぞ?」と料理を取り分けたりもしてくれて、普段と全く変わらない。
食べ終えてお茶の時間も済んだら、軽く手を振って帰ってしまって…。
(それっきり…)
次に訪ねて来てくれるまでは、もう二人きりの機会は無くなる。
それは困るから、「キスは駄目だ」と叱られようが、頬っぺたをペシャンと潰されようが…。
(ちゃんと許してあげるんだもんね)
いつまでも怒り続けていないで、頃合いを見て。
ハーレイが機嫌を取ろうとしたなら、それにほだされたふりをして。
(ぼくって、偉いよ)
見た目はチビの子供だけれど、と誇らしい気分。
とても酷くてケチな恋人、そんなハーレイさえ許せる自分。
心がうんと広いものね、と胸を張る。「だから許してあげられるんだよ」と。
十四歳にしかならない自分だけれども、前の自分の恋の続きを生きている。
普通の子供とは違うわけだし、心も広くて立派なもの。
(器が大きいって言うんだよね?)
ぼくの年にしては大きいんだから、と誰かに自慢したいほど。
自分くらいの年の頃なら、まだまだ我儘放題なのに。
ケチな恋人に酷くされたら、怒ってしまって許さないことも多いだろうに。
(ハーレイの馬鹿、って胸をポカポカ叩くとか…)
もう口なんか利いてやらない、とプイッとそっぽを向くだとか。
十四歳ならそれが似合いで、自分のように我慢はしない。許してやろうと思いもしない。
(悪いの、ハーレイなんだから…)
あっちが謝るべきだよね、と子供だったら考えるだろう。
けれども自分はそうはしないし、なんとも器が大きいと思う。心も広くて。
同い年の子たちとは違うものね、と思う自分の心の中身。
前の自分の膨大な記憶、それをそのまま引き継いだのが今の自分。
(チビだけど、チビじゃないんだから…)
器だって大きくなって当然、と思った所で気が付いた。
今の自分は器が大きくて立派だけれども、前の自分はどうだったろうか、と。
(えーっと…?)
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに恋をした自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
白いシャングリラを守り続けた、ソルジャーだった前の自分は…。
(ぼくのことより、船の仲間の方が優先…)
ミュウの未来を守らなければ、と考え続けたソルジャー・ブルー。…どんな時でも。
ハーレイと恋に落ちた後にも、変わらなかった考え方。
仲間たちの信頼を裏切らないよう、恋さえも最後まで隠し続けた。
船の仲間たちを導くソルジャー、白いシャングリラの舵を握っていたキャプテン。
そんな二人が恋人同士だと皆に知れたら、きっと大変なことになる。
船の頂点に立っている二人が、恋人同士となったなら…。
(何でも二人で決めるんだろう、って…)
皆が背を向け、誰もついては来てくれない。
そうなったならば船はバラバラ、もはや一つに纏まりはしない。
それでは駄目だ、と分かっていたから、懸命に隠し通した恋。
皆がいる場所ではソルジャーとキャプテン、友達同士の会話がせいぜい。
(メギドに向かって飛んだ時にも…)
別れの言葉もキスも交わさず、思念をそっと送っただけ。
ハーレイへの想いは微塵も出さずに、「ジョミーを支えてやってくれ」と。
たったそれだけ、口にした言葉も「頼んだよ、ハーレイ」と短いもの。
もう生きて会えはしないのに。
これが最後で、じきに自分の命は尽きてしまうのに。
(…前のぼく、なんだか凄くない…?)
あの時にだって隠していたよ、と驚かされた「自分の気持ち」。
死を前にしても本当の思いを言葉にしないで、ただ消えていったソルジャー・ブルー。
なんという生き方だったのだろう、と愕然とさせられた前の自分の人生。
ハーレイとの恋を隠し続けて、最後まで誰にも明かさなかった。
それにハーレイにも告げずに終わった、別れの言葉。
胸の中には、離れ難い想いがあったのに。
「せめて、これだけは」と、思念を送るために触れた腕から、その温もりを貰っただけで。
もうそれだけで充分だから、とメギドへと飛んだ前の自分。
ハーレイの温もりがあれば一人ではないと、「この温もりさえ持っていれば」と。
(…その温もりを、落として失くして…)
独りぼっちになってしまった、前の自分が迎えた最期。
銃で撃たれた痛みが酷くて、右手から消えてしまった温もり。ひと欠片さえも残さずに。
冷たく凍えてしまった右の手、泣きじゃくりながら死んだ自分。
もうハーレイには二度と会えないと、絆が切れてしまったからと。
(だけど、泣いてた間にも…)
前の自分は忘れなかった。…ソルジャーとしての立場のことを。
氷のように凍えた右手がとても悲しくて、死よりも恐ろしい絶望と孤独に追い込まれても。
それでも祈り続けていた。祈りを忘れはしなかった。
「どうか無事に」と、白いシャングリラが旅立てるよう。
メギドの炎に焼かれることなく、ミュウの箱舟が地球へと船出してゆけるよう。
(ハーレイの無事も祈ってたけど…)
それよりもミュウの未来を祈った。白い箱舟に幸多かれと。
青い地球まで辿り着けるよう、いつか平和な時代が宇宙に訪れるよう。
(…あんなの、前のぼくにしか…)
無理じゃないの、と思った祈り。
自分の命が消える時にも、ただ仲間たちを思い続けた。深い悲しみの只中にいても。
ハーレイとの絆が切れてしまって、もう会えないと泣きじゃくっていても。
(…前のぼく、ソルジャーだったから…)
ああいう風に生きられたんだ、と驚かされる、その強さ。
死の瞬間まで、自分のことより仲間たちを思ったソルジャー・ブルー。
ハーレイの温もりを失くして独りぼっちでも。…もう会えないと涙を流していても。
立派すぎる、と思う前の自分の生き方。
あまりにも大きな、「ソルジャー・ブルー」という器。
長い長い時が流れた今でも、大英雄と称えられるだけのことはあるらしい。
(…前のぼくの器、大きすぎるよ…)
今のぼくにはとても無理、と痛感させられる前の自分の生きざま。
「ハーレイのケチ!」と膨れるどころか、恋さえ隠して宇宙に散った。
ハーレイの温もりさえも失くして、独りぼっちで。…それでも仲間の無事を祈って。
(今のぼくだと、もう大騒ぎ…)
とてもメギドに飛べはしないし、ハーレイの側を離れるだなんて、とんでもない。
ミュウの未来など知ったことかと、追い求めそうな自分の幸せ。
(ソルジャーになんか、なれないよ…)
じきに膨れる今のぼくは、と思い知らされた「器」の小ささ。
自分では大きいつもりでいたって、ケチなハーレイを許せる程度。
前の自分とは比べようもなくて、うんとちっぽけになっているのが今の自分。
(…今のぼくの器、前のぼくの半分にだって足りないよ…)
百分の一でもまだ駄目だ、と思うけれども、億分の一にも足りなさそうなのだけれど。
今は平和な時代なのだし、この器でもいいのだろう。
ケチなハーレイにプンスカ怒って、「許してあげた」と大満足な自分でも。
きっと「今」には似合いだから。
ちっぽけな器になってしまっても、今の平和な時代だったら充分、大きな器だから…。
今のぼくの器・了
※チビだけど器は大きいんだから、と考えていたブルー君。「ハーレイだって許せるよ」と。
けれども、ソルジャー・ブルーだった頃と比べたら…。ちっぽけな器で、今にお似合いv