(本当にチビになっちゃったよね…)
今のぼく、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日、仕事の帰りに寄ってはくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
学校での挨拶だけに終わって、残念な気持ちで迎えた夜。
(前のぼくだったら、昼間は全く会えなくたって…)
夜になったらハーレイに会えた。
前の自分が暮らした青の間、其処で待っていれば来たハーレイ。
ただし、恋人としてではなくて。…白いシャングリラを預かるキャプテン、船の最高責任者。
前のハーレイはキャプテンだったし、前の自分は皆を導くソルジャー。
(ソルジャーには報告が必須だから…)
よほど忙しい日を除いたら、夜には必ずハーレイが報告にやって来た。大真面目な顔で。
船のことやら、仲間たちのことやら、報告の内容は実に様々。
それが終われば、ようやくハーレイの仕事も終わる。キャプテンとしての一日が。
後は自由な時間になるから、報告を全て聞き終わったら…。
(キスして、夜食なんかも食べて…)
ゆっくりと恋人同士で過ごして、愛を交わして二人で眠った。青の間のベッドで。
けれど今では、キスさえも貰えない自分。
青い地球の上に生まれ変わって、新しい命と身体を貰って、ハーレイと巡り会えたのに。
(ぼくがチビだから、ハーレイはキスもしてくれなくて…)
もちろん一緒に暮らせもしなくて、夜はいつでもポツンと一人。
こうしてベッドに座っていたって、ハーレイが訪ねてくるわけがない。
きっと今頃は、何ブロックも離れた所にある家で…。
(コーヒーを淹れて、書斎でのんびり…)
でなきゃリビングかダイニングだよ、と思い浮かべるハーレイの姿。
本のページをめくっているのか、覚え書きだという日記でも書いている最中か。
小さな恋人のことなど忘れて、一人の時間を楽しみながら。
きっと忘れているんだから、と悔しい気持ちに包まれる。
もしも自分がチビでなければ、今頃は一緒だった筈。二人きりの家で。
(ハーレイがお風呂に入っていたって、待ってれば…)
その内に上がってくるのだろうし、「待たせてすまん」と貰えるキス。
甘くて幸せなキスを交わして、けして側から離れはしない。
ベッドで愛を交わした後には、ハーレイの逞しい腕に抱かれて眠るだけ。朝まで、ぐっすり。
(うーん…)
チビに生まれたのが悪かったよね、と思っても「今」は変わらない。
生まれた年も変わりはしないし、凄い速さで育つのも無理。
(もうちょっと早く生まれていたら…)
四年くらい、と折ってみる指。
それだけ早く生まれていたなら、今の自分は十八歳。
(ちゃんと結婚できる年だし、身体も育っていそうだし…)
前の自分と同じ背丈に育っていたなら、ハーレイはキスをくれた筈。
子供向けの頬や額に贈るキスの代わりに、唇と唇を重ねるキスを。
プロポーズだってして貰えるから、とうに結婚して同じ家で暮らしていただろう。
この家でポツンと一人ではなくて、ハーレイの家に部屋を貰って。
(ハーレイが仕事に行ってる間は、自分の部屋とかリビングで過ごして…)
夜はハーレイの側を離れず、眠る時にも同じベッドで。
一人の時間があるとしたなら、ハーレイがお風呂に入る時くらい。
(日記を書く時も、追い出されちゃうかもしれないけれど…)
書斎からポイと放り出されて、「まだ終わらないの?」と待たされる時間。
前のハーレイも何度も言っていたから、航宙日誌を書いていた時に。
「俺の日記だ」と大きな身体で隠してしまって、読ませて貰えなかった「それ」。
あれと同じで、今の日記も駄目かもしれない。
「何を書いてるの?」と覗こうとしても、「俺の日記だ」と隠されて。
書く時は書斎から放り出されて、独りぼっちで待たされる。…書き終えるまで。
「覗くなよ?」と何度も念を押されて、書斎には入れない時間。
けれど終わったら、また二人きりで過ごせる時間がやって来るのが毎日の夜。
自分がチビの子供でなければ、手に入った筈の幸せな時間。
もっと大きく育っていたら、と考える内に気が付いた。
(…前のぼくだって、最初はチビ…)
年はハーレイよりも上だったけれど、身体は見事にチビだった自分。心の方も。
成人検査でミュウと判断され、アルタミラの檻で過ごした日々。
話相手など誰もいなくて、繰り返された過酷な人体実験。
生きていたって希望など無いし、見えることさえ無かった未来。
(大きくなっても、いいことなんか何も無いから…)
無意識の内に止めた成長。心も身体も、成人検査を受けた時のままで。
だからハーレイと出会った時には、今と変わらない姿の子供。
(本当にチビで、中身も子供で…)
ハーレイたちが育ててくれたけれども、本当の年は船の誰よりも上だった。
今のハーレイと自分の年の差どころか、もっと開いていた互いの本当の年。
(あんな風に、ぼくが年上だったら…)
生まれ変わった今の自分が年上だったら、どんな風になっていたのだろう?
ハーレイよりも先に生まれて、ハーレイと再会したならば。
(…今のぼくたちの年の差、そのまま逆様だったなら…)
自分の方は三十八歳、ハーレイが十四歳になる。
再会した時の年でいくなら、ハーレイの誕生日はまだだったから…。
(ぼくが三十七歳で…)
ハーレイが十四歳の子供で、と今の自分たちに置き換えてみる。
チビの自分は前と同じに育った姿で、学校の教師。…何の教科かは知らないけれど。
新しい赴任先で入った教室、其処にいるのが生徒のハーレイ。
(…ハーレイなんだ、って分かった途端に…)
右の瞳や両肩から溢れ出す鮮血。前の自分がメギドで撃たれた時の傷痕。
聖痕の痛みは、育っていたって耐えられるものではないだろうから…。
(ぼくは気絶で、ハーレイの方はきっとビックリ仰天で…)
記憶を取り戻して駆け寄って来ても、生徒のハーレイに出来るのは其処まで。
救急車に一緒に乗れはしないし、教室に置いてゆかれるだけ。不安で一杯の心を抱えて。
なんだか大変、と思ったハーレイとの出会い。
自分の方が年上だったら、再会したって今よりも苦労しそうな感じ。
(ハーレイが病院に来ようとしても…)
生徒は学校を抜けられないから、放課後まで外に出られはしない。
それにハーレイなら、放課後はクラブ活動だろう。柔道か、それとも水泳なのか。
(どっちも、勝手に帰れないから…)
クラブが終わるまでは校門を出られず、その時間には救急搬送された自分も帰宅している。
聖痕は本物の傷とは違って、要はショックを引き起こすだけ。
意識が戻れば、大人だったら早く退院できるだろう。「家で様子を見て下さい」と。
学校は暫く休むにしたって、多分、必要ない入院。
(家に帰って、ベッドで寝てたら…)
ハーレイが訪ねて来るのだろうか、学校で家の住所を聞いて。
チャイムの音で目を覚ましたら、「ブルー先生?」と表に立っているハーレイ。
(着替えて、表に出て行って…)
ハーレイを家に招き入れたら、お茶とお菓子を出すのだろうか。
「よく来てくれたね」と、前の自分のような口調で。
なにしろハーレイは子供なのだし、自分の方は大人で教師。
(…「ただいま、ハーレイ」なんて、言えないよね?)
いくらハーレイが恋人でも。…遠く遥かな時の彼方で、共に暮らした人であっても。
十四歳にしかならないハーレイ、きっと姿も少年のそれ。
(今のぼくよりかは、大きくっても…)
大人の自分に敵いはしないし、顔立ちだって子供の顔。
前のハーレイの少年時代を、前の自分は知らないけれど。…今の自分も話に聞くだけ。
運動が好きな悪ガキだった、と今のハーレイの少年時代を。
ヤンチャで悪ガキだったハーレイ、それでも「子供」には違いない。
「ただいま、ハーレイ」と告げられたって、途惑うだろう子供のハーレイ。
「帰って来たよ」と微笑み掛けても、ハーレイはきっと困ってしまう。
だから言えない、そんな言葉は。…今のハーレイに自分が告げた言葉は。
「久しぶりだね」とでも言うしかなくて、抱き合えもしない。…ハーレイが子供だったなら。
出会いからして大変な上に、再会した後も厄介そうな「年が逆様だった」時。
前の自分はそれよりも遥かに上だったけれど、姿も中身もチビだったから…。
(ハーレイから見たら、チビの子供で…)
年上なのだと知った後にも、それまでと変わらず接してくれた。
「お前、子供でチビだしな?」と、大きな手で頭を撫でてくれたりもして。
ところが平和な今の時代に、自分の方がハーレイよりも早く生まれて来てしまったら…。
(ぼくがハーレイの面倒を見るわけ?)
少なくとも学校では教師と生徒で、ハーレイを指導する立場。
学校の外で会うにしたって、ハーレイの姿が前と同じにならない内は…。
(甘えるどころか、ぼくがハーレイを連れて歩いて…)
休日ともなれば食事だろうか、「御馳走するよ」と店に出掛けて。
「早く大きくならなきゃね?」と、ハーレイの食べっぷりに感嘆しながら。
(…それって、先生としてはどうなの?)
未来の恋人を早く育てようと、休日の度に御馳走するなんて。
「もっと食べていいよ」と、食の細い自分は笑顔で見守り続けるだけで。
(…ハーレイがちゃんと育ってくれないと、キスをする気にもなれないし…)
なんとも困った、と思うものだから、今の年の差でいいのだろう。
チビの自分は部屋にポツンと一人きりでも、ハーレイに忘れ去られていても。
互いの年が逆様だったなら、どうやら悲劇らしいから。
どちらかがチビになるのだったら、今の自分がチビだった方が、きっと幸せなのだろうから…。
逆様だったなら・了
※ハーレイ先生よりも、自分の方が年上だったら、と考えてしまったブルー君。今の年の差で。
教師と生徒で再会したなら、なんとも大変そうな日々。ブルー君がチビの方が幸せですv