(ハーレイのことは好きなんだけど…)
ちゃんと愛しているんだけれど、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
この部屋で二人でゆっくり過ごして、夜は両親も一緒に夕食。
それは幸せな日だったけれども、こうして部屋で一人になったら…。
(…ハーレイ、今日も酷かったよね?)
とっても意地悪、と思い出してしまう昼間の出来事。
二人きりの時間にキスを強請って、いつもと同じに断られた。「キスは駄目だ」と。
「俺は子供にキスはしないと言ってるよな?」と、鳶色の瞳で睨まれて。
お決まりの言葉で、ハーレイときたら、そればかり。…恋人がキスを頼んでも。
どんなに「キスして」と強請ってみたって、まるで取り合ってはくれないハーレイ。
前の生からの恋人同士で、再び巡り会えたのに。
青い地球の上に生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(本当にケチで、うんと意地悪なんだから…)
あれでもホントに恋人なの、とプウッと頬を膨らませる。
ハーレイは此処にいないけれども、昼間にやって見せていたように。
キスを断られてプンスカ怒って、膨れっ面になっていたように。
(この顔だって、ハーレイ、苛めてくれるんだから…)
今日もやられた、と意地悪なハーレイの手の感触が蘇る。両の頬っぺたに。
褐色の肌の大きな両手で、ペシャンと押し潰された頬。プンプン怒って膨れていたら。
(頬っぺたを潰して、笑って、ハコフグ…)
あれだって酷くて意地悪だよ、と尽きない不満。
何処の世界に、恋人の頬を押し潰すような酷い輩がいるだろう?
しかもペシャンと潰した後には、その顔を眺めて可笑しそうに笑う。「ハコフグだな」と。
「フグがハコフグになっちまったぞ」と、「お前、ホントにそっくりだよな」と。
似てはいないと思うハコフグ。
尖った唇がトレードマークの、ちょっと四角いフグなんて。
頬っぺたを潰される前の顔だって、フグなんかとは似てもいないと思うのに…。
(ハーレイ、いつもフグって言うし…)
おまけにハコフグ、恋人の頬を自分の両手で押し潰して。
まるでこの顔で遊ぶみたいに、「フグだよな?」と面白がっては「ハコフグ」にして。
(どうして、あんなに意地悪なわけ…?)
前のハーレイなら苛めなかった、と時の彼方に思いを馳せる。
恋人同士になった後にはもちろん、その前だって一度も苛められてはいない。
前の自分がチビだった頃も、今とそっくりだった頃にも。
(そりゃ、本当の年はハーレイよりもずっと上だったけど…)
アルタミラの檻で心も身体も成長を止めて、長く暮らした前の自分。
未来に希望を持てはしなくて、育ったとしても「いいこと」は何も起こらないから。
繰り返される過酷な人体実験ばかりの日々では、未来など思い描けないから。
(自分では意識していなかったけど…)
成人検査を受けた時のまま、止まった成長。身体も、中身の心の方も。
だからハーレイと出会った時にも、姿と同じにチビだった。
今の自分と変わらないチビで、アルタミラから脱出した後の船の中では…。
(ぼくだけがチビで、みんなは大人だったから…)
どうすればいいのか分からないまま、ハーレイの後ろをついて歩いた。
親鳥を追い掛ける雛鳥みたいに、何処へ行くにも。
ハーレイの方でも承知だったし、いつも面倒を見てくれた。
船の中で出来た友達などには、「俺の一番古い友達だ」と言って紹介してくれて。
「サイオンは強いが、まだ子供だから」と、前の自分を守ってもくれた。
ただ一人きりのタイプ・ブルーを恐れる仲間もいたものだから。
(俺の友達だから大丈夫だ、って…)
ハーレイが保証してくれたお蔭で、怖がる者は無くなった。
見た目通りのチビの子供で、少しサイオンが強いだけだ、と安心して。
「ハーレイの一番古い友達なら、怖がらなくても大丈夫」と。
そんな具合に、親切だった前のハーレイ。
チビだった前の自分を苛めるどころか、守ってくれてさえもいた。
不安がる船の仲間たちから、「タイプ・ブルー」を恐れた者たちから。
(前のハーレイは、とても優しくて…)
持ち場にしていた厨房に行けば、あれこれと試食させてもくれた。
「何が出来るの?」と覗き込んだら、「食ってみるか?」と向けられた笑顔。
「すぐに出来るから、其処で待ってろ」と、手早く仕上げた試作品の料理。
皿にちょっぴり取り分けてくれたり、スプーンで掬って渡されたり。
(とっても美味しかったんだよ…)
前のハーレイの自信作。
試作品でも、検討してから作るから。データベースの資料やレシピを参考に。
「美味いか?」と訊かれて「うん」と頷いたら、追加を貰えたこともしばしば。
「お前は食が細いからな」と、「少しずつでも食っておくのが一番だ」と。
何度も貰った試作品の料理。ハーレイが目の前で仕上げた料理。
(前のぼくは何度も食べられたのに…)
すっかり変わってしまった今。
青い地球の上で巡り会ったら、ハーレイはケチになっていた。
唇へのキスをくれないどころか、今のハーレイが作る料理も…。
(一つも御馳走してくれないんだよ!)
ハーレイが言うには、「俺が手料理を持って来たなら、お母さんが困っちまうだろ?」。
客の立場でそれは出来ない、と断られてしまった「手料理のお土産」。
家で色々作っていたって、試食させてはくれないハーレイ。
作って貰える料理と言ったら、「野菜スープのシャングリラ風」だけ。
前の自分が寝込んだ時には、ハーレイがそれを作ってくれた。
何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。
今でもレシピは変わらないけれど、作って貰える時の条件まで変わらない。
学校を休んで寝込んだ時だけ、ベッドの住人になった時だけ。
それ以外では、一向にお目にかかれない。
ハーレイは料理が得意らしいのに、「野菜スープのシャングリラ風」にさえも。
手料理もキスもくれないハーレイ、なんともケチになった恋人。
その上、苛められたりもする。
今日みたいに頬っぺたをペシャンと潰して、「ハコフグだな」などと笑ったりして。
(ケチだし、酷いし、おまけに意地悪…)
あれでも本当に恋人だろうか、あんなにケチで酷いのに。…意地悪なのに。
前の自分になら、いつも優しくしてくれたのに。苛めはしないで、守ってくれて。
(…同じハーレイなんだけど…)
見た目は変わらないんだけれど、と悲しい気分になったりもする。
意地悪になってしまった恋人、酷くてケチでキスもくれない。
キスを強請れば「俺は子供にキスはしない」で、断った後も苛めにかかる。
膨れっ面になった顔を「フグだ」と笑った挙句に、両手で潰してしまう頬っぺた。
そうやった時は「ハコフグ」になって、見る方は愉快らしいから。
やられた恋人が怒っていたって、ハーレイは少しも気にしない。
なにしろ意地悪で酷い恋人、可笑しそうに笑い続けるだけ。
ハコフグにされて不満たらたら、唇を尖らせている顔を。
前の生から愛し続ける恋人の顔を、笑って眺めて楽しむハーレイ。
(ホントのホントに酷いんだから…)
それに意地悪、とプウッと膨らませる頬っぺた。今ならハーレイも潰せないから。
この時間ならばきっとコーヒー、書斎かリビングか、ダイニングかで。
(ぼくを苛めたことも忘れて、きっとのんびり…)
傾けているだろうマグカップ。苦い飲み物をたっぷりと淹れて。
コーヒーが苦手な恋人のことも忘れてしまって、本でも読んでいるのだろうか?
(どうせ、そういう夜なんだから…)
うんと意地悪なハーレイだしね、と腹が立つけれど、ますます頬っぺたが膨れるけれど。
それでも思考が向いてしまうのが、その意地悪なハーレイのこと。
この時間ならどうしているかと、何をして過ごしているのだろうかと。
(だって、ハーレイなんだもの…)
いくら意地悪でケチになっても、酷い恋人になってしまっても、愛おしい人。
誰よりも好きな恋人なのだし、忘れていろという方が無理。…苛められた日でも。
(ハーレイが、ぼくを忘れてたって…)
すっかり忘れてコーヒー片手に読書中でも、そのハーレイに恋する自分。
前の生から愛し続けて、今も変わらず愛しているから、忘れるなんてとても出来ない。
「酷い」とプンスカ怒っていたって、「意地悪だよ」と頬を膨らませたって。
(やっぱり好きだし、ハーレイしか好きになれないし…)
悔しいよね、と思い浮かべる恋人の顔。
こんなに好きでたまらないのに、今も想っているというのに、意地悪な人。
ケチで酷くて、頬っぺたを潰しにかかる恋人。
けれどもハーレイのことが好きだし、どうにもならない。
「お返し」とばかりに忘れたくても、頭から消えてくれないから。
こうして膨れっ面の今でも、気になって仕方ないのだから。
(…ハーレイのことは、愛してるけど…)
誰よりも大切なんだけど、と尖らせた唇。「ハコフグだってかまわないや」と。
「愛してるけど意地悪だよね」と、「おまけにケチで酷いんだよ」と。
そうは思っても忘れられない、その意地悪な恋人の顔。
ケチで酷くても、誰よりも好きで大切な人。
愛しているから文句を言いたい、「酷すぎるよ」と。
「苛めないでよ」と、「ぼくはこんなに、ハーレイが大好きなんだから」と…。
愛してるけど・了
※ハーレイは意地悪になっちゃった、と不満たらたらのブルー君。おまけに酷い、と。
けれど忘れることも出来なくて、自分の部屋で膨れっ面。意地悪でも、誰よりも好きな恋人v