(王子様かあ…)
前のぼくならそうなんだけどな、とブルーの頭に浮かんだ言葉。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
その人のことを想うつもりが、どうしたはずみか「王子様」と、ポンと。
(んーと…)
王子様と言えば王族、王様と王妃様との子供。
お伽話の世界の中には何人もいるし、現実にもいた王子様。ずっと昔は。
人間が地球しか知らなかった頃に、幾つも生まれては消えた王国。
何処の国にも王子様がいて、それは幸せに暮らした筈。
悲劇に見舞われてしまった王子も、きっと大勢いただろうけれど。
(人間が宇宙に出ていく頃になったら…)
もう王国の興亡は無くて、緩やかに消えて行った王族。それに貴族たちも。
王国はすっかり時代遅れで、広い宇宙で暮らす人間には馴染まない。
そうして本物の「王子様」は消えて、お伽話の王子様が残った。
ハッピーエンドの人生を生きる王子様。
辛く悲しい思いをしたって、お伽話はハッピーエンドで終わるもの。
(白鳥に変えられた王子様だって、最後は幸せ…)
片方の腕が白鳥の翼のままで残っても、ちゃんと迎えたハッピーエンド。王子に戻って。
他にもお伽話は色々、王子様に憧れる人だって多い。「本物」はとうにいなくても。
SD体制の時代に入るよりも前に、王族は消えてしまっていても。
(今の時代だと、前のぼくだって…)
どういうわけだか、立派に「王子様」扱い。王子様たちの仲間入り。
ミュウの時代の礎になったソルジャー・ブルーは、今の時代は大英雄。
写真集が幾つも出版されて、大勢の女性たちの憧れ。
まるで本物の王子様みたいに、ソルジャー・ブルーに夢を見ている女性たち。
「こういう人がいればいいのに」と。「理想の王子様」だとも。
なんだか不思議、と思うけれども、それが現実。
死の星だった地球が蘇るほどの時が流れて、青い地球の上に生まれてみたら、そうなっていた。
(王子様みたいなソルジャー・ブルー…)
ホントに王子様扱いだよ、と苦笑する。
前の自分は王子様など、まるで意識していなかったのに。懸命に生きていただけで。
(エラやヒルマンは、とても喜びそうだけど…)
ソルジャー・ブルーが王子様のように扱われる時代、それが未来と知ったなら。
大勢の女性たちが夢中で、写真集だって幾つもあると聞かされたなら。
(ソルジャーはとても偉いんだから、って…)
せっせと旗を振っていたエラ、ヒルマンだって頑張っていた。
船の中だけが全ての世界で、白い鯨になった後でも、二千人ほどしかいなかったのに。
大きな船でも世界は狭くて、仲間たちの数も少なかったのに、努力を重ねたエラとヒルマン。
「ソルジャーはとても偉いのだから」と、青の間まで作ってしまったほど。
そうでなくても、「ソルジャー」の称号を決める時には、暗躍していたあの二人。
(カイザーに、ロード…)
彼らが持ち出した称号の候補。
カイザーは皇帝、ロードの方は、場合によっては「神」の意味にもなる言葉。
そんなとんでもない候補を作って、船の仲間たちに説いて回った。「これが一番」と。
前のハーレイの機転が無ければ、きっと「ソルジャー」を名乗る代わりに…。
(…カイザーか、ロード…)
そのどちらかを名乗る羽目になっていただろう。前の自分は。
「皇帝」だなどと、偉そうに威張り返りたいとは、全く思わなかったのに。
場合によっては「神」になる「ロード」は、それこそ論外だったのに。
(だけど、どっちも凄く人気で…)
船の仲間たちは、それに投票する気満々。「カイザーかロードがいいと思う」と。
それを聞き付けて真っ青になった前の自分。
「大変なことになった」と慌てふためき、前のハーレイに助けて貰った。
カイザーとロードは絶対に嫌だと、「ぼくはソルジャーでいいんだけれど」と。
お蔭で「ソルジャー」になれたけれども、不満だったのがエラとヒルマン。
ハーレイが策を講じるまでは、カイザーとロードが大人気。
そのどちらかに決まりそうだと、二人とも思っていたのだから。
「カイザーになっても、ロードになっても、威厳たっぷりで偉そうだ」と。
けれども蓋を開けてみたなら、圧倒的多数で決まった「ソルジャー」。
ただの「戦士」にしかならない言葉で、とてもガッカリした二人。
(…それでも二人とも、負けていなくて…)
ソルジャーに決まってしまった後にも、あれこれと策を巡らせていた。
マントの色を「皇帝の色」の紫にしたり、皆の制服にあしらう石の色を選ぶ時にも…。
(お守りだから、前のぼくの瞳の色にしよう、って…)
赤い石に、と強引に話を進めたほど。
遠い昔の地球のお守り、魔除けだったという「メデューサの瞳」。
そのお守りは「青い瞳」だから、ミュウのお守りには「ソルジャーの瞳」の赤い石だ、と。
何かと言ったら、前の自分を祭り上げていたエラとヒルマン。
「他の仲間たちとは違うのだ」と、重ねた演出。
(…ずっと未来に、前のぼくが王子様扱いになるって聞いたら…)
踊り上がって喜んだだろう。「やはり自分たちは正しかった」と、手を取り合って。
自分たちの努力が報われるのだと、もっと頑張ってゆかなくては、と。
(祭り上げられる方は、とても迷惑…)
普通のミュウで良かったのに、と何度ぼやいたことだろう。
遠く遥かな時の彼方で、特別扱いされてしまう度に。
他の仲間たちと同じに暮らしたくても、「駄目です」と文句を言われる度に。
(王子様扱いになっちゃったのは…)
エラとヒルマンのせいだけではない、と分かってはいる。
前の自分の姿形も大きかったと、どちらかと言えば、そのせいだ、とも。
(でも、紫のマントとかを着せられていなかったら…)
扱いはきっと違っただろうし、責任が無いとも言えない二人。
今更文句を言った所で、二人とも、とうにいないけど。…時の彼方に逃げ去ったけれど。
青い地球に来て、気付いてみたら、前の自分が「王子様」。
王族の血など引いてはいなくて、ミュウの初代の長だったのに。
人類から見れば異分子の長で、さながら蛮族の族長みたいなものだったのに…。
(ミュウの時代が来てしまったら、王子様…)
ホントに不思議、と目をパチクリと瞬かせた。
アルタミラの檻で暮らしたチビが、いつの間にやら「王子様」。
今や多くの女性の憧れ、王子様扱いのソルジャー・ブルー。お伽話の王子様みたいに。
(前のぼくだと、王子様で人気も凄いのに…)
ぼくはちっともそうじゃないよね、と零れた溜息。
今の自分はチビの子供で、恋人にさえも鼻であしらわれる始末。
「お前は、まだまだ子供だしな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
チビの子供になってしまったから、ハーレイの扱いも変わったろうか。
王子様のようだった前の自分なら、とても大事にしてくれたのに。遠く遥かな時の彼方で。
いつも大切に扱ってくれて、今みたいに苛めはしなかった。ただの一度も。
キスを強請ったら断るだとか、それで膨れっ面になったら、頬っぺたを両手で潰すとか。
(…頬っぺたをペシャンと潰して、ハコフグ…)
恋人に向かって酷い渾名をつけたハーレイ。「ハコフグだな」と。
膨れていたなら「フグ」呼ばわりだし、実にとんでもない扱い。
ソルジャー・ブルーだった頃には、そんな目には遭っていないのに。
ハーレイはいつも優しかったし、けして苛めはしなかったのに。
(ぼくが本物の王子様だったら…)
あんな風には出来ないよね、と思うこと。今のハーレイのつれない態度。
いくらチビでも、本当に本物の王子様。
そういう身分に生まれていたなら、きっと大きく違ってくる。
今の時代に「本物の王子様」はいなくて、前の自分が生きた頃にもいなかったけれど。
SD体制が始まった時に、途絶えただろう「王族の血筋」。
彼らの遺伝子を引き継ぐ者がいたとしたって、それは遺伝子だけの問題。
誰がそうかは分かりもしないし、データは全て破棄されたから。
もう分からない「王族の血筋」。今も誰かが血を引いているか、いないかさえも。
(だけど、今のぼくが王子様なら…)
ハーレイはきっと、「ハコフグ」と呼びはしないだろう。
頬っぺたをプウッと膨らませても、「フグ」と笑いはしない筈。
なにしろ相手は王子なのだし、失礼があっては駄目だから。…ソルジャーよりも、ずっと。
(どうなさいました、って訊いて、それから謝って…)
御機嫌を取ってくれるんだよ、と思ったけれど。
上手くいったらキスだって、と考えたけれど、それをハーレイにさせる自分は…。
(前のぼくより、うんと偉そう?)
チビのくせに椅子にふんぞり返って、「ぼくにキスして」と命令をする王子様。
ハーレイが「それは…」と詰まっていたなら、プウッと膨れて怒ってしまう我儘な王子。
「ぼくにキスしてくれないなんて」と、「ハーレイはぼくを怒らせたいの?」と。
とても偉そうで、生意気なチビ。
王子という身分を振りかざすチビで、ハーレイは従うしかないわけで…。
(…それだとハーレイ、ぼくのことを…)
今のように愛してくれるのかどうか、「俺のブルーだ」と嬉しそうに言ってくれるかどうか。
もしも自分が王子様だと、ハーレイの身分は下になる。
家臣か、それとも騎士になるのか、どういう身分になるにしても、下。
(そんなの、なんだか…)
幸せじゃない、という気がするから、王子様の身分は諦めた。
王子様だと我儘放題できそうだけれど、ハーレイの「心」が手に入らないかもしれないから。
「我儘王子め」と思うハーレイしか、得られないかもしれないから。
それは困るし、今のままでいい。
たとえハーレイに苛められても、「キスはしない」と断られてハコフグ呼ばわりでも…。
王子様だと・了
※今の時代は王子様扱いのソルジャー・ブルー。前のブルーにそんなつもりは無かったのに。
チビのブルー君も「なってみたい」とチラと思ったようですけれど。普通が一番v