(んー…)
どうしたんだろ、とブルーが開いた瞼。ベッドの中で。
とうに明かりを落とした部屋。眠ろうとしていたのだけれど。
そのつもりでベッドに入ったけれども、どうしたわけだか訪れない眠気。
コロンと横に寝返りを打っても、逆の方へと打ち返しても。
いつもだったら、ベッドに入れば眠くなる。入る前から眠い夜だって。
(夜更かし、あんまり強くないから…)
もう少しだけ、と本でも読もうものなら、出てくる欠伸。頑張る間に涙まで。
これでは駄目だ、と本を閉じたら、急に襲ってくる眠気。そのまま机で寝そうなほどに。
そういう夜にはベッドに入って、其処までで消えている記憶。
(明かり、消さなきゃ、って思っていても…)
それさえ忘れて眠ってしまって、目覚めたら朝になっているとか。
カーテンの隙間から射し込む朝日と、消し忘れたままの部屋の明かりと。
「やっちゃった」と思う朝もしばしば、眠気は直ぐに訪れるもの。
メギドの悪夢で夜中に起きたら、眠れない時もあるけれど。…怖くて身体が竦み上がって。
いったいどちらが現実なのかと、恐ろしい思いに捕まって。
(…今のぼくの世界、前のぼくが見ている夢の世界で…)
本当は自分は死んでしまったままなのでは、と思ったら震え出す身体。
こうしてベッドに寝ている自分は、ただの幻。
ソルジャー・ブルーの魂が紡ぐ夢の産物、何もかも「ありはしない」もの。
優しい両親も、暖かな家も、チビの自分が眠るベッドも。
「こういう風に暮らしたかった」と、ソルジャー・ブルーが夢を見ているだけで。
ふと気付いたら、自分は其処にいるかもしれない。
ソルジャー・ブルーに戻ってしまって、何一つ無い死の闇の中に。
青い地球も「今」も何もかも消えて、あるのは闇の世界だけ。
ハーレイさえも消えてしまって、死の闇の中に独りぼっちでいる「自分」。
まだハーレイは、地球へと進み続けていて。
白いシャングリラの舵を握って、ミュウの未来へと。
たまに捕まる、恐ろしい夢。メギドの悪夢。
前の自分が死んでゆく夢、自分の悲鳴で夜の夜中に飛び起きる。
早鐘を打つように脈打つ心臓、暗い部屋のベッドで怖くて震える。「此処は何処なの?」と。
本当に自分は「此処にいる」のか、ソルジャー・ブルーの夢の産物なのか。
(夢じゃないんだ、って分かってるけど…)
見回せばきちんと部屋が見えるし、暗がりの中でも間違えない。自分の部屋は。
勉強机にクローゼットに、本棚に、窓辺のテーブルと椅子。
「全部、本物…」とホッと息をついて、けれどやっぱり消えない怖さ。
一度捕まってしまったら。
今の自分は幻なのかと、チラと思ってしまったら。
(ああいう時には寝られないけど…)
ベッドで何度も打つ寝返り。怖い思いを追い払いたくて、コロン、コロンと。
両腕で身体をギュッと抱き締めて、「生きてるよね?」と確かめもする。
心臓の辺りに手を当ててみて、胸の鼓動を感じ取ることも。
(それでも駄目なら、ちょっと起きてみて…)
明かりを点けて、本棚から取り出す白いシャングリラの写真集。
ハーレイも同じのを持っている本で、父に強請って買って貰った豪華版。
それのページをめくっていったら、ようやく「今」が戻って来る。
前の自分が生きていた船は、今は何処にも無いのだと。
遠く遥かな時の彼方に消えてしまって、シャングリラは写真集の中。
前の自分が暮らした青の間、それも写真集のページの中に。
(写真集が出るほど、うんと昔になっちゃった、って…)
分かるから安心できる現実。
自分は確かに生きているのだと、長い長い時を飛び越えて来たと。…青い地球まで。
白いシャングリラは写真集の中で、歴史の授業で習う船。
地球まで行ったミュウの箱舟、SD体制の終わりを見届け、地球から去った。
役目を終えた白い鯨は宇宙を旅して、流れゆく時と共に消え去り、今は写真が残るだけ。
写真集の奥付に刷られた日付は、前の自分が生きた頃より遥かな未来。
今の自分は「此処にいる」と教えてくれる写真集。
白いシャングリラの写真の数々、それに奥付の日付などで。
(あれで安心して寝られるんだけど…)
今はいつかを確かめられたら、怖い気持ちは和らぐから。…幻ではないと分かったら。
現実に「此処」に生きているなら、眠れば「明日」がやって来る。
運が良ければハーレイに会えて、この部屋で二人で過ごす時間も持てるから。
(…今日は来てくれなかったけどね…)
そのせいだろうか、今夜はなかなか眠れないのは。ベッドに入っても寝付けないのは。
自分では全く自覚が無くても、会えなくてガッカリしてしまって。
(そういうことって、あるかもね…?)
悲しかったり、悔しかったり、心の何処かが騒いでいたなら、眠れない夜が来てしまう。
今夜の自分はそれなのだろうか、まるで気付いていなかっただけで。
(学校ではハーレイに会えたから…)
会えずに終わったわけではないから、そう悲しくはなかったけれど。
「今日は駄目な日…」と溜息をついて、気分をきちんと切り替えたけれど。
それが何処かで切り替わらないで、ちょっぴり残っていたろうか。
「ハーレイと二人で話せなかったよ」と、「家に来て欲しかったのにな…」と。
そういう気持ちが心にあるなら、眠れなくなることもあるだろう。
今日という日に満足できない、不満な自分がいるのなら。
「これでおしまい?」と悔しい自分が、何処かに隠れているのなら。
(…そうなのかも…)
悔しい気持ちか、それとも寂しい気持ちなのか。
ハーレイと二人で過ごす時間を、この部屋で持てなかったこと。
そのせいで眠気が来ないのだろうか、「今日」に不満があるせいで。
さっさと眠れば明日になるのに、きっとハーレイにも会えるだろうに、まだ眠れない。
ベッドでコロンと寝返りを打って、右へ左へ、向きを変えてみても。
「眠くなるかも」と目を閉じてみても、上掛けの下に頭まで潜ってみても。
ホントに駄目だ、と上掛けの下から覗かせた頭。
瞼を開いて部屋を見回して、目覚まし時計を手に取ってみる。
(……三十分……)
ベッドに入ってから半時間も経っているというのに、眠れない自分。
いつもだったら眠っているのに、メギドの悪夢で飛び起きたわけでもないというのに。
(…前のぼくなら、こんな時には…)
顔を横へと向ければ良かった。
同じベッドで眠る恋人、前のハーレイの顔の方へと。…「眠れないよ」と。
「ハーレイ?」と小さく呼んでみた名前。「起きているかい?」と。
そうしたら、直ぐに返った返事。
「どうなさいました?」と、「何か心配事でもおありですか?」と、優しい声で。
応えて「ううん」と横に振った首。
ただ眠れないというだけなのだし、恋人に心配は掛けられない。
けれど眠れずにいるのは辛くて、ついつい起こしてしまっていた。
ハーレイが寝息を立てていたって、遠慮がちに「起きているかい?」と呼び掛けて。
恋人の名前を小声で呼んでは、起きてくれないかと考えながら。
(…ハーレイ、いつでも起きてくれたよ…)
そして両腕で抱き締めてくれたり、背中をそっと撫でてくれたり。
「大丈夫ですよ」と、「私がお側におりますから」と。
時には「何か話でもしましょうか?」とも言ってくれたし、眠くなるまで付き合ってくれた。
ハーレイだって、きっと眠かったろうに。
キャプテンの仕事は多忙なのだし、夜はゆっくり休んで疲れを取りたかったのだろうに。
(だけど、いつでも、直ぐに起きてくれて…)
前の自分が眠くなるまで、ハーレイは二度と眠らなかった。
「私のことなら御心配なく」と、「あなたよりも頑丈ですからね」と。
一日や二日、眠らなくても、少しも堪えはしないのだ、とも。
(ハーレイだったら、ホントにそう…)
今と同じで丈夫だったものね、と前のハーレイを思い出す。「身体は弱くなかったっけ」と。
補聴器を使っていたというだけの、前のハーレイ。
ミュウは虚弱な者が殆どだったというのに、「虚弱」とは無縁だったキャプテン。
だからこそ皆が安心できたし、前の自分も甘えていられた。
眠れない夜は「ハーレイ?」と呼んで、「起きているかい?」と起こしてしまって。
(…うーん…)
そのハーレイがいないんだけど、とコロンと横に寝返りを打つ。
其処に恋人の姿は無くて、反対側に向いても同じ。
前の自分が眠れない時には、ハーレイはいつも側にいてくれたのに。
「ハーレイ?」と呼べば起きてくれたし、眠りに就くまで、ずっと見守ってくれたのに。
けれど恋人の姿は無いから、ますますもって眠れない。
何度寝返りを打ってみても無駄で、「ハーレイがいない」と思うから。
(…これじゃ駄目だよ…)
明日、寝不足で倒れちゃう、と心配になった学校のこと。
体育の授業は見学しておいた方がいいのだろうか、最初から?
「あまり具合が良くないから」と母に頼んで、学校に手紙を書いて貰うとか。
そうでなければ体育の時間に、自分で「今日は見学しておきます」と告げるとか。
(…見学してたら、ハーレイが通り掛かるかも…)
たまにそういう時もあるから、それなら嬉しい。
「おっ、見学か?」と声を掛けてくれて、ハーレイも暫く隣で見学してくれる時。
それだといいな、と思ったら不意に口から出た欠伸。急に襲って来た眠気。
(えっと…?)
明日の体育…、と決めない間に眠りの淵へと引き込まれる。ハーレイを思い浮かべたままで。
このまま寝たならハーレイの夢が見られるだろうか、とても優しいハーレイの夢。
前の自分が眠れない夜は、いつでも側にいてくれたから。
「ハーレイ?」と呼んだら、「起きているかい?」と小声でそっと呼び掛けたなら…。
眠れない夜は・了
※ベッドに入ったのに、眠れなくなったブルー君。右に左に寝返りを打っても、まるで駄目。
前の生ならハーレイがいてくれたのに、と思う間にやって来た眠気。きっと夢では幸せですv