(ハーレイのケチ…!)
ちっとも分かってくれないんだから、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
この部屋で二人で過ごしたけれども、なんとも残念な結果に終わった。
(ぼくにキスして、って頼んだのに…)
即座に「駄目だ」と返したハーレイ。「俺は子供にキスはしない」と。
「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目だ」が、ケチな恋人の言い分で、決まり。
ハーレイが勝手に決めてしまって、自分は従わされるだけ。その決まりに。
今の自分はチビだから。…ハーレイよりもずっと年下だから。
(…前のぼくなら、負けないんだけどな…)
年でも、それに立場でも。
アルタミラの檻で心も身体も長く成長を止めていたから、出会った時にはチビだった。
前のハーレイと、燃えるアルタミラの炎の地獄を走った時は。
だからアルタミラを脱出した後も、何かと気に掛けてくれたハーレイ。
本当の年を知った後にも、「それでも、お前は子供だしな?」と。
前の自分の心も身体も、育ててくれたのはハーレイたち。
食が細くても「しっかり食べろ」と励まされたり、散歩という名の軽い運動を勧められたり。
もっとも散歩は、主にブラウやエラたちと。
前のハーレイは走っていたから、とてもついてはいけなかった。今と同じに弱かったから。
(だけど、そうやって育ち始めたら…)
自然と身についていった知識や考え方。
船の仲間たちの命を繋ぐためには、人類の船から食料や物資を奪うしかない。
それが出来るのは自分一人で、責任感だって生まれるもの。
いつしか「リーダー」と呼ばれ始めて、ついには「ソルジャー」。
船の頂点に立つのがソルジャー、前のハーレイだって従うしかない。命令とあれば。
そんな権力を使いはしなかったけれど。振りかざしてさえも、いないけれども。
やってはいないというだけのことで、前の自分なら「勝てた」ハーレイ。
「ぼくの方がずっと年上だから」と言いさえしたなら、年長者として上に立つことが出来る。
ソルジャーとしての立場だったら、誰が見たってハーレイより上。
船を纏めるキャプテンとはいえ、ソルジャーに敵いはしないから。
シャングリラが白い鯨に改造されても、其処は変わりはしなかった。
自給自足の船になっても、タイプ・ブルーは一人しかいない。
万一の時に白いシャングリラを守れ抜けるのは、ソルジャーの自分だけだったから。
キャプテンが懸命に舵を切っても、どうにもならない局面はある。
その時はソルジャーの出番なのだし、キャプテンといえども前の自分には…。
(頭を下げるしかなかったんだよ)
下げさせたことは無いけれど。
船が危ういような場面は、ジョミーが来るまでただの一度も無かったから。
それに権力を振りかざすことも、前の自分はまるで好みはしなかった。
どちらかと言えば、「権力などは要らない」人間。
ソルジャーとして崇め敬われるより、皆と同じでいたかった。同じ服を着て、同じ所で。
(なのに、青の間を作られちゃって…)
其処に押し込められたようなもので、些か不本意でもあった。「どうして、ぼくが」と。
皆と同じに暮らしたいのに、大袈裟な衣装に立派すぎる部屋。
どうしてこういうことになるのかと、「みんなと同じで良かったのに」と。
誰もが敬うソルジャー・ブルー。
前の自分はそうだったのだし、ハーレイにだって勝てた筈。その気になれば。
サイオンでも決して負けはしないし、年も立場も負けてはいない。
けれども、今のチビの自分はどうだろう…?
(年は負けてるし、今のハーレイ、先生だし…)
ハーレイが勤める学校に通うチビの自分は、生徒で教え子。
学校の中でハーレイに会えば、「ハーレイ先生」と「先生」をつけて、おまけに敬語。
前の生なら、ハーレイが敬語だったのに。
ソルジャーには敬語で話すべきだと、二人きりの時も敬語を崩さなかったのに。
本当の所は、二人きりの時も敬語だったのは「用心のため」。
友達同士だった頃はともかく、恋人同士になった後には、隠さなくてはならない仲。
ソルジャーとキャプテンの恋が知れたら、大混乱だろうシャングリラ。
船を纏める立場の二人が恋仲だなんて、歓迎する者は誰一人としていない筈。
背を向ける者は多くても。
「船を私物化していたのか」と、裏切り者のように扱われることはあったとしても。
(だからハーレイ、ずっと敬語で…)
二人きりで愛を交わす時にも、頑なに敬語を貫き通した。
出会った頃には、気さくに話してくれていたのに。「俺はな…」と、いつも砕けた口調で。
あの口調が懐かしかったけれども、ハーレイに無理を言えはしない。
皆の前で敬語が崩れたならば、たちまち誰もが疑い始める。「何かあるのか?」と。
それでは駄目だ、と諦めていた。「普通の言葉遣い」に戻して貰うことは。
前のハーレイが使った敬語はそういう敬語で、今の自分が使う敬語と…。
(似ているんだよね、恋人同士なのがバレないように、って所だけは…)
そうは思っても、相手は「先生」。
学校の中では「ハーレイ先生」、生徒は必ず敬語で話さなくてはならない。
いくらハーレイが、聖痕を持った自分の「守り役」でも。
家に来てくれた時は「ハーレイ」と呼んで、敬語は抜きで話していても。
(年も立場も、サイオンも全部…)
今のぼくだと負けちゃってるよ、と情けない限り。今のハーレイには惨敗な自分。
勝てたとしたって、権力や立場を振りかざすつもりは無いけれど。
そういったことは嫌いだけれども、負けているのがなんとも悔しい。
これでは勝てはしないから。
「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って、膨れっ面が精一杯。
キスは駄目だと断られたって、「何故、駄目なのか」と理詰めで論破するのは無理。
今の自分は本当にチビで、立場も力も何も持たない。
ハーレイの方が何もかも上で、「俺が決めた」と決まりも作れる。
それだけの力を持っているから、言える立場にいるのだから。
ハーレイが作ってしまった決まり。
ソルジャー・ブルーと同じ背丈に育たない内は、唇へのキスは貰えない。
恋人同士のそれが欲しくても、「駄目だ」とすげなく断られる。今日みたいに。
(…ハーレイ、分かってくれないんだから…)
どれほどキスが欲しいのか。
両親もくれる頬や額へのキスとは違った、唇へのキス。
恋人同士はキスを交わすもの、前の生でも何度も交わした。
青の間でも、それにキャプテンの部屋でも、船の通路に誰もいなければ通路でだって。
(恋人同士なら、キスは挨拶みたいなもので…)
愛してるよ、と心をこめて交わすもの。
会った時には重ねる唇、もちろんベッドの中でだって。
(…ベッドに行くのは、今は無理だし…)
その分だけでもキスが欲しい、と余計にキスが欲しくなる。
愛を交わして「本物の恋人同士」になってみたくても、無理だから。
両親の目があるこの部屋のベッドでそれは無理だし、ハーレイの家に行くのは禁止。
だから、そっちは諦めた。「駄目でも仕方ないよね」と。
けれどキスなら此処でも充分。
母の足音にさえ気を付けていれば、幾らでもキスを交わせる場所。
なのにハーレイは「駄目だ」と言うだけ、「俺は子供にキスはしない」と。
子供なのは「姿だけ」だと思うし、中身は前の自分と同じ。
きちんと記憶を受け継いだから、キスをしたことも覚えている。
どんなにハーレイを愛していたかも、別れがどんなに辛かったかも。
(生まれ変わって、また会えたのに…)
再会のキスも出来ないだなんて、いったい誰が思うだろう?
前の自分が耳にしたなら、「ハーレイ?」と青の間に呼び付けていそう。
「君はどういうつもりなんだい?」と、「再会のキスもしないだなんて」と。
それでも本当に恋人なのかい、と呆れた口調で。
「まさかね?」と、「君が未来のぼくに向かって、そんな仕打ちをするだなんてね」と。
前の自分がそう言ったならば、ハーレイはどうするだろう?
きっと慌てて「いいえ」と叫ぶに違いない。
「未来のあなたも大切です」と、「きっと何かの間違いでしょう」と。
本当にきっと、心の底から。「未来のブルーに、キスをしないなんて有り得ない」と。
何かのはずみで引き離されることになったら、再会した時は贈るキス。
「会いたかった」と砕けた口調になるのか、「お会い出来て良かった」と敬語なのか。
どちらにしたって、再会のキスは貰えたと思う。
前の自分とハーレイならば。…前の自分が今の状況を問い詰めたなら。
(…うーん…)
やっぱりキスはするものだよね、と考える。
強請っては叱られてばかりだけれども、今のハーレイが悪いのだろう。
チビの自分よりも立場が上で、年上だから。
「俺は子供にキスはしない」と言える立場で、学校の中では「ハーレイ先生」。
前の自分たちのように立場が逆なら、「駄目だ」と断れはしないと思う。
いくら自分がチビの子供でも、十四歳にしかなっていなくても。
(…ハーレイ、ちっとも分かってくれない…)
恋人同士のキスがどんなに大切なものか、どれほど欲しいと願っているか。
唇を重ねる本物のキスが、恋人同士で交わし合うキスが。
ホントに分かってくれないんだから、と悲しいけれども、今のハーレイでは仕方ない。
今の自分は「ハーレイ?」と、青の間に呼び付けたりは出来ないから。
「キスは駄目だ」と叱られるだけで、膨れっ面をするのが精一杯だから…。
分かってくれない・了
※「ハーレイはキスの大切さを分かってくれない」と、不満一杯のブルー君。叱られた、と。
今のハーレイの立場が悪い、と結論を出したみたいですけど…。子供ならではv
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