忍者ブログ

分かってやらない

(まったく、あいつは…)
 いつになったら分かるんだか、とハーレイの口から零れた溜息。
 ブルーの家へと出掛けた休日の夜に、書斎で熱いコーヒー片手に。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それが苦手な小さな恋人。
 前の生から愛し続けて、生まれ変わってまた巡り合えた愛おしい人。
 ブルーは戻って来てくれたけれど、今日も二人でゆっくり過ごしていたのだけれど。
(アレだけは、どうにもならないってな)
 いくら恋人でもチビなんだから、と思い浮かべる恋人の顔。
 前の生では、それは気高く美しかったソルジャー・ブルー。
 死の星だった地球が青く蘇るほどの時が流れても、大勢のファンがいる美貌。
 本屋に行ったら、写真集が幾つも出ているくらいに。
(前の俺と恋人同士だった頃のあいつは…)
 とっくにああいう姿だった、とハッキリ言える。
 燃えるアルタミラで出会った時にはチビだったけれど、それから育ったのだから。
 シャングリラと名前をつけていた船、その船が改造された後に、お互い、恋だと気付いた。
 「一番古い友達同士」から「恋人同士」に変わっていった。
 ブルーはといえば、改造前の船だった頃に既にソルジャー。
 今でも称えられる美貌と、すらりと華奢な身体の持ち主。
(ソルジャーの衣装が良く似合ってて…)
 本当に綺麗だったんだ、と今も鮮やかに思い出せる。かの人のことを。
 ところが遥かな時を飛び越え、青い地球の上で出会ったブルーは…。
(俺の教え子で、思いっ切りチビ…)
 十四歳のチビときたもんだ、と嘆いてみたって始まらない。
 今のブルーは前と違って、今の自分よりも「ずっと年下」。
 再会したのも今の自分が勤める学校、其処の一番下の学年のクラス。
 下の学校から入学したての子供ばかりが集まるクラスに、今のブルーがいたのだから。


 愛おしい人がチビだったことは、今は全く苦にならない。
 最初の間は、「何故だ」と思いもしたけれど。
 小さなブルーが見せる表情、それに昔のブルーが重なって見えもしたけれど。
(…あの頃は、正直、危なかったが…)
 ブルーの中に前のブルーを求めて、ともすれば外れそうな気がした心の箍。
 何かのはずみに外れたならば、もはや自分でも止められはしない。
 たとえブルーが泣き叫ぼうが、「嫌だ」と暴れて抵抗しようが、力任せに組み伏せて…。
(強引に俺のものにしちまうってことも…)
 まるで無かったとは言い切れない。
 それを恐れて、ブルーを家から遠ざけた。「大きくなるまで此処には来るな」と。
 ションボリと肩を落として帰ったブルー。
 まさかそうなるとは思いもしないで、遊びに来てはしゃいでいたのだから。
 けれど、あの時は「ああするのが正しかった」と思う。
 ブルーが何度も家に来ていたら、何が起きたか分からない。
 なにしろ一人暮らしの家だし、止めに入る者は誰もいないから。
 泣き叫ぶブルーの悲鳴を聞き付け、何事なのかと飛び込んで来る者だって。
(あいつを家から遠ざけてなけりゃ、本当に危なかったんだ…)
 俺だって男なんだから、と分かっているのが自分の本能。
 自制心は強いつもりだけれども、恋人となれば話は別。
 前の生では心も身体も、強く結ばれていた愛おしい人。
 それがブルーで、なのに最後は引き裂かれるように死に別れた。
 前のブルーには、何度も誓っていたというのに。
 死の世界までも共に行くからと、けして離れはしないからと。
 けれども、それを禁じたブルー。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と思念を残して、前の自分を船に縛って。
 一人残された前の自分は、深い悲しみと孤独の中で地球までの道を歩み続けた。
 ブルーは何処にもいないのに。…愛おしい人を失ったのに。
 抱き締めたくても、もう戻っては来なかったブルー。ただ一人きりで逝ってしまって。


 前の自分が失くした恋人、死の瞬間まで想い続けた愛おしい人。
 ブルーの許へ、と夢見るように命尽きたことを覚えている。
 崩れゆく地球の地の底深くで、落ちてくる瓦礫に押し潰されてゆく中で。
 「これでブルーの所へ行ける」と、「やっと終わった」と。
 其処で自分の記憶は途切れて、気付いたら青い地球の上。
 その上、戻って来てくれたブルー。新しい命と身体とを得て。
(いくらチビでも、やっぱり重なっちまうよなあ…?)
 魂は同じブルーなのだし、気高く美しかったブルーが。身体も心も溶け合った人が。
 子供に手を出す気など無くても、「ブルー」だったら事情は変わる。
 遠く遥かな時の彼方で、毎夜のように愛を交わした人。
 その人なのだと分かっているから、小さなブルーに前のブルーが重なるから。
 これは危ない、と考えたからこそ退けた。
 ウッカリ間違いを起こさないよう、今のブルーを傷付けないよう。
(あいつ、中身もチビだから…)
 姿と同じにチビなんだよな、と見抜くまでには、さほど時間はかからなかった。
 最初こそ錯覚したけれど。
 今の小さなブルーの身体に、「前のブルー」が戻ったのだと。
 「ただいま、ハーレイ」と言われた時には、「帰って来たよ」と聞いた時には。
 姿こそ小さな子供だけれども、中身は「前のブルー」だと。
 ソルジャー・ブルーだった頃そのままに、凛としたブルーが戻って来たと。
(しかし、そいつは違ったわけで…)
 ブルーの中身は、見た目通りに十四歳にしからならない子供。
 恋の記憶は残っていたって、年相応にぼやけたもの。
 「ハーレイが好き」と口にしていても、前のブルーの頃とは違う。
 好きな気持ちは同じでも。…恋した気持ちは本物でも。
(チビはチビでしかないってな)
 今度は結婚できると喜び、夢を描いているブルー。
 夢は叶えてやれるのだけれど、いつか必ず叶えるけれど…。


 それよりも前が問題なんだ、と今の状況に溜息が出る。
 今のブルーは、まるで自覚が無いものだから。
(チビのくせして、前のあいつと同じつもりで…)
 恋人同士の時が欲しくて、何かといえば強請られるキス。「ぼくにキスして」と。
 今日もやられて、「俺は子供にキスはしない」と断った。
 決まり文句で、小さなブルーが前のブルーと同じ背丈にならない間は、キスは額と頬にだけ。
 そう言ったならば、プウッと膨れるのがブルー。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って、「ぼくはハーレイの恋人なのに」と。
 どうしてキスをしないと言うのか、それでも本当に恋人なのかと。
 今日もプンプン怒って膨れて、フグのようだった小さなブルー。
 「分からず屋!」と書いてあった顔。「なんというケチな恋人だろう」と。
(ああして膨れる辺りがな…)
 立派に子供な証拠なんだが、とクックッと笑う。
 そういうブルーを見慣れた今では、もう揺らぎさえもしないのが心。
 「ブルーを襲ってしまうかも」という恐れは消え去り、ただゆったりと見守るだけ。
 大人ならではの余裕でもって。
 前のブルーは子供時代の記憶を全て失ったのだし、「子供時代を楽しめばいい」と。
 優しい両親も暖かな家も、今のブルーは持っている。
 それを存分に満喫すべきで、ゆっくり育ってくれればいいと。
(何十年でも待ってやれるんだがな…)
 ブルーが幸せに生きてゆけるなら、幸せな子供でいられるのなら。
 結婚までの日がどんなに延びても、きっと辛いとは思わない。
 小さなブルーが笑顔だったら、幸せ一杯だったなら。
(しかしだ、それを全く分かってないのが今のあいつで…)
 キスを断ったら「ハーレイのケチ!」で、フグみたいにプウッと膨らませる頬。
 顔にも「ケチ」と書かれている上、「分からず屋」とも書いてある。
 今日もやっぱり怒って膨れて、お決まりのパターン。
 じきに機嫌は直るのだけれど、プンスカ膨れる小さなブルー。


(分からず屋なあ…)
 分かってないのは、実はあいつの方なんだが、と思ってもブルーに通じはしない。
 一人前の恋人気取りで、前の自分と同じつもりでいるのだから。
 本当にキスをされたとしたなら、チビのブルーは竦み上がってしまうだろうに。
 夢を見ていた「甘いキス」とは違うキス。
 それに怯えて動けなくなって、涙もポロポロ零すだろうに。
 「何をするの」と、「怖いからやめて」と。
 けれど気付いていないのがブルー、だから自分は「分からず屋」でいい。
 いつかブルーが大きくなるまで、キスを交わせる時が来るまで。
(それまでは、分かってやらないんだ…)
 俺は決して分かってやらない、と傾ける少し冷めたコーヒー。
 それがブルーのためだから。
 愛おしい人をとても大切に思っているから、子供のブルーは子供らしいのが一番だから…。

 

        分かってやらない・了


※ブルー君に「ハーレイのケチ!」とやられたハーレイ先生。「分からず屋だ」という顔も。
 けれど、分からず屋でいいそうです。ブルー君が大きく育つ日までは、分からず屋v









拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]