(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
来てくれるかと思ってたのに、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は訪ねて来てくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は生徒と教師だけれど。
十四歳にしかならない自分は、ハーレイが勤める学校に通う生徒だけれど。
(会議が長引いちゃったのかな?)
ハーレイの帰りが遅くなった理由。仕事帰りに此処を訪ねてくれなかった原因。
会議だろうと思うけれども、もしかしたら柔道部だろうか。
部員の一人が怪我をしたなら、とても大変で気の毒だけれど。
(そうじゃなくって、特別に指導…)
いつもより長く、一人一人に目を配って。「今日は調子が良さそうだな?」と。
そんな日だってあるかもしれない、ハーレイの気分が乗ったなら。
部員たちの方もやる気満々、「先生、よろしくお願いします!」と揃って頭を下げたなら。
(…柔道部員に盗られちゃった?)
今日のハーレイ、と悲しい気分。
そうと決まったわけでもないのに、「ひょっとしたら」と塞がる胸。
家でハーレイを待っていたのに、そのハーレイは柔道部員たちといたのだろうか、と。
指導の後には「腹が減ったろ?」と、何か御馳走しただとか。
(ハーレイが、浮気…)
いきなりポンと浮かんだ言葉。
「今日はハーレイ、浮気したかも」と、「ぼくを放って行っちゃったよ」と。
この部屋でお茶とお菓子の代わりに、柔道部員たちとジュースとか。
「頑張ったな」と近くの店に出掛けて、アイスクリームや、軽い食事や。
まるで無いとは言えないから。…クラブによっては、そういう話も耳にするから。
運動の後にはお腹がすっかり減ってしまうクラブ、陸上部だとか他にも色々。
顧問の先生たちが、たまに御馳走するという。
クラブ活動を終えた後には、みんなで店に出掛けて行って。
(…ハーレイの噂は聞かないけれど…)
聖痕を持った自分の守り役、そういう役目があるハーレイ。
そのせいなのか、いつも優先して貰えるのがチビの自分。
柔道部員の生徒たちより、彼らを連れて食事や遊びに出掛けるよりも。
(でも、お休みの日に家に呼んだり…)
していることは確かなのだし、自分の耳には入らないだけで、例外だってあるかもしれない。
「今日は御馳走してやるからな」と、柔道部員たちと繰り出す放課後。
クラブ活動が終わった後で。
この家を訪ねて来てくれる代わりに、柔道部員たちを引き連れて。
(浮気しちゃったかな…?)
ぼくを放って、と悲しいけれども、仕方ない。
もしも自分が丈夫だったら、きっと入った柔道部。…ハーレイと一緒にいたいから。
学校では「ハーレイ先生」でも。
礼儀作法に厳しい柔道、ハーレイに学校の中で会ったら、深々とお辞儀が必要でも。
そうなっていても、柔道部に入ったことだろう。
入れていたなら、ハーレイの家にも遊びに行けた。他の部員たちと一緒でも。
チビの自分が大きくなるまで、二度と呼んでは貰えない家。
其処へワイワイ出掛けて行っては、賑やかに騒げた筈だった。
柔道部員の御用達だという、徳用袋の美味しいクッキーを食べて。
夏には庭でバーベキューもして、ハーレイの家で楽しめた。
身体が丈夫だったなら。柔道部に入ることが出来たら。
けれど、無理なのが柔道部。
前と同じに弱く生まれてしまった自分は、体育の授業も見学のことが多いほど。
柔道などとても出来はしないし、入部させても貰えない。
朝の走り込みだけで倒れてしまって、柔道どころではないのだから。
仕方ないよね、と諦めるしかない浮気。
柔道部に入部出来ていたなら、ハーレイは浮気しないから。
他の部員たちと少しも変わらず、ハーレイと一緒に出掛けてゆける。
何処かで軽く食事にしたって、アイスクリームか何かを御馳走になるにしたって。
(…ぼくが弱いのが悪いんだから…)
浮気されたって仕方ないよ、と考えた所で気が付いた。
アイスクリームを食べに行くとか、食事を御馳走するとかだったら、いいけれど。
大勢の柔道部員が一緒で、浮気の相手はドッサリだけれど。
(……本物の浮気……)
そっちだったらどうしよう、と。
ハーレイが他の誰かに惹かれて、本当に浮気してしまうこと。
チビの自分のことは放って、デートに行ったり、ドライブしたり。
そんなライバルが登場したなら、どうすればいいというのだろう…?
(…前のハーレイなら、安心だけど…)
多分、安心だったと思う。
白いシャングリラにいた女性たちは、ハーレイに興味が無かったから。
それだけだったらまだマシだけれど、船で流れていた噂。
「キャプテンには、薔薇の花びらで作ったジャムは似合わない」と。
一部の女性が薔薇の花びらで作っていたジャム。
沢山の量は作れないから、出来上がる度にクジ引きだった。希望者たちが引いたクジ。
そのクジの箱は、ブリッジにも運ばれて行ったのに。
「如何ですか?」とクジの箱が来たら、ゼルまでが引いていたというのに…。
(…ハーレイの前は、箱が素通り…)
一度もクジを引けずに終わった、前のハーレイ。薔薇の花のジャムは似合わないから。
それがキャプテン・ハーレイへの女性たちの評価で、まるで無かった浮気の心配。
ところが今では、すっかり変わってしまった事情。
生徒たちには、「憧れのハーレイ先生」だから。
柔道をやらない女子たちにだって、うんと人気があるものだから。
学校でさえもそういう有様、ハーレイを「かっこいい」と思う生徒が大勢。
ついでに学生時代のハーレイ、そちらはモテていたという。
柔道も水泳も「プロの選手にならないか」と誘いが来たほど、試合に出れば負け知らず。
応援に来ていた女性は多かったと聞いた。
(…プロの選手にならなかったから、みんな消えちゃったんだけど…)
学生時代の話なのだし、女性たちだって若かった筈。
ハーレイを応援しなくなったら、他に移っただろう関心。楽しいことは多いのだから。
けれども、それから流れた時。
ハーレイが年を重ねたみたいに、女性たちだって十年以上も歩んだ時。
色々なことがあった筈だし、出会いも別れもありそうな感じ。
(結婚しちゃった人ならいいけど、まだ独身なら…)
何処かでハーレイとバッタリ出会って、「久しぶりね」と挨拶をして…。
ハーレイはとても人がいいから、「飯でも食うか?」と気軽に声を掛けそう。
「近くに美味い店があるから」とか、「ゆっくり昔話はどうだ?」と。
まるで下心は無くっても。…本当に懐かしかっただけでも。
(それで一緒に食事とか、お茶…)
ハーレイは軽い気持ちで誘って、あれこれ楽しく話をして。
女性の方もコロコロ笑って、相槌を打ったりしている内に…。
(…ハーレイの魅力を再発見…)
そういうことも無いとは言えない、「やっぱり素敵な人なんだわ」と。
魅力に気付けば、まだ独身の今のハーレイは、きっと輝いて見えるだろう。
誰かのものではないのだから。
ハーレイがその気になってくれたら、結婚だって出来るのだから。
(…また会いましょう、って約束しちゃって…)
最初は時々、その内に増えてゆく逢瀬。
ハーレイの方でも、「素敵な人だ」と思い始めて。
キスも出来ないチビの恋人、デートも出来ないチビよりはずっと…。
いいに決まっている女性。会えば楽しいし、食事もドライブも出来るのだから。
(…ハーレイが浮気しちゃうわけ?)
ホントのホントに本物の浮気、とズキンと痛くなった胸。
チビの恋人の自分を放って、デートに出掛けてゆくハーレイ。
「すまん」と、「今度の土曜日は用があってな」と、言い訳をして。
本当は女性とデートにゆくのに、そうは言わずに用があるふり。
(…そうされたって、今のぼくには…)
見破れもしない、ハーレイの嘘。
不器用になってしまったサイオン、ハーレイの心の中は読めない。
「すまん」と顔を曇らせるくせに、本当は心が弾んでたって。
次の週末はデートなんだと、土曜日は何処へ出掛けようかと計画を幾つも立てていたって。
(…今のハーレイなら、そうなっちゃっても…)
ちっとも不思議じゃないんだよ、と自分にも分かるハーレイの魅力。
白いシャングリラの頃と違って、今のハーレイは大勢の人を惹き付けるから。
生徒に人気で、学生時代は女性のファンが沢山。
もちろん今でも魅力たっぷり、そんなハーレイの心を掴む女性が現れたなら…。
(ハーレイが、浮気…)
ぼくを放って誰かとデート、と受けた衝撃。
今のハーレイなら、有り得るから。…まるで無いとは言えないから。
(……ぼくの家に来てくれる代わりに……)
誰かとデートで浮気だなんて、と考えただけで泣きそうだけれど。
本当に浮気をされてしまったら、きっと涙がポロポロ零れるだろうけれども…。
(でもハーレイなら、ぼくのこと…)
いつか必ず、また思い出してくれるだろう。
チビの自分が大きくなったら、前とそっくり同じ姿になったなら。
そしたら戻ってくれるだろうし、いくら悲しくても、この家でじっと待てばいい。
浮気されても、ハーレイのことが好きだから。
他の人など好きになれなくて、ハーレイだけしか見えないから。
だから浮気も我慢するよ、と浮かべた笑み。
「浮気されたって、大好きだもの」と、「ぼくには、ハーレイだけなんだもの」と…。
浮気されたって・了
※ハーレイ先生が浮気するかも、と気になって来たブルー君。本物の浮気で、女性と浮気。
けれど健気に我慢する気で、「浮気されたって大好きだもの」。心配なさそうですけどねv
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